… … …(記事全文12,286文字)アメリカの債券市場では今、ふたつ深刻な異常事態が起きています。もう少し正確に言うと、かなり長期化していた異常事態が「正常」な状態に戻ろうとしているのです。
ふつうに考えれば異常事態が正常に戻るのは歓迎すべきですが、厄介なことにふたつとも「異常事態は異常事態なりにうまく行っていたのに、正常化する過程でとても大きな混乱を惹き起こす」というややこしい性格を持つ異常事態なのです。
そのふたつの異常事態とは、米国債金利の逆イールド状態と、連邦準備制度と大手銀行とのあいだでおこなわれている逆レポ(リバース・レポ)取引のことです。どちらも1国の金融制度の根幹を揺るがしかねない大問題です。
債券市場は地味ですから、あまり関心をお持ちでなかった方も多いと思います。ですが現在、世界最大のアメリカ経済がどんなに窮迫した状況に置かれているかを知るためには、この地味な市場で何が起きているのかを理解することが不可欠です。
どちらも影響が多岐にわたる現象ですので2回に分け、今回は前篇として逆イールド現象を取り上げ、次回は後篇として逆レポについて考察したいと思います。
● なぜ逆イールドが注目されるのか?
さて、逆イールドとはどんな状態を意味するのかから考えていきましょう。
ふつう、同じ発行体が出す債券は償還までの期間が短いほど金利は低く、長くなるほど金利は高くなります。ところが、償還期間の短い債券のほうが金利は高く、長い債券の方が金利は低くなることがあり、これを逆イールドと呼んでいます。
たとえば、同じアメリカ政府財務省が発行している米国債の10年物の金利が4%なのに3ヵ月物の金利は5%となっている状態が、逆イールドです。10年債利回りから3ヵ月債利回りを引いたパーセンテージポイントで表すと、マイナスになっているときが逆イールドということになります。
次のグラフをご覧になると、なぜ逆イールド現象が金融市場の専門家のあいだで非常に注目されてきたか、おわかりいただけるでしょう。
アメリカ合衆国が独立してから現在にいたるまで約250年になりましたが、その長い期間で最大かつ最悪の経済事件が、1929年の大恐慌(Great Panic)に始まって1930年代を通じて続いた大不況(Great Depression)でした。
そして、この大恐慌から大不況への流れに先立ち、すでに1928年1月に勃発していたのが、米国債市場での逆イールド、すなわち短期債のほうが長期債より金利が高くなる、逆イールド状態だったのです。
つまり、逆イールドはその後の経済全体の悪化を予知するための道具として使えるのではないかということで、経済史や金融市場の専門家が大きな関心を寄せているのです。
増田悦佐の世界情勢を読む
増田悦佐(エコノミスト・文明評論家)