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佐々木俊尚の未来地図レポート

佐々木俊尚(作家・ジャーナリスト)

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佐々木俊尚

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佐々木俊尚の未来地図レポート     2019.1.28 Vol.535
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【今週のコンテンツ】

特集
世界との間にたったひとつの摩擦をつくるということ
~~カセットテープはなぜ盛り上がっているのか(後編)

未来地図キュレーション

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■特集

世界との間にたったひとつの摩擦をつくるということ
~~カセットテープはなぜ盛り上がっているのか(後編)
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 前回、前々回の続きです。カセットテープで音楽を聴くという行為がプチ流行していることについての考察。音楽を聴くという行為がフロー化し、ストリーミングなどの普及に寄ってゼロ・ユーザーインタフェイス(ゼロUI)になってきて「なめらかな没入感」が実現してきているのに対し、実は摩擦(フリクション)が世界の実感のためには重要なのではないか、ということを前回書きました。

 ここで、マサチューセッツ工科大学メディアラボ副所長の、石井裕さんの話を紹介しましょう。私は彼と数年前に、東京都現代美術館でトークしたことがあります。「うさぎスマッシュ展」という展覧会に付随したセッションでした。

 石井さんは、さまざまなコンテンツに「触る」というアートを制作しています。これをタンジブル・ビッツ(デジタルのビットに触る)と総称されているのですね。たとえば「ミュージックボトル」という作品は、ボトルのふたを開けると音が聞こえてくるという仕組みです。動画もあります。

■musicBottles
http://vimeo.com/44545342

 音を聴くという行為と、蓋をあけるという触感の行為が融合しているということですね。音に触る感覚を、物理的に実現するというアートです。石井さんはこう語られていました。

「ものを見るとき、皆さんが見ているのは、水面の上に浮上した部分だけにすぎないのです。水面下にある部分は見えない。だからマウスやキーボード、タッチスクリーンといったインタフェイスを使わなければならない。ダイレクトではありません。そこに存在しているものを、表面からタッチしているにすぎません」

 この水面下の「なにか」、つまりコンテンツの本質のようなものを、どうやって皮膚感覚に変えていくのかということです。ただ物理的なものはどうしても固定になってしまう。水面下のデジタルデータは日々刻々と変化しているのに、水面上の物質は固く変化しないのであれば、それは皮膚感覚を本当に実現しているとは言えません。

◆inFORM
https://tangible.media.mit.edu/project/inform/

 MITメディアラボのinFORMという作品では、1千本のピンを並べ、それぞれがモーターで上下し、人間が遠隔で手を触れて山の形を変えられるようなしくみになっています。つまり人間が直接介入できる物理的世界と、その向こう側にある情報世界が融合している。これを石井さんは、タンジブル・ビットの先の「物質そのものを情報化する」という「ラジカル・アトムス」という概念として提唱しています。

 クラウドコンピューティングとゼロUIの進化は、いつでもどこからでもサービスを利用でき、空気のようになっていくことです。UIの存在はなめらかな没入感を阻害するものなので、だからゼロUIという概念が生まれてきました。クラウドはまるで彼岸のように、固体としての物質の存在しないフローのサービスを目指しているのです。

 しかしクラウドがゼロUIによって空気になっていくと、逆に私たちは現実感をなくしてしまうという逆説的なことも起きています。なぜなら私たちは人間という動物であり、身体を持っているから。身体感覚のない精神や思考というものがありうるのかどうかは、なんとも言えません。まれにロックアウト症候群などで、完全に身体が麻痺して身体感覚が消失しているけれども、患者さんに意識はあるという状態もありうるようですが、そのようなときの精神とはどのようなものなのか、私たちの想像を超えています。

 身体感覚とは、外界との摩擦(フリクション)です。自動車のタイヤが道路面をグリップし、そのグリップ感がステアリングを通して私たちの腕に伝わってくるように、デバイスを経由して私たちは外界を感じ、そこに何らかの摩擦感を得たいと願っているのです。

 この摩擦への期待と、なめらかな没入は、一見すると矛盾しているように思えます。しかし実は、矛盾ではありません。

(1) 私 → UIという摩擦 → デバイス → 摩擦 → 外界
(2) 私 → デバイス → 摩擦 → 外界

 (1)は従来のITです。UIを経由してデバイスを操作し、さらにその向こうにがある。UIを含めると2ヶ所に摩擦があることになり、隔靴掻痒で、外界を直接感じてる認識に不足しています。(2)はゼロUIを駆使したITです。私たちはデバイスと直結し、デバイスと一体化しています。なので摩擦は、デバイスと外界の間の一か所にしか存在せず、外界にとても近い。そして何よりも、私たちはデバイスと一体化することによって、外界に直接触れる感じをデバイス経由でも得ることができるのです。

 私たちの身体を「内部」とし、外の世界を「外部」とすると、従来のデバイスは「外部」でした。しかしゼロUIによってなめらかな没入を得たデバイスは、私たちと融合することで「内部」になるのです。内部は拡張され、拡張された内部は外界と薄い皮一枚でつながることができる。

 たとえば視界で考えてみましょう。眼鏡という伝統的なデバイスは身体との間に摩擦があります。慣れれば意識しなくでしょうが、日ごろ眼鏡を掛けていない人は、顔につねに違和感を感じる。風景を見る時に、「顔と眼鏡」「眼鏡と風景」という二つの摩擦がある状態です。

 これがコンタクトレンズになると、非常になめらかな没入感があります。たまに乾燥して痛くなることもあり、また朝晩のつけ外しが面倒ではありますが、それを除けば装着していることはほとんど忘れてしまう。そうすると身体とコンタクトレンズの間の摩擦はなくなり、「コンタクトレンズと風景」というひとつだけの摩擦になる。

 ランニングシューズで走るという例ではどうでしょう。私はナイキフリーのフライニットタイプを偏愛して履いています。これはたいへん薄いソールで、柔らかいニットで足を密封してくれる感覚があり、足との一体感が非常に高いのです。ナイキの公式サイトを見てみると、こんな風に書かれていますね。

 「シューズやソックスから解放されて、自由に走る。 地面と一体になり、その質感や温度を足裏で感じながら走る。この素晴らしい感覚こそが、自然な動きというコンセプト、 ひいてはナイキのミッションを実現するための刺激となりました。目指したのは、アスリートの足になじみ、地面を感じて走れるシューズ。 さらには、人間に本来備わっている能力を引き出すシューズです」

◆ナイキフリー
https://www.nike.com/jp/ja_jp/c/innovation/free

 ソールが薄いので、未舗装道を走るとかなり足裏に刺激を感じます。舗装道であっても、アスファルトの小さな凹凸を感じることができる。でもこれは不快な摩擦ではありません。シューズと足が一体化していて、「足と路面」というひとつの摩擦しかないからです。

 身体の没入感はこれからのITにとって非常に重要なテーマですが、それはすべてがなめらかになることではない。私たちが身体を持つ生命体である以上は、つねにそこに「外部」があります。なめらかになるということは外部を内部に取り込むことですが、しかし外界を内部に取り込むことはできません。外界が存在する以上は、そこに心地の良い摩擦を感じさせるUIがどうしても必要なのです。デバイスはなめらかに身体と融合していくことが大切ですが、外界との間には摩擦を持つということなのです。

 その意味でいうと、カセットテープというのは決して完成形ではありません。ストリーミングを主体とした音楽があまりにもなめらかに没入してしまって摩擦を感じなくなってしまっているがゆえに、摩擦を求める欲求が変化球的に浮上してきたのが、カセットテープの流行ということなのかもしれません。

 ただ、前回紹介した「カセットテープはピュアな音でなく、その場、その時代の空気感も閉じ込められている」という感覚はかなり面白く、ここに関しては留意しておく必要があります。私たちが求める摩擦というのはピュアな外界との接触ではなく、そこにノイズが挟まれたほうがリアリティを持つことができるのだということにもなってくるでしょう。

 さて、このように捉えると、これからのUX(ユーザー体験)の長期的なテーマが見えてきます。たとえばVR/MRのような仮想現実系で言えば、HMDや眼鏡のようなデバイスはゼロUI化していって、可能な限りなめらかな没入感を実現する。一方で、見えている仮想現実に対しては、心地よい摩擦を実現すること。HMDの中の視覚だけでなく、触覚や嗅覚のようなものも実現し、仮想の現実がそこに実際に存在するのだと誤解させるような摩擦感を再現することが大切になるのです。それによって私たちは、仮想現実であっても、その仮想世界と直接向き合っていて、仮想世界につなぎとめられているという実感を得られるようになる。

 世界につなぎとめられている、、というのは究極の感覚です。すべての鎧を脱いで、裸で世界と向き合っている感覚なのです。


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