ウェブで読む(推奨):https://foomii.com/00258/2021121615103188642 //////////////////////////////////////////////////////////////// 増田悦佐の世界情勢を読む https://foomii.com/00258 //////////////////////////////////////////////////////////////// こんにちは。増田悦佐と申します。 今回、株式会社フーミーさんのご協力を得て、ウェブマガジン『増田悦佐の世界情勢を読む』を創刊させていただくことになりました。 世界の政治、外交、経済、金融、社会情勢を解説するサイトは、とても多いと思います。今さら、何かしら独自の見方を付け加えることができるものだろうかとお疑いの方もおいででしょう。 ですが、私は、現在世界情勢を論じていらっしゃる方々のほとんどが、過去5年とか10年のきわめて短期的な視点からご自分の見方を形成されているように感じます。 ときおり、長期的な視点をお持ちの方もお見かけしますが、それでもせいぜい第二次世界大戦後の現代史の流れを押さえた程度ではないでしょうか。 私は、アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学の大学院で、経済学と歴史学をダブルメジャー(二重専攻)で学び、博士号取得に必要な単位をすべて修得しあとは博士論文を書くだけという段階で、1980年代半ばに日本に戻ってきました。 その後、外資系証券会社で約20年間、建設・住宅・不動産担当の株式アナリストとして働いてきました。5年後、10年後のことはどうでもいいから、1年後、いや半年後の世界がどうなるかを予測する仕事です。 ● 目まぐるしく変わる世界情勢に振り回される職場で痛感した歴史的洞察力の重要性 この仕事で痛感したことがあります。5年後、10年後、あるいは20~30年後に世の中がどう変わるかはかなり論理的に予測することができますが、1年後とか半年後の予測は、まったくの偶然に左右されることが多すぎて、当たるも八卦、当たらぬも八卦のバクチでしかないということです。 残念なことに、偶然に翻弄される短期予測というバクチに身を投ずる人があまりにも多いように感じます。逆に、長い歴史的な視点に立って、人間が身の安全と豊かさ、快適さを求める動物であるかぎり、いずれはこういう方向に進むはずだという予測をする人はとても少ない気がします。 もうひとつ痛感していることがあります。それは、とくに経済問題に関して実証的なデータに裏付けられた議論をする方が少ないという事実です。 たまに比較的データを重視していそうな論陣を張っている方がいても、長いデータシリーズの中から、ご自分の主張に都合のいい箇所だけを切り取ってこじつけたような論旨でがっかりすることが多いのです。 結局のところ、自分の社会に対する理解を深めるためにデータを集めているのではなくて、「無知な大衆」を説得するための道具にできさえすればいいというお考えでデータをつまみ食いしているだけなのではないでしょうか。 現代社会が直面する「問題」の大半は、いつまでも大衆を自分たちの支配下に置いておきたがる知的エリートが、「我々の教えを忠実に守らなければ、お前たちはこんなに苦しむのだぞ」という脅しから出たものではないかと、私は思っています。 大衆がこの脅しに屈服することなく、自分たちにとってどんな生き方が安全で、豊かで、快適かを自分自身の判断に従って行動すれば、ほとんどの問題はむずかしい解決策を講じなくても、自然に解消するというのが、私の信念です。 この点について、中華人民共和国が共産党の幹部、国家・地方政府の官僚、人民解放軍の高級将校、国営メディアのオピニオンリーダーたちなどの知的エリートによる支配が浸透した利権社会であることに異論を唱える方はほとんどいないでしょう。 ところが、現代アメリカ社会が同じような、いや中国以上に高度な利権社会であることを指摘される方はあまり見かけません。 現代アメリカ社会は、財界や有力職能団体のエリートが、ロビイストを通じて立法・行政・司法三権の担当者たちをカネで丸抱えにしてやりたい放題をやっているすさまじいまでに金権がものを言う世の中になっているのですが。 当然、世界情勢を読むに当たっては、現代世界の経済2大国であるアメリカと中国がいかにすさんだ社会になっているのか、この閉塞状況を打破するきっかけをどこに求めるべきかといった議論が中心となります。 かつての覇権国家群でありながら、今は落ちぶれ行く一方の西ヨーロッパ諸国や、なかなか経済発展が軌道に乗らない新興国、発展途上国についても、折に触れて議論していくことになるでしょう。 ● 高成長から低成長へのギアチェエンジは、世界情経済にとって避けることのできない必然です 世界中で深刻な問題が噴出している今、日本を論ずる機会はやや少なめになります。 しかも、1989年以降に日本が経験した「失われた30年」こそが、今後混迷を極めるであろう世界各国の政治経済にとってむしろ目指すべき理想の姿だという議論になりそうです。 その根拠は、長い世界経済史を見渡したとき否応なく到達するはずの、現代世界経済は、すでに製造業主導からサービス業主導に転換したという現状認識にあります。 世界経済を10年や20年の短期間はなく、数世紀、数十世紀の流れで見れば、その大半は亀のように遅々たる歩みでした。 17世紀末から18世紀にかけて西欧諸国が到達した製造業主導経済の時代は、世界経済の長い歩みが突然駆け足に変わってしまった特異な時期だったことに気づきます。 この駆け足は、西欧諸国とアメリカにはすばらしい富をもたらしました。しかし、その富の大半は欧米以外の全世界に住む人々の犠牲の上に築かれたものなのです。 産業革命による経済成長の加速から約2世紀半を経て、世界経済はすでに製造業主導からサービス業主導に転換しています。 サービス業主導経済では、製造業全盛期のような高い成長率は望んでも達成できない見果てぬ夢なのです。 理由は2つあります。 ひとつ目はサービス業主導経済では、消費者にとって同じ付加価値を生み出す工業製品とサービスの生産では、サービス生産のほうが少ない投資量で済むので、GDP全体は投資の縮小分だけ減少傾向になることです。 ふたつ目は、同じ付加価値を生み出すために必要なエネルギーや金属など天然資源の消費量を比較しても、サービスのほうが消費量を節約できます。 どちらもより少ない生産要素の投入量で同じ豊かさを得られるわけですから、人類全体にとって歓迎すべき変化なのですが、GDPという尺度を絶対視すると、資本財や天然資源の消費量が小さくなる分だけ目減りすることになります。 サービス業主導経済では、投資額のじりじり減少する分を拡大する消費で埋め合わせた上で前年のGDP総額より大きくなった分だけが成長と数えられます。当然、成長率は鈍化します。 製造業全盛期であれば低迷あるいは停滞と見られていた状態が、どこの国でもふつうの状態なります。 政財界の中枢をになう人たちが経済に強引な介入をして昔どおりの高成長を維持しているように見える国々では、ムダな投資をしてはそのムダを帳消しにすることにまた資金を投じるというかたちで、国民に大きな犠牲を強いながら繁栄の幻影をつくり出しているに過ぎないのです。 そして、この幻影に過ぎない繁栄から現実の豊かさを享受しているのは、一握りの知的エリートだけです。 幸いなことに日本の知的エリートたちの中にはあまり頭脳明晰な方が混じっておられないので、周到に準備された計画どおりに大衆の鼻面を引きずり回して高成長の幻影をつくり出すといった離れ業は、めったにやってのけることができません。 そんな事態が起きかけても、賢明な日本の大衆は未然にそうしたたくらみを潰してしまいます。だからこそ、現代日本社会では、欧米や新興国、とくにアメリカや中国の社会が抱えているほどの深刻な亀裂は生じていないのです。 このスタンスについては、あまりにも悲観的すぎるのではないかという疑問や不満を抱かれる向きもおありでしょう。 はじめから「世界のどこかに非の打ちどころがないほど立派な国があって、その国に比べると日本は惨めだ」という結論に到達するために、世界中から大幅に現実を美化したお話を拾い集めてきて、日本の現状と比較する議論をされる方々には、我慢のできない言い分ということになるのでしょう。 しかし、現代世界で最大の対立の構図は、アメリカ・中国を先頭とする知的エリートによる専制支配の強化に対する、日本をはじめとする大衆による反撃、逆襲となっています。 「人為的二酸化炭素排出量の激増による地球温暖化危機」説にしても、新型コロナウイルス、コヴィッド-19をめぐるロックダウンからワクチン接種の強制に至る一連の「疫病との戦い」にしても、この知的エリートによる専制支配の強化と大衆による反撃という構図を背景に据えれば、見えにくかった実態が見えてきます。 だいぶ話が抽象的になってしまいましたので、具体的な例を使ってご説明しましょう。 ● フェイスブックのメタへの改名は何を意味するのか 2021年10月末、アメリカ6大ハイテク企業FAMANGの一角を形成するフェイスブックが12月1日付で社名をメタに変更すると発表しました。 なお、FAMANGとは、以下の6社の頭文字を集めた造語です。 ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の最大手であるフェイスブック(F)、スマートフォンを代表するiフォンを始めiブック、iパッドなどのメーカーであるアップル(A)、オフィス用PCアプリパッケージの最大手であるマイクロソフト(M)、インターネット通販の最大手であるアマゾン(A)、インターネットを通じた映像・音声配信最大手グループの1社であるネットフリックス(N)、そして検索エンジンの最大手であるグーグル(G)。 「バラはどんな名で呼ぼうとバラだ。美しさにも香りにもなんの違いもない」ということばもあります。 フェイスブックのメタへの改名は、「インスタグラムもワッツ・アプも展開している企業グループの社名としてフェイスブックはふさわしくない」というだけの理由による社名変更なのでしょうか? それとも、もっと大きな意味が隠されているのでしょうか? 今、世界経済は重大な岐路に差しかかっています。2020年春ごろ全世界を席捲した新型コロナウイルス、コヴィッド-19の影響による低迷は、新規感染者数や犠牲者数がかなり低下した2021年末になっても急速な回復というにはほど遠い状態です。 ● 低迷する世界経済で気を吐く米株市場を支える6銘柄 その中で、ひとり気を吐いているのが株式市場を中心とするアメリカの金融業界です。 しかし、コロナ後もたびたび史上最高値を更新しているアメリカを代表する株価指数、S&P500株価指数を細かく検討すると、快調に上昇を続けているのは採用全銘柄中でわずか1.2%に過ぎないFAMANG6社なのです。 アメリカ株全体が好調のように見えますが、S&P500株価指数からFAMANG6社をのぞいた残る496社のパフォーマンスは14年弱でやっと2倍を超えた程度です。 S&P500から6社を引いたら494社ではないかと思われるかもしれません。ですが、現在この指数に採用されている銘柄数はぴったり500ではなく502銘柄なので、502マイナス6=496となります。 S&P496の上昇率は年率換算で約5%となり、もちろんほぼ横ばいを続けたアメリカをのぞく全世界株価指数に比べればマシですが、ブームというほどの値上がりではありません。 FAMANG6社のほうは、同じ期間内にほぼ13倍となっています。こちらは、年率にして20%を超える値上がりが14年弱も続いたのですから、ずいぶん持続力のあるブームだったと言えるでしょう。 次のグラフを見ると、この13倍の値上がりのうち11倍分はFAMANG6社が順調に利益成長を続けていたから達成できた、健全な値上がりだったことがわかります。 S&P500採用銘柄の中でも、やはりこの6銘柄は他の496銘柄に比べて圧倒的に収益の伸びが良かったことが確認できます。 逆に、この6銘柄をのぞいたS&P496とアメリカをのぞく全世界株価指数の1株利益の上昇ぶりを比べると、ほとんど差がありません。 ただ、FAMANG6社の1株利益は11倍になっただけなのに株価は13倍ですから、同じ収益に対する株式市場の評価も上がっていたことがわかります。 株式市場では、株価を1株利益で割った倍率(株価収益率、PER)を、ある銘柄が割高か、割安か、適正かを判断する目安にすることが多いのです。同じ3つの指数のPERがどう変化してきたかを見てみましょう。 FAMANG6社は、2020年夏の40倍という異常な高さこそ脱したものの、30倍近辺というのはやはりそうとう割高な水準と見るべきです。 仮にこの6社の収益成長がストップして毎年同額の1株利益しか出せなくなったとしましょう。PERが30倍というのは、1株利益を全部配当に回したとしても投資家が配当で投資額を回収するまでには30年かかるということです。 同じ株を30年間持ちつづけたとしても、その間の科学技術の進歩や生活習慣の変化などにその企業がついていけるかどうか、わかりません。 これが15倍程度ならあまり心配する必要はないでしょうが、18~19倍となるとかなり不安です。 アメリカをのぞく全世界株価指数の約15倍は、高すぎも安すぎもせずほぼ妥当な水準と言えるでしょう。S&P496のほうは18~19倍ですから、やや割高です。 FAMANGはたしかに順調に収益を伸ばしているけれども、株式市場関係者はその収益の伸びを上回る勢いで買い進んでいるので、どんどん株価が割高になっているという結論に達します。 これだけ株価が上がっても大丈夫と言えるほどの収益成長がなければ、いずれは見放されて、売り優勢の相場展開になるでしょう。 そうなると、収益成長によってではなく株価が下がることによって、FAMANGが適正な株価水準に引きずり降ろされることになっても、少しも不思議ではありません。 ● フェイスブックを襲った1兆ドルクラブ脱落の危機 ちょうど「FAMANG6社は、株価の高さを正当化するほどの収益成長を実現できるのか」という疑問が市場関係者のあいだでも話題になりはじめたころに、フェイスブックにとってかなりショッキングな事態が勃発しました。 じつはFAMANG6社の中でもNに当たるネットフリックスは、売上も時価総額も小さく、利益率も低いみそっかす的な存在で、残るハイテク5社がその他の全企業をはるかに引き離す「1兆ドルクラブ(時価総額1兆ドル以上企業群)」を形成していたのです。 まず、これまで検討してきたFAMANG6社にEV(電気自動車)業界最大手のテスラを加えて、各社の1分間ごとの売上高と時価総額を比較した表を見てみましょう。 ご覧のとおり、テスラの1分当たり売上高はハイテク6社中ではみそっかす扱いのネットフリックスよりは大きいですが、1兆ドルクラブ会員の中では最小だったフェイスブックと比べても40%弱と、かなり規模が小さくなっています。 ところが、2020年春、新型コロナウイルス、コヴィッド-19は大疫病だというキャンペーンが成功しはじめたころから、「地球温暖化が人類の存続を脅かす危機を招く」という一時下火になっていた恐怖宣伝も勢いを盛り返してきました。 「地球温暖化を防ぐためにはハイブリッド車程度では生ぬるい。完全に電力だけで動くEVを導入し、ガソリンエンジン車は全廃しなければならない」という議論が優勢になってきたのです。 それとともに、EV最大手のテスラ社の株価が急騰し、業績の裏付けはほとんどないのに、フェイスブックに代わって全アメリカ株の中で時価総額第5位にのし上がってしまいました。 このグラフのサブタイトル「FAMAGよりMAGATのほうが大きくなった」は、アップル、マイクロソフト、グーグル、アマゾンに次ぐアメリカ株時価総額第5位企業がF(acebook)からT(esla)に変わったことを示しています。 それと同時に、テスラは上場以来初めて時価総額1兆ドルを突破し、逆にフェイスブックは7月から9月にかけて約2ヵ月維持していた時価総額1兆ドルクラブ会員の座を明け渡しました。 ● テスラの時価総額1兆ドル乗せは米株市場開闢以来の珍事 これがどんなに衝撃的な異変だったかは、アメリカ株をかなり長年にわたって観察してきた方でないとおわかりにならないのではないかと思います。 テスラという企業は、「地球温暖化を阻止するために、いずれ世界中の自動車はEVになる」という思惑だけをたよりに時価総額1兆ドルという超巨大企業にのし上がった会社だからです。 さらに、ハイテク6社がそれぞれの分野で大きな市場シェアを占めているのに比べて、自動車市場に占めるテスラの地位は微々たるものです。 テスラが2021年10月下旬に達成した時価総額1兆0100億ドルは、自動車産業の中で時価総額2位から11位までの10社の時価総額合計とほぼ同一でした。 しかし、これだけ巨額の時価総額を達成していながら、今年のテスラの自動車販売台数予想は、かなり楽観的な見通しのもとでも全世界自動車販売台数のたった1.2%に過ぎないのです。 たんに売り上げ規模が小さいだけではありません。テスラ社は本業であるEVの製造販売では、まだ通年で営業黒字を確保したことがない企業です。 テスラ社が公式に開示している決算関連書類を見ると、このところ四半期ごとに5%台から11%に至る営業利益率を確保してきたこと、2021年の第3四半期には営業利益率が14.6%に急上昇したことなどが記載されています。 ところが四半期ごとに黒字になっていたのは、EVを1台売るごとにもらえる内燃機関(エンジン)車を売る権利を他の自動車メーカーに売ったり、まだ安値のころに買っておいたビットコインを高値で売り抜けて売却益を出したりして捻出した、本来であれば特別利益に数えるべき項目のおかげなのです。 こうした本来であれば特別利益として計上すべき項目を除外したテスラの四半期ごとの営業損益は、次のグラフが示すとおり惨憺たるものです。 本業であるEVの製造販売で、テスラはたった1四半期で1兆ドルに迫る大赤字を出したことはあります。 でも、EV製造・販売での四半期ごとの実績は、多くてもたかだか1000億ドル程度のわずかな黒字を、とびとびに達成したことがあるだけなのです。それ以外の四半期はすべて営業赤字でした。 テスラの異常に膨張した時価総額を支えているのは、「いずれ地球温暖化を防ぐために、自動車はすべてEVになる。そうなれば、世界中の自動車メーカーの中で最大の売上高を達成するのは、現時点でEV最大手であるテスラにちがいない」という思惑でしかありません。 こんなに実績の貧弱な企業が、これほど莫大な時価総額にのし上がったのは、アメリカ株式市場の150年を超える歴史の中でテスラが初めてでしょう。 ● 思惑だよりで株価が急騰したテスラに時価総額で抜かれたフェイスブックの焦り 一方、テスラに時価総額全米第5位の座を奪われたフェイスブックは、テスラよりはるかにしっかりした収益基盤を持つ企業です。 売上高がテスラの約2.5倍であるだけではなく、四半期ごとに30~40%台の高い営業利益率を確保してきた好収益企業なのです。 しかし、フェイスブックは自社の収益に関して以下2つの悩みを抱えていました。 1. 利益成長率が構造的に鈍化する時期に差しかかっていること。 2. じつは本業で最大手ではなく2位企業に過ぎないこと。 フェイスブックの営業利益率は、2020年第4四半期には46%という高水準に達したのですが、2021年の第1~第2四半期は43%にとどまり、同年第3四半期には36%に落ちこみました。 理由は高収益地域での利用者数が伸び悩み、低収益地域での利用者が増えていることです。 上にフェイスブック社公式開示資料から引用させていただいたのは、毎日活発にフェイスブックを利用している人たちの人数を追ったグラフです。 北米大陸でもヨーロッパ諸国でも、2020年第1四半期以来アクティブユーザーの数はほぼ横ばいです。2020年以降も顕著な伸びが続いているのは、アジア太平洋地域とその他全世界です。 ところが、アクティブユーザー1人当たりでフェイスブックに入ってくる収入は、下のグラフが示すとおり、圧倒的に北米大陸が高く、ヨーロッパ諸国はその約3分の1で、アジア太平洋やその他全世界に至っては10分の1未満に落ちてしまうのです。 これだけ高収益地域で伸び悩み、低収益地域で伸びているのであれば、全社での収益成長が鈍化するのは仕方のないこととも言えます。 そして、このグラフはフェイスブックの第2の悩みも浮き彫りにしています。 フェイスブックが利用者から代金を取って提供するサービスによる収入は、このグラフでは「その他」に分類されていて、世界中どこでも刺身のツマほどの存在感もありません。 収入の圧倒的部分は、利用者にアピールするために企業が打つ宣伝広告料なのです。 つまり、フェイスブックの本業はSNSの運営ではなく、インターネットを媒介とした広告代理店業なのです。 インターネットを媒介とした広告代理店業では、検索エンジン首位のグーグルがフェイスブックよりはるかに大きな収益を維持しています。 フェイスブックはSNSの最大手、グーグルは検索エンジンの最大手と考えるのは、それぞれの企業のサービスを利用している人たちがすなわち消費者であるという幻想にもとづく企業分類です。 実際には、SNSや検索エンジンを「タダ」で利用している人たちは、フェイスブックやグーグルがほんとうの消費者である企業に売りつけるデータの原材料として自分たちの貴重な情報を進んで提供してくれる、気のいいカモに過ぎないのです。 どこでカモを仕入れてこようと、この2社がインターネットを媒介とした広告代理店業を営んで収益をあげているという事実は変わりません。 そして、カモとしての利用者をどちらが大勢囲いこめるかとなると、検索エンジンのほうが圧倒的に有利なことはかんたんに推測できます。 SNSを通じてほかの人たちとつながりを持ちたいと考える人より、何かわからないことがあったとき、気軽に手早く検索できるサービスを使いたいと思う人のほうがずっと多いでしょう。 実際に、直近2021年第3四半期の宣伝広告料収入でも、フェイスブックが約283億ドルだったのに対して、グーグルは2倍近い531億ドルを稼いでいました。 つまり、インターネット広告業界での首位グーグルと2位フェイスブックの差は、逆転するどころか、縮めることもそうとうな難事業であると推測できます。 ● なぜデジタル世界のほうが、首位企業とその他企業との差は大きいのか? もう大昔のように感じますが、日本を民主党内閣が統治していたころ、国が出資したり支援したりしていた事業の仕分けをするに当たって「なぜ2位じゃいけないの?」と訊いて世間知らずぶりを批判された民主党有力議員がいました。 でも「なぜ2位じゃいけないの?」というのは、真剣に検討してみる価値のある疑問です。 なぜか、デジタル化した世界に主要な収益源を見出す企業群が増えてから、各業種の中で首位だけがもてはやされて、2位以下は非常に吹く区評価されるケースをひんぱんに見かけるようになりました。 これは一見すると不思議な現象です。 物理的に存在する世界では、巨額資金を調達して大きな設備装置を構築できる企業とその他の企業のあいだには、規模の経済において大きな格差があります。ですから、社会全体が首位企業偏重の見方をするのもわかりやすい話です。 でも、上っ面だけで考えると、デジタル世界では最大規模の企業から中小零細企業に至るまで規模によって経済効率の差はほとんどなさそうな気がします。同じサービスをどれほど大勢の顧客に配信しても、規模が壁になってこれ以上大勢には配信できないということはないはずですから。 ところが、デジタル化世界では、消費者相互間の互換性という大きな障壁がシェアの小さな企業に立ちはだかるのです。 重厚長大産業華やかなりしころ、鉄鋼は鉄鋼、自動車は自動車、電気器具は電気器具で、消費者にとってそれぞれの製品が持つ機能には互換性がありました。 ですから、もちろん鉄鋼のUSスチール、自動車のGM、電気製品のGEが確固たる首位として君臨していても、それぞれの分野の2位企業であるベツレヘム・スチール、フォード、ウェスティングハウスもそれなりに名誉ある地位を築いていたわけです。 首位企業が築いた巨大な設備装置に比べれば小さくても、2位企業の設備装置もまた、3位以下にとっては乗り越えるのがむずかしい物理的な障壁になっていたからです。 しかし、デジタル世界で提供されるサービスは、各社固有の設計思想にもとづいて提供されるので、違う企業のサービスを使っている消費者同士では互換性がありません。 ですから、各分野で最初に高いシェアを占めた企業が圧倒的に有利になり、首位と2位以下との差はときの経過とともにますます広がる傾向が顕著です。 象徴的な事例が、マイクロソフトのオフィスPC向けアプリパッケージであるウインドーズ・オフィスでしょう。 表計算のエクセル、文書作成のワード、プレゼン資料のパワーポイントと、別々の企業がまったく異なる設計思想で開発した互換性のないアプリを買いあさって、ひとまとめにしてパッケージ販売して、オフィスワーカーひとりひとりにPCが配布され始めたころに圧倒的に高いシェアを築いてしまいました。 今でもこれらのアプリ間に互換性はなく、自分が創ったファイルを別のアプリにそっくり持ちこもうとするたびに面倒な操作が必要になる不細工な寄せ集めのままです。でも、世界中のオフィスワーカーの7~8割がこの不細工なパッケージを使っているので、オフィスPC向けアプリで断トツのシェアは揺るぎません。 アップルが開発したPC向けアプリは表計算、文書、プレゼン資料から画像処理、音声入力・再生まで単一の設計思想で構築されているのでずっと便利です。ただ、これだけ利便性が違っていても、いまだにマイクロソフトの牙城を破ることができないままです。 フェイスブックは、インターネット広告業界でグーグルの首位を脅かすことの非現実性を痛感しているだけに、ここなら圧倒的に自社が強いという分野をどこかに創り出そうとしているはずです。 ● そこで浮上したメタヴァース構想 今、我々人間をふくむさまざまな動植物が生きている宇宙は、Universeと呼ばれています。 Uniは「単一の」を意味する接頭辞ですから、Universeとは単一宇宙を意味すると解釈することもできます。 さらに、仮想現実の世界が創出されるたびに、我々が住んでいる宇宙とは別のパラレル宇宙ができ、無数の宇宙が並立している世界を想定することができます。 この多数の宇宙全体を、UniverseではなくMultiverse(複数宇宙または多元宇宙)と呼ぶことにしましょう。 これらのMultiverse全体を包みこんで、もうひとつ上の次元から統轄する宇宙が存在すると考えて、この次元の違う宇宙をMetaverse(超宇宙)と名付けます。 ずらずらことば遊びが続くようですが、フェイスブックが真剣に改名を検討し始めたときの最初の有力候補はまさにこのMetaverseでした。 そして、結局採用した正式の社名はMetaではなくMeta Platformsです。 つまり、Metaという新社名には「無限に創出されるMultiverse全体を統轄する共通の土俵(Platform)を主宰し、提供するのは我々だ」という旧フェイスブックの野望がこめられているのです。 「いったい、そんな議論のどこに収益チャンスがあるんだ?」という当然のご質問が出てくると思います。 あるプロのゲーマーが、ゲームの中に登場する自分の分身に履かせるスニーカーを巨額のデザイン料を払って特別誂えで創らせたそうです。 もちろんデザイン料だけではなく、どんなゲームに登場するアイコンでもこの特注のスニーカーを履けるのは自分の分身だけという独占使用権料も払っているでしょう。 そして、フェイスブック改めメタが狙っているのは、メタ・プラットフォームズが統轄しているあらゆるマルチヴァースに存在するすべてのゲームで同じアイコンを独占的に使う権利を一元管理することだと思います。 それでもなお、「どんなに高額所得を稼ぐプロゲーマーが増えたところで、世界中のオフィスで使うPCアプリパッケージの初回購入費+更新料や、先進諸国の人口の6~7割に2回ずつワクチン接種をすることからあがる収益に比べたら、タカが知れている」とお考えかも知れません。 では、マルチヴァースの中に、任意の場所に3次元仮想空間を創出して、その中に自分の分身を送りこみ、現実世界の人々と会話を交わせるものが出現したらどうでしょうか? ある日あるとき、自分は悠々と自宅でくつろぎながら、オフィスに送りこんだ分身には同僚と会議をさせ、重要顧客のところに送りこんだ分身には打ち合わせや価格交渉をさせ、家族には知られたくない人との密会に送りこんだ分身にはとにかく忙しくてなま身で遭いに行けない言い訳をさせといったことを同時進行させるのに、お仕着せの一張羅では台無しでしょう。 分身たちが着ていく衣類も履物も、それぞれに課したタスクに合わせて揃える必要があります。メタ・プラットフォームズは、その1点、1点が登録されるたびに登録手数料をいただくことになります。 また、これはハッカーとのあいだの熾烈な闘争になると思いますが、これだけあちこちに出没する重要人物のなりすまし被害を防ぐための保険料収入もバカにならない金額になるでしょう。 少なくとも、それがフェイスブック改めメタが想定している未来であり、そこでメタが占めることになる地位についての野望なのです。 私は、この新事業がメタの新しい本業として成功した場合、無数に存在するマルチヴァースのうち、たったひとつの現実宇宙(Universe)以外のすべてのパラレル宇宙では、ゲームの参加資格も、競技ルールも、出場停止措置や永久追放の基準も、勝手に決めていただいてけっこうだと思います。 しょせん仮想宇宙の中での話ですから。 ただ、今もメタの創業CEOにとどまっているマーク・ザッカーバーグには、仮想宇宙と現実宇宙の区別が付かず、仮想宇宙を創出した1企業がその中で揮える権限をそのまま現実宇宙でも揮おうとする厄介な傾向があります。 現にフェイスブック時代、地球温暖化や新型コロナウイルス対策をめぐって、自分の気に入らない意見の投稿を削除したり、アカウントを抹消したりしていました。 これに対する言論弾圧という批判に対して、「自分の一存でやったから悪いのであって、各界の識者を集めた諮問委員会で慎重に協議した上でフェイクニュースやヘイトスピーチと認定したら、投稿削除やアカウント抹消をしても文句はないだろう」と開き直ったのです。 つまり、言論の自由をそもそも認めていない人間なのです。 こういう人間があらゆるマルチヴァースを統轄するメタ・プラットフォームズの運営権を握っているとしたら、かけがえのないこの現実宇宙(ユニヴァース)もさぞ住みにくく暗澹とした場所となってしまうでしょう。 ● 盛者必衰の法則は、安易な「高収益」事業買収から発現する しかし、私はそれほど悲観していません。 というのも、デジタル空間での新規事業はたいていの場合、先につばを付けたものが勝つ世界ですが、そこに大きな例外法則があるからです。 それは、自社の本業の収益性の低さや成長の遅さに業を煮やして、他社がタネを蒔き、芽を育てた収益性の高そうな事業を買収して乗りこんでいった企業は、たいてい衰退していることです。 メタヴァースは、もともとSF作家のニール・スティーブンソンが、1992年に刊行した『スノー・クラッシュ』という作品で提唱した3次元仮想空間を意味する造語でした。 その後、オカルトとほんのちょっと字が違うだけのOcculus社という小さなベンチャー企業が開発していた構想を、フェイスブックが2018年に企業ごと買収したものです。 ちなみにオクルスとは、ドームのてっぺんに開いた天窓という意味のラテン語で、天上からこの世のものとも思われないほど神々しい光が降り注ぐイメージのことばだそうです。 次の表をご覧ください。最近時価総額トップ10入りした企業は短命な線香花火的存在に終わりがちなことがよくわかります。 中でもご注目いただきたいのは、2000年に第10位にランクインして、2005年には圏外に消え去っていたアメリカ・オンライン(AOL)です。 当時、インターネット・ブラウジング業界で最大手の一角をなしていたAOLは、もしインターネット通販が本格的に普及するとしたら、当然その旗頭になるだろうと期待されていました。 ところが、受注はネット経由で大幅に省力化できても、配送はドロ臭い倉庫・運送業に手を染めるので低収益化はまぬかれないと見たAOL経営陣は、雑誌のTIMEと映画のワーナーが合併して設立された旧メディアを代表する大企業との合併の道を選んだのです。 2001年1月に合併が実現したころからハイテク・バブル崩壊に見舞われたという不運もありましたが、結局合併時には資本構成で多数派を占めていたAOLは、業績不振が続いてこの合併会社から追い出され、見る影もなく衰退していきます。 一方、インターネット通販で世界最大企業にのし上がったアマゾンは、今でもネット通販だけを見れば低収益企業です。 本拠地、北アメリカ大陸でさえ4%前後の営業利益にとどまり、その他全世界ではやっと赤字から1%程度の営業黒字に転じただけです。 同社が万年低収益企業から抜け出すことができたのは、大容量コンピューターのレンタル・リースであるクラウド事業の勃興期に、他社の買収によってではなく自前で飛びこんでいって、世界最大で推計33%のシェアを持つクラウド事業部門を育て上げたからです。 この事業部門は、アマゾン・ウェブ・サービシズと呼ばれていて、まさにアマゾン全グループのドル箱となっています。収益化した直後から安定して30%前後の営業利益率を確保し、アマゾングループの収益性を飛躍的に向上させました。 他社の買収という安易な手段を取らなかったのは、低収益の中で集配センターの建設や、配送網の確立、そして膨大な量の単純計算をこなすための大容量コンピューターの購入に巨額の先行投資が必要で、買収資金がなかったという理由が大きかったようです。 クラウド事業は、自社では使いこなせない余剰計算能力を顧客の要望に応じてどう切り売りするのかがカギとなる仕事です。 およそ想像力を奔放に羽ばたかせる余地はなさそうで、その割にいろいろ細かい工夫が必要という、あまり魅力的には見えない新事業分野だったのでしょう。 だからこそ、2006年にアマゾンが先鞭を付けてからも、かなり長期にわたってもっと大きな余剰計算能力を抱え、もっと優秀な研究開発陣を擁する大企業が参入してきませんでした。 直近のアマゾン・ウェブ・サービシズは、たびたび大規模な機能停止が起きて、先行きに不透明感も漂い始めました。 長い業界首位の座に安住しすぎて、機器の損耗やプログラミングのバグに対する注意がおろそかになっているのかも知れません。凄腕のハッカーグループの標的にされているのかも知れません。 ただ、大量のデータが流出したなどという深刻な事態が発生したわけではありません。 また国防総省のように、守秘義務に関する契約条項の細目が非常に詳細なため、一度契約を取ったら、他の業者に乗り換えられてしまうリスクが非常に低い上得意顧客もがっちりつかんでいます。 地味なデータ処理を淡々とこなす仕事だけに、ある日突然大口顧客がいっせいに他社に流れてしまうといった事態はありえないでしょう。 そのへんも、まさにSF的な発想なので、想像力がひとり歩きしてあっちこっちで落とし穴にはまりそうなメタヴァース事業とは大違いです。 というわけで、フェイスブック改めメタ・プラットフォームズ社のメタヴァース構想は、壮大な未来図を描きながら企業実績への貢献度はほんの少し、あるいは完全な失敗に終わるというのが、現在の私の見立てです。 //////////////////////////////////////////////////////////////// 本ウェブマガジンに対するご意見、ご感想は、このメールアドレス宛に返信をお願いいたします。 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増田悦佐(エコノミスト・文明評論家)