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山田順の「週刊:未来地図」
No.762 2025/02/11
今後ドルはどうなるのか?
なぜトランプはFRBを敵視するのか?
(前編)
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トランプの「大統領令連発」「関税発令」のせいで、市場は揺れている。ブラフだったり、本気だったり、前言撤回だったり、なんでもありなので、「様子見」と言ったところになっている。
ただ、やはりもっとも注目されるのは、今後、基軸通貨のドルがどうなるかだろう。これまでの発言を見ていると、トランプはドルがアメリカの世界支配の基盤であることはわかっている。だから、これを守ろうとしているが、なぜかドルの発行元であるFRBを敵視し、「金利を下げろ」と言い、最終的に「解体する」とまで息巻いている。
いったい、なぜ、こんなことをしようとしているのか?
その背景を探るとともに、FRBとはどんな組織なのか?そしてドルはどうなるのか?を考察する。
*(前編)(後編)の2回に分けて今日、明日、配信します
[目次] ─────────────
■BRICSに対し共通通貨をつくるなと“脅し”
■FRBに対して再三再四金利を下げろと要求
■BRICS共通通貨「R5」の実現可能性は?
■金利を下げればドル安で貿易赤字は解消する?
■アメリカ政府はFRBの株を持っていない
■FRBは実質的に民間企業、民間金融機関
■なぜFRBはドル紙幣を発行できるのか?
■ドルの正体はアメリカ政府が保証する債権証書
■ドルはどのようにして発行されるのか?
■アメリカ政府はFRBに債務を負うかたちに
■金利が税金になるFRBと基軸通貨のからくり
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■BRICSに対し共通通貨をつくるなと“脅し”
トランプは大統領になってから、ドルに対して2つの重要な発言をした。どちらも大統領になる前から言っていたので、新鮮味はない。しかし、世界覇権国の大統領となって言うとなると、その重みは違う。
1つめは、1月30日に自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」で、「われわれは、こうした敵対的に見える国々(BRICS諸国)に対し、新たな共通通貨を創設せず、また強力なドルに代わるほかの通貨を支持しないという約束を求める。さもなければ、100%の関税に直面することになるだろう」と投稿したこと。
要するに、BRICSに対して、ドルに代わる国際決済通貨をつくったらタダでは済まないぞという“脅し”(警告)だ。
トランプはこれまでも、同様な警告を発している。昨年11月30日の投稿では、「BRICSが国際貿易や、ほかのどんな分野でも、ドルに取って代わる可能性はまったくなく、そうしたことを試みる国は、関税にようこそ、アメリカにさようならを言うべきだ!」と述べている。
こうした一連の発言から言えるのは、トランプはドルがアメリカの世界覇権の「源泉」であると知っているということだ。いくらなんでも、それだけはわかっているわけだ。
■FRBに対して再三再四金利を下げろと要求
2つめは、1月28、29日のFRB(米連邦準備制度理事会)の「FOMC」(連邦公開市場委員会)を前にして、スイスの世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)にオンラインで参加し、こう述べたこと。
「(FRBに)すぐに金利を下げるよう要請するつもりだ。そして世界中で金利は下がるべきだ」
トランプは、以前から低金利こそが景気をよくすると信じ込んでいる。そのため、ダボス会議での発言後、ホワイトハウスの大統領執務室に集まった記者たちに、FRBのパウエル議長と金融当局についてこう述べた。
「彼らよりも私のほうが金利に関してはるかに詳しく、その判断に当たる主な責任者よりも私のほうが熟知しているのは確かだ」
まさに“オレ様大統領”。とてつもない自信過剰である。
と、それはともかく、トランプはこれまで、政策金利を決める権限を持つFRBを敵視してきた。2016年から2020年にかけての第1期政権時も、FRBに繰り返し金融緩和を要求し、パウエル議長と激しく対立した。
歴代のアメリカ大統領は、金融政策については直接の発言を控えてきた。中央銀行は政府とは独立した機関であり、とくにFRBに対する政府の権限は制限されていたからだ。しかし、“オレ様大統領”トランプは、そんなことは歯牙にもかけない。
■BRICS共通通貨「R5」の実現可能性は?
それではまず、BRICS共通通貨(5カ国の通貨の頭文字が「R」なので、通称「R5」と呼ばれる)について、考察してみたい。これまで世界では、何度かドルに代わる決済可能な共通通貨が提案・議論されてきた。「R5」はそのなかでも有力な候補である。
しかし、世界に強大な覇権国があるかぎりは、その国の法定通貨が「基軸通貨」となるのが通例であり、別の共通通貨が実現した試しはない。
つまり、BRICSのパワー(経済力、軍事力、文化力など)がアメリカのパワーを上回らなければ、共通通貨など絵に描いた餅ということである。ただ、BRICSはいまや5カ国ではなく、サウジやUAE、イランまで参加したので、可能性はないとは言えなくなった。
ただし、その主導役は、じつはBRICSを主導する中国、ロシアではなく、ブラジルである。ブラジルのエコノミストのパウロ・バチスタ(元IMF理事)は、国際決済ができるデジタル通貨を提唱している。また、今年はブラジルがBRICSの議長国を務めることになっている。
つまり、トランプ発言の背景にはこうした流れがあり、トランプはそれを牽制したのである。
トランプ発言を受けて、ロシアは即座に否定。ドミトリー・ペスコフ大統領報道官は、「BRICSは共通通貨創設について議論していないし、今後もその予定はない」と述べた。
ロシアも中国もバカではないから、トランプの挑発には乗らない。いまのところ、アメリカの世界覇権がトランプによってどうなるかを見ているだけである。
■金利を下げればドル安で貿易赤字は解消する?
では次に、なぜトランプが金利を下げることに固執するのか?そうすれば景気がよくなると、なぜ思い込んでいるのかを考察したい。
トランプは、ともかくアメリカの貿易赤字を解消することが、MAGA達成の一番地だと考えている。そのための関税であり、低金利である。もともとが借金で物件転がし、不動産投資をしてきた不動産だから、金利は低ければ低いほどいいと思い込んでいる。
そこに、金利を下げればドル安に向かう。そうすれば輸出増となって貿易赤字が減ると知って、金利引き下げに固執しているのだ。
ただし、ドル安が貿易収支を改善させるとは限らない。また、仮に低金利でドル安に誘導できたとしても、現在のアメリカ経済の構造(製造業がほとんどない)を前提とすると、インフレが加速するので、逆にデメリットのほうが大きいかもしれない。
もう1つ、トランプが金利引き下げに固執する理由は、もともとFRBが嫌いだからである。トランプはFRBをただの金貸しにしか思っていない。その金貸しになぜアメリカ政府は従わなければならないのかと不満タラタラなのである。だから、国家がビットコインを備蓄するという構想まで打ち出している。