… … …(記事全文11,889文字)● 「何を今さら」と言う前に
今月は2021~22年に脚光を浴びた「ミーム」株について、じつに独創的な見解に出会いましたので、この見解の妥当性を2回に分けて検証したいと思います。
その見解のうち「個人投資家にとって、株式市場で儲ける唯一の道はミーム株を買い上がって、大手機関投資家のカラ売り(ショート)を誘いこみ、カラ売り筋に踏み上げ買いをさせることだ」というところまでは、よく見かける主張です。
ところが、この見解をたびたびにXなどで投稿しているハンドルネームThe AMC Ape Cage@jaxs2828さんは、さらに踏みこんだ発言をしています。
「個人投資家相手に不正の限りを尽くしている大手機関投資家を市場最大の踏み上げ買いに追いこむことができれば、金融業界のみならず、アメリカ社会全体を知的エリート主導から大衆主導に変える革命が達成できる」とまで言い募っているのです。
ミーム株とはゲームストップ(GME)やAMCエンターテイメント(AMC)のようにファンダメンタルズ(経済的基礎条件)はまったく無視して、人の噂で上がり、その噂に根拠がないとわかるとドスンと暴落する株のことです。
いくらなんでも、株数も少なく流動性も低い銘柄に買いを集中して、うまくカラ売り筋を踏み上げ買いに追いこんでから高値で売り抜けることができた程度のことで、それほど大きな社会変革になるものでしょうか。
私は半信半疑どころか4分の1信4分の3疑ぐらいのスタンスで彼の主張をしっかり読みこみ、背景となる経済・金融環境についての数量的なデータも集めて検討してみました。
まず驚いたことがあります。それは日本の株式市場には昔からプロ、セミプロ、アマチュアの個人投資家たちが、ファンダメンタルズを度外視して大きな値動きを狙う株があって、仕手株と呼び習わされてきました。
ところが、アメリカには2021~22年にゲームストップやAMCが派手な乱高下を演ずるまでは、日本の仕手株に当たる業界用語はなく、この2銘柄が注目されるようになって、初めてミーム(meme)株という表現も定着したらしいのです。
そしてミームという単語自体も、遺伝子学の大御所リチャード・ドーキンズが1976年に刊行した『利己的な遺伝子』の中で、次のような類推から創出した新造語なのだそうです。
生物種の特徴がジーン(gene)を通じて個体から個体へと受け継がれるように、人類が形成する文化もミームという口伝えの定型的な表現を通じて、継承され、伝播する。この定型的表現を文化的自己複製子として、ミームと名付ける。
つまり、アメリカの株式市場はそうとう長いあいだ、仕手株という概念がないまま成長し、成熟してきたようです。
その理由として私が最初に考えたのは、ごく平凡で常識的な以下のような議論でした。
「アメリカの株式市場ほど巨大で、世界最強クラスの大手機関投資家が何社も存在しているところで、ファンダメンタルズの弱い株の値上がりを画策しても、あっさりカラ売り筋の餌食になって終っていたから、特別な業界用語も必要なかったのだろう」
ところが、どうもそれではいろいろ理屈に合わないところが出てきたのです。
米株市場でミーム株第1号、第2号と認定されたゲームストップとAMCの値動きを見ても「アマチュアやセミプロが大部分の仕手筋が大手機関投資家に勝てるはずがない」という思いこみにはほとんど根拠がないことがわかります。
ゲームストップにしても、AMCにしてもミーム株としてもてはやされる前の1~2ドル台、あるいは10~20ドル台の株価が10倍以上に急上昇したことは、次の2段組グラフが示しています。
また、何回か急騰場面があることから、ミーム株投資をしていた個人投資家たちが、大手機関投資家も混じったカラ売り筋と正面から対決して、踏み上げ買いによる高値を実現していたこともわかります。
買い上がった個人投資家たちは持ち株が紙くずになる以上の損失はないのに、カラ売りによる損失額は理論上無限大まで大きくなることが買い持ち側優位の展開をもたらしていました。
このミーム株誕生相場と前後して、いくつか大きな規制緩和や規制厳格化が実施されましたが、その中身はつねに大手機関投資家には有利に、個人投資家には不利になる規制改革でした。
たとえば、手数料に関する規制の緩和で売買手数料がタダというブローカーも出てきましたが、こうした会社は個人客から集めた売買注文を機関投資家に売って、その機関投資家が個人の注文を先回りして売買をすることができるようになっていたのです。
ディーラーは客の手の内を完全に知っているのに、客の側はディーラーの手の内がまったくわからない状態でポーカーをしているようなものです。
それに対して、個人投資家にとって有利になったことと言えば、インターネット社会化によって、X(旧Twitter)、reddit、TikTokといったSNSを通じてひんぱんに連絡を取り合うことができるようになったことぐらいでしょう。
2段組のグラフに戻ると、下段でご紹介したAMCのほうは、いかにも宴のあとといった殺伐とした値動きで、ミーム株として注目されるようになる前よりずっと低い価格水準に下がっています。
しかし、上段のゲームストップのほうはミーム株化する前より10倍以上高い水準を維持していて、直近52週間内の高値もザラ場では64ドルまで上がったことがあります。余裕綽々で、うっかりカラ売りを仕掛けてくる連中の出現を待ち構えているようにも見えます。
これはほんとうに、一寸法師が強くて大きな鬼たちを退治するおとぎ話を地で行くような話です。奇跡のような逆転劇の詳細や、その逆転劇がアメリカ社会全体のどんな影響を及ぼすかについては後篇でお伝えすることにします。
ここではまず、現代アメリカ経済・社会・政治・外交の陥った閉塞状況をチェックしていきましょう。
● アメリカ株に訪れた大異変
今年2月の第2週までで、1ヵ月半つまり1年の8分の1が過ぎました。去年12月中旬頃から明らかに変調を来たしていたアメリカの株式市場の出足が、異常なほど鈍っています。
上段はアメリカを代表する株価指数であるS&P500の値動きを、英、独、仏、伊、西、蘭の欧州6ヵ国をそれぞれ代表する株価指数と比べたグラフです。
まさに一目瞭然と言うべきでしょうが、S&P500の上昇率は、欧州6ヵ国のビリ、イギリスのFTSE100株価指数の半分にも達していないのです