… … …(記事全文13,609文字)● それではアメリカは勝ったのか?
前篇では一見盤石と思えた中国の製造業世界一の座が、いかに脆弱な基盤に上に成り立っていたか、そして当人はとっくの昔に確保したと思っていた習近平の永世国家主席という地位がいかに危ういものになっているかを検討してきました。
それでは、この関税交渉で中国からほぼ一方的な譲歩を引き出したトランプ大統領のアメリカは、大勝利を収めたのでしょうか。
今回の後編ではそのへんを徹底的に探求していこうと思いますが、その前にひとつ確認しておきたいことがあります。
それは、経済交渉というものは本来買った側にはプラス、負けた側にはマイナスとなって、差し引きすればゼロのゼロサムゲームではないという事実です。
ところが、トランプのような悪徳不動産屋は、売り手を脅して本来の価値より安く買い取った物件を、買い手を欺して本来の価値より高く売って二重に儲けることで10億ドル長者に成り上がり、大統領としての経済運営や他国との貿易交渉もまったくそのスタンスを変えずにやっていこうとしています。
交渉がどういうかたちで落着しようと、売り手と買い手が双方取引に応じて良かったと思える条件がなければ、絶対に長続きしません。
つまり、アメリカが延々と貿易収支・経常収支で大赤字を垂れ流している最大の原因は、アメリカ製造業の足腰が弱り果てているので、品質がお粗末だけれども安い中国製品並みのものでさえ中国より安くは造れないからなのです。
中国から大幅な譲歩を勝ち取ったトランプは、これでアメリカの製造業が復活のきっかけを得たと思って、意気揚々と勝利宣言をしました。
ですが、実際のところ中国から輸入する製品が関税引き上げ分だけ高くなったことでいちばん大きな打撃を受けたのは、アメリカの製造業なのです。次の2枚組グラフをご覧ください。
まず左側ですが、アメリカが輸入する工業製品のうち中間財、つまり最終的に消費者(これは個人だけでなく、それを買って事業に使う企業も含みます)に売る製品の中に組みこむ部品や材料が48.8%とほぼ半分を占めています。
そして、こうした部品や材料を使って完成財を造り出すための設備や装置である資本財の輸入が20.6%と2割強になっています。そのまま最終的に個人や企業に売る最終消費財の輸入は30.6%とギリギリ3割を超える程度なのです。
右側にはもっと深刻な事実が描かれています。それは、最先端技術を駆使して製造されるいわゆるハイテク製品分野の現状です。
ハイテク分野は研究開発もいちばん進んでいると言われてきたアメリカの独壇場と思われがちなのに、じつはこの分野が、製造業一般よりずっと中間財や資本財の輸入が多いのです。
あれよあれよという間に最盛期で約5兆ドルという世界最大の時価総額を誇る企業となったエヌヴィディアにいたっては、自社でするのは基本設計・詳細設計だけで、製造から梱包、発送まで全部台湾半導体を始めとする下請けに任せているファブレス(工場を持たない)企業です。
中間財や資本財を輸入しなければやっていけないアメリカ製造業の大部分の企業にとって、工業製品の関税引き上げは即コスト上昇につながります。
中国のようにたとえ出血輸出になっても少しでも多くの過剰設備を稼働させたい企業が多い国では、関税引き上げ分の大半を輸出企業が呑んで、あまり引き上げ前と変わらない価格で輸出することもあるかもしれません。
しかし、自社製品の品質優位に自信を持っている企業の大半は完全引き上げ分をほぼそのまま上乗せした価格で輸出するでしょう。当然、アメリカ製造業全体にとって、とても大きなコスト増になります。
その傾向は、トランプ言うところの「解放の日」、今年の4月2日に大幅な「報復」関税が発表されてからというもの、製造業就業者数が毎月減少していることにもはっきり表れています。次の2枚組グラフの右側です。
アメリカの製造業就業者数は今年の9月に6000人減少しました。これは解放の日に関税大幅引き上げが発表された翌月の5月以来、5ヵ月連続の減少となります。
さらに、この5ヵ月間の累計で製造業就業者数は5万8000人減少して1271万人になりましたが、これはコロナ騒動がほぼどん底に達した2022年3月以降で最低の水準です。
2024年1月以来の1年9ヵ月間(7四半期)で見ると、そのうち12ヵ月(7分の4)で就業者数が減少し、2023年2月の直近のピークからは19万4000人も減少していたことになります。


