■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ <1ヶ月にビジネス書5冊を超える知識価値をe-Mailで> ビジネス知識源プレミアム(週刊:660円/月:税込):Vol.1186 <Vol.1186:財政破産をめぐっての神学論争> 2021年10月13日: 信用通貨の根拠があやふやなので、毎回、神学論争になる ウェブで読む:https://foomii.com/00023/2021101408000086072 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ホームページと無料版申し込み http://www.cool-knowledge.com 有料版の申込み/購読管理 https://foomii.com/mypage/ 著者へのメール yoshida@cool-knowledge.com 著者:Systems Research Ltd. Consultant吉田繁治 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ 抽象的な概念(観念)による議論がされ、結論が出ないのが神学論争です 神の存在について、2000年以上議論があります。結論は出ていない。今後も出ない。 存在を信じる心理だけがあります。信じることは自由です。信仰は不当だという証明もできない。神学論争に対置されるのは、16世紀からの実証科学です。 経済学は実証科学であるべきものです。しかし通貨と国債の信用、財政の破産については、その「信用」はこれだと実証ができず、心理的なものであるため「神学論争」が繰り返されます。 実証できない観念である信用や信じることは、愛と同じように、何かのきっかけがあると変化し、崩壊します。この系列で、国債の信用も心理的なものです。だから、国債発行に経済学的な限界はない。しかし愛にも限界があるように、限界は訪れます。 MMT(現代貨幣論)がいう国債と中央銀行の買いの有効性も、神学論争の系列です。 日本の1200兆円の国債、米国の3100兆円の既発国債は信用されているのか。両国の、近い将来の財政と通貨はどうか、ということです。 「信用あるいは信じること」では結論は出ない。増発されたマネーをもつ人が、損を避けるためどこへ向かわせるかを、検証しなければならない。 本稿では実証的な観点で、通貨の信用、国際の信用、政府の財政への信用をめぐる対立した論争の問題と解決点を示します。圧縮して書きました。解くべき問題は経済学の根幹に関わる大きなものなので、26ページです。若干難しいところもあります。懸命に論理を尽くします。論理をたどれば、ご理解されるでしょう。経済学は面白い。 ▼米国の債務上限引き上げは、21年12月まで延期された… … …(記事全文21,655文字)
