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山田順の「週刊:未来地図」
No. 739 2024/09/10
「青い州」から「赤い州」へ脱出せよ(1)
イーロン・マスクはなぜトランプを支持したのか?
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アメリカの大統領選挙で必ず語られるのが、「青い州」(Blue States:ブルーステート)と「赤い州」(Red States:レッドステート)の違いである。今回の選挙で大きな話題となったイーロン・マスクの民主党から共和党支持への転向、トランプ支持の表明の背景には、この問題がある。
別に、マスクがトランプを個人的に好きになったわけではない。青い州であるカリフォルニア州の行きすぎたリベラル政策に嫌気がさし、ビジネスの利点も考慮して、赤い州であるテキサス州に脱出することにしただけだ。
「青い州から赤い州への脱出」は、いまアメリカの大きなトレンドになっている。いったい、なぜ、こんなことが起こっているのだろうか?
今日と明日の2回に分けて詳述・配信する。
[写真]Elon Musk, Shivon Zilis and their twins. Musk announced the couple welcomed a new baby earlier this year (Shivon Zilis/X)
[目次] ─────────────────────
■銃撃事件後トランプ支持を表明したマスク
■「性自認法」に反発し本社をテキサスに移転
■トランスジェンダーで揺れたカリフォルニア
■イーロン・マスクは反トランスジェンダー
■父親の言っていることは「全部フェイク」と娘
■「IVF」により現在12人の子どもの父親
■「LGBTQ+」フレンドリーな州と保守的な州
■「ゲイと言ってはいけない」法案の成立
■アンチ・ウォークだけではない移転理由
■本当にトランプ政権の要職に就くのか?
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■銃撃事件後トランプ支持を表明したマスク
7月13日のトランプ銃撃事件後、イーロン・マスクがXではっきりとトランプ支持を表明したことに、驚いた人も多かったと思う。アメリカの大手ハイテック企業のCEOでは誰1人としてトランプ支持を表明した人間はいないうえ、彼らはほぼ民主党支持、トランプ嫌いと思われてきたからだ。(注:ピーター・テイルのみJ.D.ヴァンスを支持している)
実際、マスク自身もかつては民主党支持者であり、これまでの大統領選挙ではすべて民主党候補(ヒラリー、バイデン)に投票してきた。「それなのになぜ?」と、正直、私も驚いた。
とはいえ、マスクは今年になってバイデンの再選に反対する意向を示し、共和党支持に転向する姿勢を見せていた。だから、流れから見れば、トランプ支持は当然の成り行きと言えた。
しかし、世界一の富豪、アメリカの最先端企業の第一人者が、その莫大な資金をトランプにつぎ込むのには、なんとなく納得がいかないのである。
マスクのトランプ支持表明後、「ウォール・ストリート・ジャーナル」(7月16日)は、マスクが毎月4500万ドルをトランプ陣営に寄付すると報道した。
■「性自認法」に反発し本社をテキサスに移転
トランプ支持表明から数日後、マスクは宇宙開発企業スペースXとX(旧ツイッター)の本社を、カリフォルニア州からテキサス州に移転させることを表明した。
スペースXはカリフォルニア州ホーソーン(ロサンゼルス近郊)からテキサス州南部ボカチカのスターベイスに移転、Xはサンフランシスコからテキサス州の州都オースティンに移すというのだ。
マスクは、その理由として、カリフォルニア州の「ジェンダー・アイデンティティ法(性自認法)」(AB957)を挙げた。この法案が、ギャビン・ニューサム知事の署名によって発効することになったために、「堪忍袋の緒が切れた」(This is the final straw.)というのだ。
イーロン・マスクは以前から、「LGBTQ+」(性的マイノリティ)の権利活動家たちの主張を毛嫌いし、それを容認するリベラル派の政策に反対してきた。
■トランスジェンダーで揺れたカリフォルニア
カリフォルニア州における「ジェンダー教育」は、小学校から始まる。子どもたちは幼いうちから「トランスジェンダー」(Transgender:生まれたときの身体的な性別と自身で認識する性が一致しないこと)を教わり、自分の意思でジェンダーを選択できるとしている。
そして、もしトランスジェンダーを選択した場合、学校は「子どもにとって安全な場所である」という理由で、それを保護者(親)に秘密にできるというのが、今回の法案の主旨だった。
カリフォルニア州の保守的な学区では、従来、子どもが自身の名前や代名詞を変更した場合(男性名から女性名かその逆の女性名から男性名、HeからSheかその逆のSheからHe)、または、ジェンダーが異なる施設の利用やプログラムへの参加を希望した場合、教師は保護者への通知が義務付けられていた。ところが、この法案により、この義務がなくなってしまったのである。
アメリカ各州では、ここ数年、学校は子どもの性自認について親になにを伝えるべきかが大きな議論になってきた。「LGBTQ+」の権利を訴える活動家たちは、子どもたちにはプライバシーの権利があると主張する。しかし、その一方で、親には当然のこととして、自分の子どもになにが起こっているかを知る権利があるとする人々がいる。イーロン・マスクはこちら側だ。
ただ、カリフォルニア州においては、前者の主張が通ったというわけである。
■イーロン・マスクは反トランスジェンダー
イーロン・マスクは、以前から、トランスジェンダーが自分が希望する代名詞を使えるという権利を侮蔑し、それを認めるような政策は「社会問題に対する意識が高い“ウォーク”な政策の一つで、社会にとって危険だ」と主張してきた。
“ウォーク”(Woke)とは「Wake」(目を覚ます)に由来する言葉。「社会で起きている問題に対して目を覚ませ」という意味で使われおり、政治的には民主党系リベラルの運動である。
したがって、イーロン・マスクは、“アンチ・ウォーク”(Anti-Woke)だ。アンチ・ウォークは、ウォークによってマイノリティが過度に優遇されて、マジョリティの権利や価値観が蔑ろにされていると考えている。
つまり、トランジェンダーの権利を容認し過ぎると、一般の人(この表現はよくないとされるので、「生まれ持った性別が一致している人=シスジェンダー:Cisgender」とする)が不利を被る。“ウォーク”は行き過ぎだと主張するのだ。
これは、保守的な人々にとっては、極めて当然の主張と言える。
マスクが、トランスジェンダー問題にこだわるのは、じつは自分の息子がトランスジェンダーで、自身と絶縁状態になったことが大きく影響している。マスクの息子(現在の名前は女性名でビビアン・ジェンナ・ウィルソン、20歳)は、2022年、カリフォルニア州の裁判所に名前と性別の変更を申請し、父親と一切の関係を断つことを表明している。
■父親の言っていることは「全部フェイク」と娘
7月24日、マスクの娘ビビアンは、父親のマスクが自分について語ったことに対してSNSで反撃に出た。24日には動画で「(自分は)元気でうまくいっている」と語り、25日には「カリフォルニア州では(自分は)法的に女性と認められている。自分より下の人間の意見など気にかけない」「(父親の言ったことは)全部ウソだ」と投稿し、「touch some(f*****g)grass」(外へ出て現実を見ろという意味)と結んだ。
ビビアンがこう反撃したのは、マスクが22日に右派のポッドキャスト番組に出演し、娘の性別変更は「だまされて」書類に署名させられたとものだとし、このことによって「私の子どもは意識高い系ウイルスによって殺された」と語ったからだ。
この後、マスクはXに投稿し、ビビアンは「女の子ではない」「生まれながらのゲイでやや自閉症的だった」「(子どものころは)私のためにジャケットなど着る服を選んでくれて、fabulous(素敵)!と言ってくれた」と語った。
ビビアンの反撃は、この点についても触れていた。彼女は「(父親の投稿は)全部フェイクだ」「同性愛者に対する事実無根の偏見」とし、「私は父の着るジャケットを選んだこともないし、fabulousなんて絶対に言わなかった。私は4歳のときに、fabulousなんて言葉は使わなかった」「(父は)私がどんな子どもだったかなんて知らない。単純にそこにいなかったから。そして彼がいたわずかな時間、私は自分の女性性や性的マイノリティ性をめぐって執拗な嫌がらせを受けた」と綴った。