… … …(記事全文3,841文字)年に一度、この時期にだけ現実世界の出来事から離れ、都市伝説やミステリーな話題を書かせていただいている。今年はその現実世界そのものを疑う話について語りたい。単なるSFの空想物語ではない。第一線で活躍する物理学者や哲学者が、大真面目に議論を重ねている真剣な科学・哲学の問いである。
●パラレルワールドは存在するか
誰もが一度は、次のような問いを自分自身に問いかけたことがあるのではないだろうか。
「もしあの時、別の選択をしていたらどうなっていただろうか」
「自分がまったく別の人生を送っている世界が、どこかに存在するのだろうか」
この素朴な疑問は、SFの世界で『パラレルワールド』として描かれてきた。
だが現代では、最先端の物理学がその存在を真剣に探求している。量子力学の『多世界解釈』はその典型だ。
多世界解釈を理解する前に、ミクロの世界で起きる不思議な現象を知っておく必要がある。
原子や電子などのミクロな物質(量子)は、観測される前は複数の状態を同時に取りうる。「重ね合わせ」と呼ばれる状態だ。ところが観測が行われた瞬間、その重ね合わせは崩れ、一つの状態に定まるという。
<量子の「重ね合わせ」>
箱の中の猫で例えると、箱の中に入れられた猫は、箱を開ける前は「生きている状態」と「死んでいる状態」などが同時に存在しているとされる(重ね合わせ)。そして、箱を開けて中を確認した瞬間に、どれかひとつの状態に定まる。この例えは「シュレーディンガーの猫」と呼ばれ、観測によって状態がひとつに定まるとする説は「コペンハーゲン解釈」と呼ばれる。
<シュレーディンガーの猫「コペンハーゲン解釈」>
この「重ね合わせ」という現象は、マクロの世界ではあり得ないが、ミクロの世界では実際に起きているというから驚きだ。
<2024年11月11日 WIRED>
「量子の重ね合わせ」のコペンハーゲン解釈に異を唱える説が「多世界解釈」だ。多世界解釈では、観測によって重ね合わせが一つの状態に収れんするのではなく、観測が行われた瞬間に世界そのものが分岐し、それぞれ別の世界として存在していると考える。
<シュレーディンガーの猫「多世界解釈」>
多世界解釈では、宇宙誕生から138億年の間に枝分かれした無数の世界が、今も同時並行で存在していることになる。
<無数の異なる宇宙が存在する>
つまり、自分が選ばなかった人生が別次元に無数に存在するというわけである。
<2026年7月2日 NewsPicks>
https://www.youtube.com/watch?v=9qFv9Yeft8E&t=88s
ここで興味深い現象を紹介したい。「マンデラ効果」(マンデラエフェクト)と呼ばれる現象だ。多くの人が「ネルソン・マンデラは1980年代に獄中で亡くなった」と鮮明に記憶しているのに、実際には2013年まで生きていたというエピソードから名付けられた。
<マンデラ効果(マンデラエフェクト)>
ピカチュウのしっぽの先を「黒」と記憶していたり、キットカット(KitKat)のロゴにハイフンがある(Kit-Kat)と思い込んでいたりするのも、「マンデラ効果」の一例だ。
卑近な例で恐縮だが、筆者にも不思議な記憶がひとつある。筆者は子供のころ(1970年代)、「ファンタゴールデンアップル」というジュースをよく飲んでいた。ところが、コカ・コーラ社は、「ファンタゴールデンアップルというジュースは販売していない」と公式に発表し、ただの記憶違い、あるいは都市伝説として片づけられている。
<2015年4月24日 アエラ>
ファンタゴールデンアップルを飲んだ記憶があるのは筆者だけではない。ロッテリアでも販売していた記憶もある。だが、世の中的には、ファンタゴールデンアップルは存在しなかったことになっているのである。
<飲んだ記憶がある人はたくさんいる>
正直に言うと、「ファンタゴールデンアップル論争」は、地方の各エリアのボトラーズが販売していたが本社はその全てを把握していなかった、というのが現実的な話で、おそらくマンデラ効果ではないだろう。
集合的な記憶の齟齬を単なる思い違いとして片付けるのは簡単だ。
だがパラレルワールドの視点に立てば、分岐した宇宙からの「記憶の混線」や、並行する歴史の微かな干渉によるもの、と解釈することもできる。
空想の域を出ない話ではあるが、この世界の不確かさを味わい深く感じさせてくれる。
●シミュレーション仮説
シミュレーション仮説とは、「我々が生きているこの現実(宇宙や人類全体)は、高度に発達した知的生命体や未来の技術によって作られたコンピュータシミュレーション(仮想現実)に過ぎない」とする考え方だ。2003年に哲学者ニック・ボストロムが提唱し、イーロン・マスクが支持したことで大きな話題になった。ブラックホールの研究で有名なホーキング博士も「現実が仮想現実である可能性は50%」と言ったとされている。












