… … …(記事全文2,709文字)安倍外交を支えた岸信介の遺産〜影の対米国、中国ルート
1987年に亡くなった岸信介元首相は「昭和の妖怪」と呼ばれても、「そうじゃオレは妖怪じゃ」と回りに返す。見かけからは想像出来ないほど腹の据わった豪胆な政治家だった。だが、今や老齢化した「安保世代」には嫌悪感を持つものが多い。左派には60年安保を強行し、米国への従属体制を固めたとみなされる。他方、保守派の間でも今一つ評判が芳しくない。「戦犯」という暗いイメージがつきまとっているせいだろう。政治的には中立の立場の筆者の目からしても、事実に目を背けた不当過ぎる対岸観である。
岸の実像は、「平和憲法」の改正と、対等な対米関係構築をめざすナショナリストだった。昭和天皇から嫌われたとの見方が多いが、これも事実とは異なる。87年に岸が亡くなるや、昭和天皇が憲法9条撤廃に尽力した岸を悼む御歌を2種も詠んでいると、八木秀次麗澤大学教授が史実として挙げている。そこから見ても、誤解もはなはだしい。昭和天皇は戦後憲法の戦争放棄、戦力不所持、交戦権否認に強い危機感を抱き、それでよしとする吉田ドクトリンに内心反対だった。
