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増田悦佐の世界情勢を読む

増田悦佐(エコノミスト・文明評論家)

増田悦佐

末期症状の米株バブルに咲いたあだ花――スペースXの末期上場 前篇

現代アメリカの大手メディアに属する記者たちがとっくの昔に失ってしまったお堅い文体を今も守っていることで定評のあるイギリスの経済金融誌『エコノミスト』が、珍しく性的にきわどい表現で紹介した事件がある。


間違いなく今年上半期の金融市場で起きた最大の事件、イーロン・マスク率いる宇宙開発企業、スペースXのIPO(株式売出しを伴う新規上場)だ。


今回サムネイルに使った3枚の画像のうち、真ん中のうるうるしたふたつの瞳に映りこんだロケットの颯爽とした立ち姿に添えられた、次の原文をお読みいただきたい。


Is that a rocket in your lobby, or are you just happy to see me?


直訳すれば「今度あなたがロビイングで持ちこんだ案件はロケットなの? それとも、たんに私に逢えて嬉しいってだけのこと?」となる。どこのだれが言った名セリフのもじりか知らなければ、前後の脈絡がさっぱり分からないだろう。


19世紀末から20世紀初頭のアメリカは、ビクトリア朝イングランド以上に女性が性的なニュアンスの絡んだ発言をすることにきびしい世界だった。まだ若くて美人のうちに女優や女性歌手がひとことでもセクシャルな発言をすれば、それだけでキャリアを棒に振ってしまうほどの大事件だったのだ。


隠喩であれ、暗喩であれ、女性として大胆に性的な表現をすることは、年齢的にも体型的にも審美性より貫禄で評価されるようになった女優や女性歌手の特権だった。


というわけで「元祖レッド・ホット・ママ」と呼ばれていたソフィー・タッカーや、「人生は一度っきり。でもうまくやれれば、一度で十分よ」という表現がたびたび引用されるメイ・ウエストが、女性が放つきわどいセリフ市場の大半を占有していた。


そのメイ・ウエストの名言のひとつが次の文章だと知れば、先ほどの引用の意味もお分かりいただけるだろう。


Is that a pistol in your pocket, or are you just happy to see me?


逐語訳などという野暮なマネはせず「私に逢えたのが嬉しくて、ある生理現象が起きてしまったの?」という大意だけお伝えしておこう。


アメリカ金融業界スペースX新規上場に対する反応は、性的衝動と呼んでも差し支えないほどむき出しの欲望を露呈したものだった。


●    慣例やぶりのスペースX新規上場


スペースX上場申請をした市場は、新興企業の通例に漏れずナスダック(正式名称はNational Association of Securities Dealers Automated Quotations: 全米証券業協会自動株価表システム)だった。ただ、この上場申請に対するナスダックや金融業界全体の特別扱いは、まさに常軌を逸したものだったと断言できる。


ナスダックでもっとも権威のある株価指数はハイテク中心に大型株だけを厳選したナスダック100で、創業以来一度も黒字を出したことがない企業を上場後間もなく組み入れるなどということはありえないはずの指数だった。


そのナスダックが、上場からわずか24日後の7月7日に当分黒字転換のメドは立たないスペースXをナスダック100に組み入れると発表したのだ。これでナスダック100の株価推移をトラックしているインデックスファンドは、軒並み強制的にスペースXを買う必要が出てきた。


個人投資家向けの積極運用型投資顧問の老舗、フィデリティ個人投資家IPOに応募するには、自社の口座に10~50万ドルの残高があることを条件にしていた。だが、スペースXのIPOに限って残高2000ドル以上なら受け付けると応募条件を緩和した。


これほどの大騒動を起こしたスペースXとは、いったいどんな会社なのだろうか? 図表1の上段グラフからご覧いただこう。



ただの1セントも利益を出したこともないし、当分黒字転換する気配もない企業のくせに、上場目前の試算でもやたらに想定時価総額が高かった。公募価格の135ドル近辺で寄り付けば、時価総額は1兆7500~8000億ドルとなり、全米上場企業中第7位に割りこむことになっていた。そして、その目標は無事達成された。


さらにご祝儀相場の熱気も追い風となって、上場3日目の6月16日には一時220ドルを超え、時価総額も2兆ドルを上回って全米第4位に駆け上ったこともあった。


いったい何をする会社なのかに移ろう。図表2が示すとおり、もし人類が宇宙に進出する必要に迫られたとすれば、何層にもわたって宇宙進出のためのインフラを整備している企業ということになる。



しかし、「人類が宇宙に進出する必要に迫られたとすれば」の上につく「もし」は、そうとう大きな「もし」だ。そして、この図表に紹介された4部門のうち、この「もし」なしでも成立するし、現に利益を上げているのは衛星通信事業、スターリンクだけというのは、大きな意味を持つ事実だろう。

… … …(記事全文10,355文字)
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