… … …(記事全文15,231文字)やっと日本女性たちがもっと男性と対等に近い立場で仕事をできれば、現在日本経済が抱えている経済問題の多くに明るい解決の展望が開けてくると指摘する文章を書く段階にたどり着きました。
● 格差社会論はウソ……ではなかった―拙著『格差社会論はウソである』についての反省
私は2009年に、PHP研究所から『格差社会論はウソである』というタイトルの本を出版しました。しかし、今となってはこの本の議論はほぼ全面的に間違っていたと認めざるを得ません。
もちろん、執筆していた当時は自分なりに説得力のある主張だと思っていたのですが、「日本は格差社会ではない」というこの本の核心となる論点は、ほぼ以下の2点に尽きると言っていいと思います。
1.国民1人当たり所得の平均値と中央値、同様に1人当たり保有資産の平均値と中央値がどのくらい離れているか、そして社長・会長(アメリカ風に言えばCOO、CEO)が得ている年間報酬の平均的勤労所得に対する倍率が、欧米諸国と日本ではどれほど違うか。ここでは、筋の通った議論をしていました。
2.私もこの本を書いた当時からうすうすは感づいていた勤労者全体の大多数を占める非管理職就労者における男女間格差については、『格差社会論は……』では最悪と言える論点のずらし方でごまかしていたことを反省せざるを得ません。
所得平均値の中央値との離れ方で見た場合、少数エリートの大衆に対する格差は的確に判断できます。保有資産の平均値と中央値の乖離となると、もっと鮮明に格差社会と比較的平等な社会との差が出てきます。
所得も保有資産もマイナスということはめったにありませんから、貧しい人たちの数値はゼロよりほんの少し上のプラスに団子状態で固まるのに対し、所得も資産も稼ぐ人はとんでもない額を稼いで溜めこむので、こういった例外的な人たちの所得や資産が平均値を大きく引っ張り上げるからです。
毎年稼ぐ所得の積み上げがものを言う保有資産の中央値を比較した図表1で具体例をご紹介しましょう。2015年とちょっと古いデータですが、株式市場ばかりが繫栄し、地場産業が衰えている現状ではもっと格差が開いていると思います。
成人1人当たり保有資産の平均値で言えば、35万3000ドルと「さすが世界最大の富裕国」と思わされるアメリカで、保有資産中央値、つまり保有資産の大小で成人国民を全員並べた時ちょうど真ん中にくる人の保有資産はわずか4万7987ドルに過ぎなかったのです。
これは、成人日本国民の1人当たり保有資産中央値である9万6017ドルのほぼ半分でしかありません。アメリカ国民のうち、保有資産で下から半分に属する人たちは日本国民の下から半分よりずっと貧しい生活をしているはずです。
また、アメリカ国民のあいだでは保有資産平均値は中央値の7.1倍に達していたのに、日本の保有資産平均値は中央値の1.28倍にとどまっていました。日本がアメリカに比べて突出した大富豪の少ない国だということに疑問の余地はありません。
さらに、中間層の厚みという点でも、日本はアメリカよりはるかに平等性の高い国です。図表2をご覧ください。
日本では最上位20%と最下位20%を除いた中間の60%の人たちで民間世帯総資産の50%弱を持っていました。これはかなり平等に近い資産分布です。ところがアメリカの中間層60%の人たちは20%弱しかもっていなかったのです。
最下位20%の人たちはおそらく2~3%くらいしか持っていなかったでしょうから、民間世帯総資産の75%以上を最上位20%の人たちが持っていたことになります。ここからも、日本は最上位と中間層の差が小さな国だったと分かります。
図表3の日本流にいえば社長、アメリカ風に言えばCEOの年間所得が平均的勤労者の年収の何倍だったかという数字も、エリート対大衆という図式でのアメリカの格差社会性と、日本の比較的平等な所得配分を示しています。
最近ではアメリカのCEOの年収が300倍程度まで下がり、ヨーロッパ諸国のCEOの年収がやや上がっているようですが、その中で日本の社長・会長の年収が非常に低い水準にとどまっているという大枠は変わりません。
また、アメリカの企業経営者の莫大な報酬が経済全体をより豊かにする貢献度の高さを反映しているという主張も、各国失業率の比較を見る限り妥当な説明とも思えません。
ようするに一握りの知的エリート対その他大勢という構図では、たしかに日本は格差の非常に小さな国だったのは事実なのです。
しかし、勤労者の大衆の大部分である非管理職労働者の中で、属性の違いで大きな格差が生ずることはあり得ます。



