ウェブで読む(※推奨):https://foomii.com/00187/2021041506000078945 2021年4月15日発行(通算第542号) ━━━━━━━━━━━━━━━━━ 世界情勢ブリーフィング https://guccipost.co.jp/blog/jd/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「インド現代史(6):経済の自由化、二大政党の時代」(4/8)の続きです。 https://guccipost.co.jp/blog/jd/?p=9213 前回は、1991年から始まるインド経済の自由化、BJPのヴァジパイ政権(98~04年)、国民会議派のマンモハン・シン政権(04~14年)について説明しました。 今回は、2014年から現在に至るモディ政権について解説します。 *********** インド現代史(7):モディのインド *********** ●モディ・ウェーブ 14年4~5月の総選挙でナレンドラ・モディを首相候補に立てたBJPは、単独で下院(定数545議席)の過半数の282議席を獲得し、与党連合は336議席に達する大勝をおさめました。一つの政党が単独過半数を獲得したのは84年の総選挙以来のことです。 ライバルの国民会議派はわずか44議席と結党以来最低の惨敗に終わりました。しかも、BJPは地域政党が強い州でも票を伸ばし、州議会選挙でも多くの州で過半数を獲得して州政権を担いました。二大政党からBJP一強の時代になったといえます。 なぜBJPはこれほどの大勝をおさめたのか。選挙戦において、BJPと国民会議派の間には大きな政策論争はなく、BJPのモディと国民会議派のソニア・ガンディーという2人の指導者の対決という構図が強調されました。 モディは、グジャラート州の首相を14年間務め、同州を経済発展に導いたことで高い評価を得ていました。その実績をひっさげ、「開発、成長、雇用」を唱えたことが「モディ・ウェーブ」といわれる絶大な支持につながったと考えられます。 モディが唱えた政策は、自由主義・プロビジネス・親米路線です。これは、インドの伝統的な路線である保護主義・社会主義・非同盟路線から大きく離れたものでした。インドの変化を体現するような政策だったといえます。そして、国民会議派政権のインフレ、低成長、汚職に対する国民の不満は極めて強く、国民の多くはモディが示すビジョンを支持しました。… … …(記事全文5,477文字)
