ウェブで読む(※推奨):https://foomii.com/00187/2020120306000073802 2020年12月3日発行(通算第504号) ━━━━━━━━━━━━━━━━━ 世界情勢ブリーフィング https://guccipost.co.jp/blog/jd/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「ミャンマー現代史(1):独立と軍事政権の時代」(11/26)の続きです。 https://guccipost.co.jp/blog/jd/?p=8946 前回は、「ミャンマー」という共同体の成り立ち、植民地時代から独立、その後長きにわたる軍事政権の時代までを概観しました。 今回は、テイン・セイン政権が進めた政治改革と民主化、2015年の総選挙とアウンサン・スーチー政権の実現について解説します。 *********** ミャンマー現代史(2):民主化と経済発展 *********** ●テイン・セイン政権の改革と民政移管 前回述べたとおり、ミャンマーでは90年に総選挙が行われ、NLDが圧勝したものの、選挙結果は反故にされ、軍事政権の強権的な支配が続きました。92年からトップに君臨するタン・シュエの弾圧的な姿勢に揺るぎはなく、ミャンマーの体制は永続的に続くように思えました。 しかし、07年にソー・ウィン首相が死去し、テイン・セイン(元国軍幹部)が首相に就任すると、状況が一変しました。テイン・セイン政権は、キン・ニュン首相が03年に打ち出した「民主化ロードマップ」を再評価し、これに沿って政治改革を進める姿勢を明確に打ち出したのです。 テイン・セイン政権は新憲法案を策定し、08年に国民投票により承認され、新憲法が成立しました。10年に新憲法に従って複数政党による総選挙が実施されます。しかし、選挙関連法が民主化運動家を排除する内容を含んでいたため、NLDは選挙をボイコットしました。このため、国軍系政党であるUSDPが圧勝しました。 11年3月には選挙結果に従い、USDPが政権与党となり、テイン・セインが大統領に就任。これにより「文民政権」が成立し、少なくとも形式的には「民政移管」が実現しました。軍事政権の最高機関であったSPDCは解散され、議長のタン・シュエは表舞台から姿を消します。 しかし、この時点では、私を含むミャンマー・ウォッチャーは半信半疑の状態でした。文民政権といっても、統治機構のメンバーは変わらず、大統領のテイン・セイン含め国軍出身者が実権を握っています。事実上軍事政権は継続しており、過去の経緯にかんがみると、民主化勢力が勢いを増せば、また弾圧の時代に戻るのではないか・・という疑念は常につきまといました。… … …(記事全文5,606文字)
