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三枝玄太郎のニュース解説

三枝玄太郎(元産経新聞記者 フリーライター)

三枝玄太郎

逆境の僕に「事務所に来いよ」と声をかけてくれた務台俊介代議士のこと
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 私事で恐縮だ。しかも恥ずかしい話なので、お目汚しになるかもしれない。読み飛ばしていただいて結構。2019(令和元)年の3月31日、28年間勤めた産経新聞社を去った。希望退職に応じたものだ。ありていに言えば、リストラだ。別室に呼ばれ、「君はまだ若いんだからやり直せる」と、まるで犯罪者のように言われ、今思い返しても、結構酷いことをされたものだと思う。僕は会社で「浮いた」存在だったし、生意気だったから覚悟していたが、リストラリストの1番上に僕の名前があった、と石橋文登・元政治部長に言われたときは仰け反った。

 妻にも相談せずに退社を決めた。会社はリクルートの再就職講座のようなものを受けるよう勧めた。しかし、全く身が入らない。勝手にサボって欠席し、とうとう担当者からも匙を投げられる始末だった。家に引き籠っていても埒が明かないので、資格でも取ろう、と行政書士、宅建士、貸金業取扱主任者の資格を取った。が、開業する勇気もない。4年ほどは妻に食わせてもらっていた。ヒモのようなものだ。国民年金は第3号被保険者だし(つまり専業主夫、来年度からは外れます)、健康保険は被扶養者だ。よく三下り半を突き付けられなかったものだと思う。

 試験勉強の傍ら、外の空気を少しは吸った方が良いだろう、と思い立ち、産経にいたころに首を突っ込んでいた太陽光発電所や風力発電所の無秩序な開発に反対する団体「全国再エネ連絡会」(兵庫県西宮市)の広報役のようなこともしていた。その折、議員会館で「真の地産地消・地域共生型エネルギーシステムを構築する議員連盟」の総会が2023(令和5)年1月にあった。僕は写真撮影係として、カメラを手に会合で発言する宮城県の風力発電反対運動グループのメンバーやそれを聞いたり、官僚に質問する自民党の国会議員の写真を撮って回った。

 「真の地産地消…議員連盟」を僕は便宜上、「再エネ抑制議員連盟」と便宜上、勝手に呼んでいた。会長は古屋圭司・元国家公安委員長、会長代行は上川陽子・前外相。事務局長は「コバホーク」こと小林鷹之・元経済安全保障担当相だった。自民党内には再エネを推進する議員連盟もある。立憲民主党や共産党など左派政党は再エネ推進の最たるものだ。だから頼れない。再エネ抑制議連は、再エネの乱開発に反対する人々にとっては大切なロビー対象だった。

 議員席には青山繁晴・参院議員や、坂本哲志・元農水相、引退を表明した奥野誠亮・衆院議員、国光文乃・衆院議員らがいた。青山氏は名刺を渡すと「君は味方か、敵か。話はそれからだ」と怖い顔をしてこちらを睨んだ。「元産経新聞の記者でして…」と答えたが、「ああ、そう」とだけ返した。恐ろしくなってその場を離れた。

 上川氏は硬い顔をして、こちらが渡した名刺を秘書に受け取らせ、秘書が高そうな木箱から名刺を出して、恭しく渡してきた。国光氏は帰ってしまっていたし、古屋氏は記者が囲んでいた。仕方がないので、部屋から出てきた国会議員を追いかけて「すみません。全国再エネ連絡会の三枝と申します」と追いすがった。「ああ」とその議員は立ち止まって、自分の名刺を出そうとした。そのとき、手に持っていた書類の束がパラパラと床に落ちた。代議士が威張っているのは世の常だ。「おまえのせいで…」と八つ当たりされるのではないか、と首をすくめていたらその議員は紙を自分で拾って「産経の記者だったのか。今度、事務所に来なよ」と予想外の答を返してきた。

 そのころの僕の年収は100万円程度だった。マンションを30年ローンで買っていて、まだ借金も残っていた。一応、資産があるから生活保護も受けられない。「フリーライター」などと言っても、これっぽっちも自由ではなく、書いた原稿を雑誌社の編集長に「使えません。こんなの」と突き返されたこともある。正直、新聞記者を辞めたら、これほど自分は世の中の役に立たないものか、と愕然とした。年末に税金の還付があり、心底「助かった」と思ったものだ。

 そんなレベルの生活をしていたから、代議士の一言は何よりもうれしかった。その代議士は務台俊介という環境副大臣や環境委員長を務めた総務省官僚出身の議員だった。お言葉に甘えて事務所に顔を出すようになった。秘書も僕のX(旧ツイッター)を見ていたそうで、親切にしてくれた。


務台俊介氏の応援演説をする臥雲義尚・松本市長(右)。中央は応援演説のために松本入りした青山繁晴・参院議員=19日、JR松本駅前(三枝玄太郎撮影)

 

 ただ、務台さんは気分屋で、ある日、事務所の部屋に入るなり、アポを取っていたのに「何の用? 話すことなんて何もないぞ」と言い放ち、ひどく不機嫌だった。何かの会合の席で、地元の人に昔のことを茶化されたのに腹を立てて、席を蹴ってしまったのだという。

 絶句するしかなかった。田中角栄あたりであれば、冗談で返して会場を笑わせるだろう。が、直情径行の気質がある務台さんにはそんな芸当はできない。思わずカッとなったのだろう。10月19日、応援演説に入った青山氏が「務台さんは政治家に向いていないんじゃないかと思うことがある。誤解されやすい」と評したが、その見方には全面的に賛成だ。

 恰幅も良いし、ムスッとしていることもあり、政治家にしては不愛想に見えるかもしれない。だが、偉そうにしている政治家など星の数ほどいるし、僕の眼には「中学生がそのまま大人になったような人」に映り、大のおっさんを形容する言葉として適切かは甚だ心もとないが「純真無垢な人」という印象しかない。

 だって、実質無職の無名のフリーライターが変な名刺を出して迫ってきたら構えるのが普通だし、上川氏の対応も当時は少し腹が立ったが、政治家としては至極当然な危機管理だったのだろうと思う。務台さんのような対応の方がイレギュラーなのではないだろうか。事務所にフリーライターの名刺を持った怪しい奴が入り浸って、カネでもせがまれたら困るだろうし。実際、民主党の石井紘基さんは、2002(平成14)年、東京・世田谷の自宅近くで、そういう類の男に殺されてしまった。議員連盟の総会の帰りに務台さんに追いすがった当時の僕にとっては、腹の立つことには、隠すことなく腹を立てる政治家らしくない務台さんの純真さに救われたということになる。

 安曇野で生まれ育ち、松本深志高校を卒業した務台さんは、「山の日」の制定に尽力し、消防団活動にも詳しく、著書もある。「ふるさと選挙制度」という東京都居住でも希望すれば、生まれ育った田舎の投票ができる制度を提唱してみたり、ユニークな発想をする。仕事が好きで、同僚や先輩の議員に頼まれたら断れないようで、多くの議連の事務局長を買って出ている。再エネ推進議連(正式名称は再生可能エネルギー普及拡大議員連盟)の事務局長だった秋本真利衆院議員が東京地検特捜部に収賄容疑で逮捕され、事務局長のなり手がなく、務台さんが白羽の矢が立った時は、「冗談じゃないですよ」と僕は猛反対した(結局、ほかの人が事務局長になった)

 「東京に核シェルターを整備すべきではないですか」と意見したところ、「長野の話じゃないしなあ。東京は地下鉄があるから良いだろう」と言われたときも、ずっこけた。とにかくふるさと第一主義で、東京のことは眼中にないらしい。

 ウィキペディアにも「不祥事」として、「行き過ぎた東京一極集中を打破する議員連盟」(大体、こんな名前の議連があることが驚きだ)の会合の席で「東京に行くとコストがかかり不便だ、としないとダメだ」と言ったと書かれている。これは務台さんにとっては、不祥事どころか「本当のことを言って何が悪い」としか思っていないだろう。とにかく信州愛が鬱陶しいほどで、こうした務台さんの日常は、あまり信濃国では知られていないのだろうか、と思う。 

 

 務台さんは、ライバルである立憲民主党の下条みつ・前衆院議員には2回続けて小選挙区で負けている。下条氏も癖の強い人だ。以前はパワハラ疑惑が週刊誌に報じられたこともある。そして、ドブ板で選挙にはめっぽう強い。統一教会の催しにも呼ばれて何度か行っているが、共同通信のアンケートには「(旧統一教会の集会への出席は)分からない。答えられない」と答えている。嘘ではないが、誠実ではない。下条氏の方がよっぽど「政治家気質」と言える。なぜかメディアも下条さんの旧統一教会との接点については報じない。

 一方の務台さんは臥雲義尚・松本市長に自らの秘書を対立候補に立てたことがある。2024(令和6)年3月のことだ。その一件で地元の自民党と務台さんとの間に隙間風が吹いたという人もいる。


 序盤戦で優位に立っていると言われている立憲民主党の下条みつ氏=19日、JR松本駅前(三枝玄太郎撮影)


 今のところ、立憲民主党の下条さんの方がかなり優位のようだ。当落は政治家の運命だし、僕が務台さんに投票することを呼び掛けるつもりもないが、1年半前の御恩は少しでもお返ししようと、務台さんの地元・松本市に出かけて行って、選挙活動に密着させてもらった。もし務台さんが逆転勝利を収めたら心から喜ぼうと思っている。逆だったとしても、僕にとっては逆境下における恩人であったことに変わりはない。務台さんさえ良ければ、変わらずお付き合いをさせていただければ、と思う。

臥雲義尚・松本市長と握手を交わす務台俊介・元環境副大臣=19日、JR松本駅前(三枝玄太郎撮影)



応援に入った杉田水脈・参院議員と握手する務台俊介氏=19日、長野県松本市今井(三枝玄太郎撮影)



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