Foomii(フーミー)

X(ツイッター)では言えない本音

鳥集徹(ジャーナリスト)

鳥集徹

子どもの障害は「食品添加物」のせいなのか ~複雑な事象を捨象し、断言する思想は先鋭化する~

前回のウェブマガジン「【東京都知事選】なぜ内海聡氏を支持しなかったか ~政治家の言葉と『反ワクチン運動』のあり方について~」は、大変な反響をいただいた。それだけ、内海氏の言動について、関心や疑問を持つ人が多いということだろう。これからも政治家を志すのだから、第三者が内海氏を見る視線はますます厳しくなる。もちろんわたしも、内海氏が「反ワクチン」を掲げているからこそ、厳しい目で彼の言動を見るつもりだ。

 

ところで前回、わたしが内海氏を好きになれない理由の第一として挙げたのが、彼が過去に障害児の親を傷つける書き込みをしていたことだった。2015年6月13日、内海氏はFacebookにこんな書き込みをした。「障害の子どもさんが生まれるというのは、いかに産む前妊娠前に両親が食と生活が乱れているかの証、それは一生かけて反省しなければなりません」。前回、この発言を取り上げたところ、X(旧ツイッター)で内海氏を擁護するリプも複数いただいた。

 

内海氏の言う「食と生活の乱れ」の一つは、食品添加物の摂取を指していると思われる。内海氏は食品添加物や残留農薬、遺伝子組み換え食品などに警鐘を鳴らしており、それをテーマにした著書やマンガもあるからだ。「障害児が生まれたのは、食品添加物を何も考えずに摂り続けたからだ。その危険性を知らなかった、あるいは軽視したことを障害者の親は反省し、これから生まれる子どもたちを守るためにも、食や生活を見直すべきだ」。内海氏や擁護者は、こう言いたかったのかもしれない。そこで今回は、これに対する回答として、内海氏に対する批判というより、わたしの食品添加物に対する考えを書きたい。

 

わたし自身も、食品添加物はできるだけ摂らないよう注意している。スーパーに行って買い物するときには、かならず商品の原材料のラベルをチェックしている。そして、できるだけ食品添加物の少ない商品を選ぶようにしている。この問題に詳しい安倍司氏(著作に『食品の裏側』など)や渡辺雄二氏(同『「食べてはいけない」「食べてもいい」添加物』など)の本も読んでいるので、食品添加物のリスクについて多少の知識は持っているつもりだ。そもそも、長い歴史の中で人間が食べてこなかった人工的な物質や、特定の成分ばかりを濃縮した物質を、むやみに体に摂り入れるのはあまりよくないとわたしも思う。

 

食品添加物が発達障害などの原因になり得るという研究が複数あるのも事実だ。たとえば、イギリスのサザンプトン大学の研究グループが、3歳児153名と8~9歳児144名を対象に、人工着色料や保存料の影響を調べる臨床試験(二重盲検プラセボ対照無作為化クロスオーバー試験、)を実施し、「食品中の人工着色料または保存料(もしくはその両方)が、一般集団における3歳児、8~9歳児の多動性を増強する」と結論する論文を、2007年に有力な医学誌「ランセット」に報告している(Donna McCann  et al. Food additives and hyperactive behaviour in 3-year-old and 8/9-year-old children in the community: a randomised, double-blinded, placebo-controlled trial. Lancet. 2007 Nov 3;370(9598):1542)。

 

この論文がきっかけとなって、欧米では石油や石炭からできた「タール色素(赤色〇号、黄色〇号などと名付けられている)」への警戒心が高まり、他の色素に切り替えを促したり、警告文を表示させたりするなどの規制につながった(朝日新聞GLOBE+「食品添加物に、つのる不安―― 急速に進む『脱添加物』」更新日:2020年5月28日、 公開日:2015年10月18日)。しかし日本では、「発がん試験や変異原性試験で毒性のないことが確認された」として、現在も色付けのためにお菓子や練り物、漬物といった食品の一部に、タール色素が使われ続けているのが実情だ。

 

こうした研究がある以上、食品添加物をできるだけ避けたほうがいいのは言うまでもない。とくに、これから子どもを産み・育てる可能性がある世代の人は、注意をしたほうがいいだろう。食品添加物が多量に入った食品を親が摂り続けた、あるいは乳幼児期に食べさせたために、障害を負ってしまった子どもが存在する可能性も完全には否定はできない。だが、それでもわたしは、障害児の親を責めるのは間違っていると思う。なぜなら、特定の人の障害が、親の「食や生活の乱れ」が原因だと誰も特定することはできないからだ。

 

たとえば、近年になって、「ADHD(注意欠陥多動性障害)」と診断される子どもが増えていると言われている。実際に、信州大学の研究グループが、ADHD の年間発生率が2010-2019 年度の間に 0-6 歳の子どもで 2.7 倍、7-19 歳で 2.5 倍、20 歳以上で 21.1 倍!に増加したと報告している(国立信州大学プレスリリース「2012 年から 2017 年にかけて大人の ADHD の診断数が日本で急増 -全国の診療データベースを用いた大規模疫学調査-」2022年10月7日)。

 

「2.5倍」とか「21.1倍」!と聞くと、「食品添加物をはじめとする食の乱れのせいで、こんなにもADHDが増えたのか」と恐ろしくなるかもしれない。だが、注意が必要なのは、DSM-Ⅳ(米国精神医学会が発行する精神疾患の診断・統計マニュアル)にADHDの診断基準が収載されたのが1994年で、国内でADHD薬の販売が開始されたのが2007年だということだ。診断基準ができて、薬が開発されたことで、ADHDと診断される人が急激に増えた可能性が大いにある。


ちなみに「うつ病」も、SSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)が開発されたことで、製薬会社による「こころの風邪」キャンペーンが国内で展開され、うつ病と診断される患者とSSRIの処方が劇的に増えたことがよく知られている(たとえば、イーサン・ウォッターズ著、阿部宏美訳『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』紀伊国屋書店など)。これと同じようにADHDも、診断名も薬もない時代であれば、たんに「落ち着きのない人」と見られただけかもしれないのに、診断名ができたがために「障害」とされ、治療の対象になったわけだ。

 

もちろん、診断名ができたことによる見せかけだけでなく、食品添加物によって脳になんらかの悪影響を受けた人が増えた可能性も完全に否定はできない。だが、ここでわたしが強調したいのは、「これが〇〇のせいに決まっている」と断言するのは、簡単ではないということなのだ。集団を統計学的に解析すれば、食品添加物との相関関係が見出されるかもしれない。だが、個人を見たときに、その人の障害が食品添加物のせいなのか、それとも他の原因があるのか、断定するのは極めて困難だ。

 

… … …(記事全文5,926文字)
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