… … …(記事全文5,089文字)内海聡氏は「世界一嫌われ医者」を自称している。その本意は、「多くの人に嫌われてでも、世の中をよくするために、言うべきことは言う」ということなのだと想像する。わたしの知り合いには、内海氏を支持している人も多い。内海氏を批判したら、その人たちの気分を害して、嫌われるかもしれない。だが、内海氏に倣って、わたしも言いたいことを言うべきだと考えた。
わたしはどうしても、内海氏を政治家として支持する気にはなれない。都知事選中に内海氏を支持した人たちの中には、なんとしてもコロナワクチンを止めたい、薬害のことを知ってもらいたいといった、純真な気持で応援した人もいただろう。そういう人たちの気持ちも考えて、選挙期間中は積極的に批判することは控えていた。そもそも、わたしは都民ではないし、当選も無理だと予想していた。なので、内海氏の足を引っ張る必要もなかった。だが、都知事選も終わったので、口を噤む必要はなくなった。
医療詐欺とも言える不要な医療が横行しており、むしろ医療が病気をつくっているという内海氏の医療批判は、極端すぎるところもあるが賛同できる部分もある。また、生活インフラの株式売却反対や、東京都とファイザーの提携見直しといった内海氏の公約にも同意する。だが、それでもやはりわたしは、内海氏を好きになれなかった。その第一の理由は、内海氏に庶民の苦しみに寄り添う心があるとは、どうしても思えなかったからだ。
内海氏はかつて、障害者の親を傷つける発言をした。2015年6月13日、Facebookに次のような投稿をして炎上し、ニュースにもなった。
「障害の子どもさんが生まれるというのは、いかに産む前妊娠前に両親が食と生活が乱れているかの証、それは一生かけて反省しなければなりません」
これに対して、ネット上では「障害の全責任は親や大人にあるのか」「食と生活はいくつかの要因の一つでは」「障害者の親は一生かけて反省しろとか、根拠のないことで傷つけてはいけない」といった反発が相次いだ。しかし、これに対して内海氏は反省するどころか「障害者の親は一生反省してもらってけっこう」と、挑発的な書き込みをして応戦したのだ(「障害児を産んだ親に「一生かけて反省」しろ 現役医師のFB投稿に批判殺到」J-CASTニュース2015年6月19日)。
わたしは、この炎上騒ぎがあった時のことをよく覚えている。なぜなら、わたし自身が「障害者の親」だからだ。過去のことを蒸し返すなと言われるかもしれないが、内海氏の姿を見ると、どうしても思い出してしまうのだ。わたし自身は内海氏の発言にそれほど傷つきはしないが、施設や学校での関わりがあるので、障害者の家族がどんな苦労を強いられるのか、それなりに知っているつもりだ。
たとえば、食事やお風呂のたびに手助けが必要な子どもは多い。夜中になっても眠らず奇声を上げ続ける子どもを知っている。また、発作的に自傷行為をして自分の目を傷つけしまった子どももいる。程度の差こそあれ、障害者の親はさまざまな悩みや苦労を強いられている。しかも、それから一生逃れられることはできない。内海氏から言われなくても、まじめな親ほど自分を責めている。それなのに、他人から「一生かけて反省しろ」などと言われる筋合いがどこにあるのか。
これに対して、内海氏の発言には「もっと深い意味があるのだ」とか、「あえて嫌われ役を買って出ている」といった擁護の声もある。子どもの未来を思うあまり、厳しい言葉が出てしまったのかもしれない。だが、それでもわたしは、彼の言葉に愛や優しさを感じることができなかった。こうした考えは、「よく調べもせずに打ったお前が悪い」と、ワクチン被害者を責める思想にも容易につながるだろう。
障害者の親に対してだけでない。彼の言葉はとにかくキツすぎるのだ。たとえば、武田邦彦氏に「詐欺師のクソ野郎」、長尾和宏氏に対して「映画撮る時間いつあるんだよお前」などと、過去の動画でかなり口汚く罵っていた。この選挙を通じて内海氏は武田氏と和解したようだが、両者とも内海氏よりかなり年上で、人生の先輩だ。その批判がどんなに真っ当だったとしても、「クソ野郎」「お前」などと見下したり、人格を貶めたりするようなきつい言葉を使う必要があるだろうか。長尾氏への罵倒を見て、私は余計に内海氏を嫌いになった。
ほかにも、内海氏のXのアカウントをさかのぼると、「アホンジン」(アホな日本人という意味だと思われる)だとか、「死ね(shine)」「キショイ」「クソ」「カス」といった汚い言葉がどんどん出てくる。注目を浴びるためにあえてやってきたのかもしれないが、これが自分の息子だったとしたら、情けなくてめちゃくちゃ叱っていると思う。東京都知事候補になってから、こうした汚い言葉は封印したようだが、人格が急に変わるわけではない。
それに、もし当選して本当に政治家になれば、過去の言動は必ず敵対勢力やマスコミによって掘り返される。そのときに、こうした汚い言葉づかいが、果たして多くの国民に理解されるだろうか。これが致命傷となって、国民の支持を失う可能性もあるだろう。本気で政治家として内海氏を応援する気があるのならば、支持者こそが内海氏に過去の言動の問題点を指摘し、本人に心からの反省の弁を表明させるべきだと思う。嫌われてでも言うべきことを言うのが、内海流のはずなのだから。
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