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やっぱり地理が好き
~現代世界を地理学的視点で探求するメルマガ~
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第207号(2025年5月19日発行)、今回のラインアップです。
①世界各国の地理情報
~ホワイトハウスの決裂からイスタンブールの合意へ~
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こんにちは。
地理講師&コラムニストの宮路秀作です。
日頃、周りの人たちからは「みやじまん」と呼ばれています。
今回で207回目のメルマガ配信となります。
正義なんて言葉は口に出すな
死ぬまでな
心に秘めておけ
この言葉は、ドラマ『踊る大捜査線』(1997、フジテレビ)にて、故・いかりや長介演じる、和久平八郎が作中で青島俊作(演者は織田裕二)に言って聞かせる台詞です。
そして、その青島俊作が映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』にて、小栗旬演じる鳥飼誠一に、「正義なんて胸にひめとくぐらいがいいんだ」と言い放つシーンがあります。
つくづく正義というのは難しいなと思います。
漫画『キン肉マン』では、正義超人と悪魔超人の構想が描かれ、それを見て育ったわたくしなどは、「正義の対義語は悪魔」と思って子供時代を過ごしておったわけです。水戸黄門の勧善懲悪のように、何事も二元論に落とし込んだ方が分かりやすいのですが、世の中そんなに単純にできていません。そして、「わかりやすい物語」を求める傾向が強い人ほど、複線的に物事を考察することができず、「俺が考えた最強の理論」を持ち出して語り始めます。
つまり、正義の対義語は「別の正義」なのであって、お互いが自分を正義と思って戦うのが戦争です。
『ドラえもん』の第1巻に収録されている「ご先祖さまがんばれ」にて、ドラえもんがこのことを端的にまとめています。
「どっちも、自分が正しいと思ってるよ。戦争なんてそんなもんだよ。」
わたくしは、SNSで炎上するパターンには2つあると思っています。一つは「明らかに頓珍漢なことを発信した」ことで炎上するパターンです。無知や勘違いを棚に上げてドヤ顔で発信したところ、悪意の有無に拘わらず「馬鹿にする」や「叩く」といった形で拡散が進みがちです。そして、発信者が言い訳や開き直ることで「やっぱり何も反省していない」と炎上が長引いてしまいます。
そしてもう一つは「正義感を持って発信したところ、別の正義に反論された」ことで炎上するパターンです。これはまさに「(わたしの)正義 vs (あなたの)正義」の構図が出来上がってしまい、それぞれの正義にフォロワーが援軍となり、相手陣営を「悪」や「無知」と見なして、挙げ句の果てには人格攻撃や誹謗中傷に発展します。互いにエコチェンバー状態になっていますので、ますます自分の正義こそが正義であると信じ切ってしまうわけです。
さらに、政治や経済、宗教、社会問題などは特に「感情の沸点が低い」ため、炎上を誘発しやすいといえます。
これを解決するには、対立の核心を整理できる第三者の仲裁役が必要です。学校であれば子供たちの争いを担任の先生が仲裁したり、会社組織であれば上司が仲裁したりします。
しかし国家間の争いに関していえば、「勝てば官軍」とばかりに戦争をして勝った方が負けた方を一方的に裁くのが常です。こうした人類の反省から生まれたのが国際連合のはずなのですが、果たして人類の平和に寄与しているのかといえば、それよりもアメリカ合衆国が目立ってしまうのが正直なところであり、それに異を唱えて覇権を手にしようとしているのが中国といえます。
だから、両者は対立します。
そして、仮に米中の衝突が泥沼化したとしても、仲裁役を担えるような国家や組織があるのかといえば疑問符が付きます。
さて、ロシアによるウクライナ侵略が始まったのは2022年2月24日のこと。その4日後には当メルマガ第52号にてこのことについて扱っています。それから3年の月日が流れました。
今回は、2月のトランプ大統領とゼレンスキー大統領との交渉決裂から、先日のイスタンブール停戦協議までを時系列で追いかけてみたいと思います。
それでは、今週も知識をアップデートして参りましょう。
よろしくお願いします!
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①世界各国の地理情報
~ホワイトハウスの決裂からイスタンブールの合意へ~
●2025年2月28日15時00分(米国東部標準時、翌3月1日5時=日本時間)
ワシントンD.C.のホワイトハウスにて、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と就任直後のドナルド・トランプ米国大統領が会談しました。
しかし会談は良い方向に向かうどころか、緊張した空気のまま物別れに終わります。トランプ大統領はロシア寄りとも取れる姿勢を崩さず、2014年にロシアが一方的に併合したクリミアを含む占領地の「ロシア主権」を事実上認めるような和平案を示唆したと報じられました。
これは「自国領土に関しては一切譲歩しない!」というウクライナ憲法上の原則を踏みにじる提案でした。
当然の如く、ゼレンスキー大統領は断固拒否します。
ロシアがウクライナへ侵攻した背景には、NATO拡大への反発だけでなく、「本来ウクライナはロシアの一部」というプーチン政権の歴史観や、ロシア正教会との深い結びつきから生じる価値観の衝突が根底にあるという指摘があります。
プーチン大統領はウクライナを「ロシア文明圏」に含める主張を繰り返し、2019年にウクライナ正教会がモスクワから独立したことも、宗教的威信を脅かす出来事と捉えました。また「ロシア世界(ルースキー・ミール)」という思想では、ロシア正教とロシア語を共有する広域圏を不可分と見なすため、ウクライナの主権や帰属意識は否定されがちです。
こうした歴史認識や宗教的価値観が、戦争を単なる安全保障上の対立以上に長期化・複雑化させているというわけです。
トランプ大統領は就任以降、「戦争の責任はゼレンスキーにもある」といった事実に反する非難さえ公言し、ウクライナ側の反発を招いていました。会談中も両者の溝は埋まらず、共同記者会見すら開かれない異例の決裂となります。夜更けにホワイトハウスを後にしたゼレンスキー大統領の表情には明らかな落胆が漂い、米国とウクライナ関係の緊張が広く露見する結果となりました。
▼ホワイトハウスで激しい口論 ウクライナとアメリカ大統領の間で何が
https://www.bbc.com/japanese/articles/cy9dvl3w570o
このホワイトハウス会談の決裂に至る背景には、米国政権によるウクライナへの外交的圧力がありました。トランプ政権は戦争終結を急ぐあまり、当事国不在のままサウジアラビア・リヤドでロシア高官と密かに接触するなど、ウクライナを蚊帳の外に置く動きを見せていたとも伝えられます。ゼレンスキー大統領にすれば、自国の運命が自分抜きで取引されかねない状況下で渡米したことになったわけです。
▼Ukraine hit with largest drone attack of the war as Zelensky warns of aerial terror
https://www.independent.co.uk/news/world/europe/russia-ukraine-latest-attacks-drone-b2703091.html
こうした不信感もあってか、首脳会談では終始ぎこちない応酬が続きました。トランプ大統領は「アメリカが巨額の支援をしてきた以上、見返りを得るのは当然だ」と主張し、ウクライナの豊富な地下資源へのアクセスを引き合いに出す場面もあります。
ゼレンスキー大統領は苦境にもかかわらず一歩も引かず、国家の主権と領土保全を守る姿勢を崩しません。結局、この日の会談は米国とウクライナ間の亀裂を深めただけで終わり、停戦への展望は開けないまま持ち越されました。
■キーウ空爆と「強硬化」する米国の態度
ホワイトハウス会談の決裂後も戦況は悪化の一途を辿りました。
●2025年3月10日深夜(キーウ現地時間、同日早朝=日本時間)
ウクライナの首都キーウがロシア軍による無人機とミサイルの大規模空襲に晒されます。
▼Russia launches air attack on Kyiv, Ukraine says
https://www.reuters.com/world/europe/russia-launches-air-attack-kyiv-ukraine-says-2025-03-10/
奇しくもこの攻撃は、米国とウクライナ高官がサウジアラビアで戦争終結に向け協議を行う直前のタイミングで行われ、ロシアが和平交渉の芽を自ら摘み取るかのような様相を呈しました。この夜間空襲では市街地上空で対空砲火の曳光弾が軌跡を描き、ウクライナ防空部隊が必死に迎撃する様子が各所で目撃されます。ロシア側は「ウクライナも和平に積極的でない」との言い分を続けていましたが、市民の頭上に降る爆弾がその主張の空虚さを如実に示していました。
●2025年4月24日未明(キーウ現地時間、同日午後=日本時間)
その後もロシア軍は執拗な空爆を重ね、ついに戦争開始から3年目の節目に、キーウはこの1年で最悪規模とも言われるミサイル攻撃に襲われました。
▼Russian strike on Kyiv draws rare rebuke from Trump; peace talks stall
https://www.washingtonpost.com/world/2025/04/24/ukraine-war-russia-missile-drone-attack-kyiv/
住宅やインフラが標的となり、少なくとも12名の民間人が死亡、およそ90名が負傷する大惨事となります。和平を唱える裏で無差別爆撃を続けるロシアに対し、さしもの米国も態度を硬化させざるを得なかったようです。
トランプ大統領はこの日の攻撃を受け、自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」で