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やっぱり地理が好き ~現代世界を地理学的視点で探求するメルマガ~

宮路秀作(地理講師&コラムニスト)

宮路秀作

やっぱり地理が好き #208:ハーバード大学とトランプ政権、中国人留学生を巡る対立の経緯

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やっぱり地理が好き 

~現代世界を地理学的視点で探求するメルマガ~

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第208号(2025年5月31日発行)、今回のラインアップです。

①世界各国の地理情報

~ハーバード大学とトランプ政権、中国人留学生を巡る対立の経緯~

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こんにちは。

地理講師&コラムニストの宮路秀作です。

日頃、周りの人たちからは「みやじまん」と呼ばれています。

今回で208回目のメルマガ配信となります。


気づいたら5月の最終日となっていて、明日から6月。

そうです!

わたくしの誕生日月です。


年齢を重ねると「自分の誕生日なんて別に嬉しくない」なんていう人もいますよね。


でも私は違います!


お祝いしてもらえた日には、それこそガンダムのアムロ・レイのように「僕には帰れる場所がある。こんなに嬉しいことはない」と心の中で叫ぶほど嬉しいんですよ。歳を取っても子どもみたいに誕生日を喜べる、我ながら幸せな性分だと思います。


さて、私は地理学プロパーですが、常々「歴史を学ぶことの意義」について考えています。歴史をひもといてみると、人類は同じような失敗を何度も繰り返しており、暴走しては反省するサイクルを基本パターンとしているように見えるわけです。つまり結局、人間は歴史から何も学んでいないのではないか。ドイツの哲学者フリードリヒ・ヘーゲルが皮肉たっぷりに「人類が歴史から学べる唯一のことは、人類は歴史から決して学ばないということだ」と言い残していますが、まさに的を射ているように思えてなりません。


下手をすると、我々が歴史から学ぶのは「人類は歴史から何も学ばない」という事実だけなのかもしれませんね。だからでしょうか、オットー・ビスマルクの有名な箴言「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」にも私は正直あまり魅力を感じません。


歴史から誰も学んでいないのだとしたら、「歴史に学ぶ賢者」なんて絶滅危惧種か幻の生き物なのでは? と突っ込みたくなってしまいます。所詮、愚者だろうが賢者だろうが、人類全体で見れば学習能力に大差ないのかもしれません。とはいえ、そんな堂々巡りの人類史の中にも各時代の国家の栄枯盛衰くらいは知ることができます。長い歴史を通じて同じ王朝が延々と続いた国の例としては、世界最古の王朝を誇る日本が挙げられます。


神武天皇即位から数えれば実に二千数百年、記録の上でも少なくとも1500年超も同じ王統が続いているのです。さすがここまで来ると「打倒・王朝交代」なんてどこ吹く風、と言わんばかりの長期政権です。


もっとも、歴史上国が滅びる原因は大抵が戦争など外圧によるもので、その結果として国家の形が変わってきました。しかし「王様が死ねばまた新しい王様が即位する」式に、一つ消えればまた別の国家がどこからともなく現れ、栄えてはまた滅びていく、人類史とはそんな興亡盛衰のモグラ叩きの繰り返しでもあります。


要するに、国家が交替しようが人間の本質的な愚かしさは変わらないというと身も蓋もありませんが、それでも歴史の大きな流れを眺めれば多少の教訓めいたものは浮かび上がってくるわけです。


その教訓の一つを挙げるなら、国家の命運は腕力(軍事力)のみで決まるわけではないということでしょう。歴史上、ただの力比べだけで天下が決まった例はほとんどありません。結局は腕力をどう使うかという頭脳戦こそが世界を制してきました。


現代世界においては建前上、民主主義や資本主義が「正義」とされており、国民は為政者である政治家たちを一応は信頼して自らの生活を預けています。もっとも、その政治家たちが本当に信頼に値するのかといえば、判断は読者のみなさまに委ねますが、みんな意見は同じでしょう。


問題は、政治家が外国勢力に取り込まれてしまった場合です。「自国の政治家が実は他国の手先でした!」なんてシャレになりませんよね。そんなことになれば国は自ら滅亡への道をひた走ることになるでしょう。国民が「あれ、おかしいぞ」と異変に気付いた頃には手遅れ、なんて事態にならないことを祈りますが、悲しいかな世の中には他国を裏から巧みに操り、気付いた時にはもう遅いという周到な頭脳戦を仕掛けてくる国だって存在します。いわば見えない糸を引く黒幕に踊らされて、気づけば国内がボロボロ、なんて笑えないシナリオも現実にあり得るのです。


さらに厄介なのは、政治家自身が無能で私利私欲に走る場合です。自分の保身しか頭になく、国民の生活を切り売りしてはふんぞり返っているような連中に政を任せていれば、国家が弱体化するのは火を見るより明らかでしょう。自ら新しい価値を生み出すわけでもなく、先人の遺産で食いつなぎ国民から搾取する、そんな政治家はどこの国にでもいるものです。


そして困ったことに、そういう輩に限って雑草のようにしぶとく生き残ったりするのですよね。


では腐敗にメスを入れようとする賢明な指導者が現れれば万事OKかというと、話はそう単純でもありません。待ってましたとばかりに「差別だ!自由の侵害だ!」と大騒ぎし、被害者ぶって既得権益を死守しようとする人々が必ず出てくるからです。どこの誰とは言いませんが、自分たちの特権を守るためなら正義の改革者を悪役に仕立て上げることも厭わない、被害者ムーブの名人みたいな人たちがいるわけですね。


こうなると話はどんどんややこしくなります。


振り返れば、「大国に翻弄される小国」という構図はこのメルマガでも何度も登場したお馴染みのテーマです。大国に振り回される小国の悲哀、あるいは大国同士の板挟みで苦しむ国の話は枚挙にいとまがありません。しかし現代ではそれが必ずしも軍事的な支配とは限らず、経済的・文化的な影響力や情報戦によって巧妙に支配関係が築かれることもしばしばです。


さて、そんな中、現在アメリカ合衆国で大きな騒動となっているのが「外国人留学生問題」です。皮肉なことに、学問の殿堂であるはずのハーバード大学がその舞台となっています。


いったい何が起きているのか?


今回はこのアメリカ合衆国で揉めに揉めているハーバード大学を巡る留学生問題について、事の経緯を時系列で追いかけてみたいと思います。


それでは、今週も知識をアップデートして参りましょう。

よろしくお願いします!


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①世界各国の地理情報

~ハーバード大学とトランプ政権、中国人留学生を巡る対立の経緯~


世界有数の名門であるハーバード大学は、長年にわたり世界各国から優秀な学生を集めてきました。その中には中国の最高指導層の子弟も含まれており、その象徴的な存在として知られるのが中国の習近平国家主席の娘・習明沢(シー・ミンザー)です。


「米国ハーバード大学に習近平の娘が留学していた!」


と文字にすると、なかなか刺激的です。


さすが、毛沢東を愛して止まない習近平だけに、自身の娘に「沢」の字を使って命名しています。


習明沢は2010年にハーバード大学に入学し、心理学などを専攻しました。在学中は身分を隠して学生生活を送り、2014年に学士号を取得して卒業したとされています。また、2014年5月の卒業式には、習近平の妻である彭麗媛(ポン・リーユアン)の妹が代理出席していたことが報じられています。


▼How Xi Jinping’s daughter ended up at Harvard

https://timesofindia.indiatimes.com/world/us/how-xi-jinpings-daughter-ended-up-at-harvard/articleshow/121519312.cms


中国政府は習近平が2012年に最高指導者となった後、汚職対策の一環として幹部子弟の海外留学を制限する動きを見せましたが、習明沢自身はそれ以前にアメリカ合衆国で教育を受けていたようです。


ハーバード大学が中国のエリート層から特別視されてきたことは、習明沢の例だけではありません。同大学には、習氏の政敵であった薄熙来(はく・きらい)元政治局委員の息子である薄瓜瓜(はく・かつか)や、江沢民(こう・たくみん)元国家主席の孫、さらには趙紫陽(ちょう・しよう)元総書記の孫など、歴代中国指導者の親族が留学や在籍した例が知られています。


中国政界では「ハーバード大学が留学生の父母懇談会を開くと、北京での政治局会議が延期になる」という冗談が語られたこともあるほどのようです。それだけハーバード大学は中国の指導層にとって特別な意味を持ち、子弟を送り出す象徴的な存在となってきました。


実際、古くからアメリカ合衆国の大学に中国人留学生が渡る例が存在していて、19世紀末には既に清朝政府によって若者が派遣されていました。改革開放政策を採り入れた後の中国では、政治・経済エリート層が子弟を欧米の名門校に留学させることが地位の象徴ともなっており、ハーバード大学はそうした留学先の中でも最高峰の一つとして「特別な憧れの的」だったようです。しかし、そのような学術交流の光景も、米中間の政治的緊張が高まる中で次第に様相を変えていくことになります。


■トランプ政権の誕生と米中関係の緊張

2017年に発足した第一期トランプ政権は、対中国強硬姿勢を鮮明にしました。トランプ大統領は就任当初から貿易不均衡の是正や知的財産の保護などを掲げ、中国に厳しく対峙する方針を示しました。その一環として米国社会における中国の影響力に警戒が向けられ、大学を含む教育・研究機関もその例外ではありませんでした。


さらに、トランプ政権下の司法省はハーバード大学の入学制度にも介入の姿勢を示し、同大学がアジア系志願者に不利な選考を行っているとの訴訟において原告側を支持する動きを見せました。つまり、「アメリカの大学なのに、アメリカ人よりもアジア人の方が有利な選考を行っている」というわけです。


これは中国留学生問題とは直接関係ないものの、連邦政府が名門大学の方針に踏み込む異例の姿勢であり、トランプ政権とハーバード大学との間の緊張感を高める要因ともなりました。 とりわけハーバード大学のような一流大学には多数の中国人留学生や中国との共同研究プロジェクトが存在していたため、政権内の対中強硬派や情報当局者からは「学術界が中国のスパイ活動や技術窃取の温床になりかねない」との指摘も出始めました。


トランプ大統領自身も、記者会見で「中国からの留学生の中にはスパイがいるかもしれない」と述べるなど、中国人留学生全般に疑念を示す発言をしています。当時FBI長官は議会証言で、中国政府によるアメリカ合衆国への影響工作は「全社会的な脅威」であり、学術分野にまで及んでいると警告しており、中国人留学生に対する警戒感が広がっていきました。


■2018~2019年 学術界への不信感とハーバードの動向

米中関係の悪化にともない、学術交流の分野でも緊張が高まっていきました。2018年から2019年にかけて、ハーバード大学を含む有力大学は、中国からの研究資金や留学生受け入れについて透明性を求められるようになります。

… … …(記事全文11,237文字)
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