… … …(記事全文4,143文字)●もう来るな
膝が痛いというので、治療を受けていた母が、「先生、右腕が上がらないのですが」とT整形外科医に訴えた。T医師は、「腱が切れているので手術が必要だ」と診断結果を示した。それを聞いた母は、「家族とも相談します」と持ち帰った。そして、「高齢で手術をして長く入院したなら、寝たきりになってしまうかもしれない」と考えた。次の通院の際、「先生、手術ではなく、別の方法でなんとかなりませんか」と問うと、T医師が激怒して、こう言ったという。「私の言うことが聞けないのなら、もう来るな」。
母は、当然のことながら、その整形外科医へ通うのを止めた。しかし、膝の痛みが止むことはなかった。
●10万円にする5万円にする
これも母が、歯科医に通院していた時の話だ。上顎部だけを入れ歯にするため治療を受けていたのだが、歯科医が伝えてきたのは、「10万円の歯にするか、5万円のものにするか」だったという。帰宅した母は、「歯医者で入れ歯に相当のお金がかかると言われた。もちろん5万円出すのがやっとだけれど」と私に言った。「それは保険適用しての金額か」と私が尋ねると、「分からない」と答える。次回の通院時に「保険適用です」と返答されたという。
これは明らかにおかしい。「保険適用内で作りますか。適用外にしますか」と訊くのが普通だろう。保険適用で5万円とはどれだけ立派な義歯なのかと不思議に思った。プラスチックのものなら高くても上下総入れ歯で2万円程度だろうと認識していたからだ。結局、5万円を支払って作ってもらった入れ歯は、金属床でもなければ、特殊な素材でもなく保険適用のプラスチックにしか見えなかった。
●地域医療の脆弱さ
上述のとおり信じられないことが起きるのが、当地の医療事情である。人口10万人当たりの医師数が全国ワースト4だからと言われれば仕方ない。当地には柏崎総合医療センターという基幹病院があり、約10万人を診療圏としている。一通りの診療科目はあるものの、医師不足は深刻であり常勤医だけでは賄えない診療科もある。その他、医院やクリニックなどの開業医は、歯科医院を除いて圧倒的に不足している。特に、産婦人科、皮膚科、小児科の少なさは際立っている。
基幹病院の病院長がホームページの「あいさつ」で次のとおり述べている。
「少子高齢化がずっと叫ばれてはいますが、抜本的な解決策はなく、地方都市での人口減少による諸問題はさらに深刻さを増しています。医療に関しては、人口が減少したとはいえ、柏崎・刈羽地域の広範囲の診療圏を担当している当院へ求められるものは大きく、救急医療を含めた現在の診療機能は堅持する必要があると考えております。さらに超高齢化社会への移行により、幅の広い医療も求められております。この点においては他施設との連携を促進し、急性期・亜急性期の患者様への対応に支障が無いようにしていきたいと思います」
「しかしながら医師不足、ことに新潟県は深刻で、一部の診療科では常勤医を確保できておりません。また、働き方改革は医療従事者にとっても例外ではなく、このことがさらに医師の偏在化を促進し、地方都市の医師確保が困難になってきています。つまり、医師を地域から都市部の大規模病院に配置するということです(医師の集約化)」
「残念ながら当院は地域の病院であり、診療科によっては医師の減少により診療内容の見直しが必要となる科もあり、地域の皆様にご迷惑をおかけするかも知れません。かといって遠方への救急搬送は勿論、小児・産婦・高齢者の方々が遠方へ通院するのはたやすいことではありません。そのため、この地で地域医療を担うべく、医師・看護師はじめ全てのスタッフが頑張ってくれています」
「最新の医療=最善の医療ではなく、そこに温もりや人間の情がなければ最善の医療とは言えません。これまでどおり心の通った医療を心がけていきたいと思います。そんななかで信頼関係が構築され、地域の皆様へより良い医療が行えると考えています」
「医学はいまだ完全ではありませんし、限界もあります。また、医療ニーズの多様化により、スタッフは日夜いろいろ多くの業務をこなし疲弊しています。病に苦しむ患者様が、病から回復されるのが私共にとっては何よりのことです。叱咤激励も必要ではありますが、時に励ましの言葉などかけていただければと思います」
蓮池透の正論/曲論
蓮池透(元東京電力原子力エンジニア)