… … …(記事全文4,864文字)1週間ほど前、フリー・ジャーナリストの田中龍作氏から電話があった。「柏崎刈羽原発とその周辺地域を取材したい」との相談で、私が案内することになった。田中氏は、様々な社会問題を取材し「田中龍作ジャーナル」として随時発信している。ついこの間までは、パレスチナ(ガザ・西岸)に滞在し、そこでの惨状を伝えていた。大手メディアや地元メディアがタブーとする題材に関して、何の忖度もなしに発信する田中氏の来訪は、多いに歓迎すべきことであった。
「田中龍作ジャーナル」の最新記事は以下のリンクから閲覧することができる。
https://tanakaryusaku.jp/2024/01/00030184
●まずは原発を撮りたい 国道8号とバイパス工事
1月17日午前9時30分にJR東日本柏崎駅近くのホテル前で田中氏と待ち合わせた。「おはようございます。ご無沙汰しております」と挨拶を交わした後、早速取材ルートを話し合った。この日の天気は、珍しく快晴であった。
田中氏の、「まず天気の良いうちに柏崎刈羽原発を撮影しておきたい」との要望で、原発へ向けてクルマを走らせた。「柏崎刈羽原発は、建屋の高さが低く、周囲を砂丘が囲んでいる、いわば要塞のようで、全貌を捉えるには海上から、あるいは上空からでしか不可能です」と伝えると「構いません。できるだけ近くからなら」とのことだった。
「国道8号に入りました。避難に使用する幹線道路です」と説明すると、田中氏は一眼レフカメラでいきなり車内からシャッターを切り始めた。そして、こう語った。「今日は平日ですよね。こんなに渋滞しているんですか」。「そうです。ここは慢性的に混雑しています。一昨年の豪雪での立ち往生・通行止めで、この付近の様子が盛んに報道されました」と説明した。「実は渋滞解消のための柏崎バイパス計画があるのですが、30年以上経っても開通していないのです」と付け加えると「えっ30年ですか。信じられない。これを見ただけでもう避難は絶望的ですね」と返って来た。東京在住の人にとっては、地方の道路建設工事の遅滞はとても理解できないのだろう。
●国道116号から進入道路へ
国道116号を経由して原発を目指す。田中氏は「あれ、これ3桁国道ですよね。中央分離帯がある片側2車線ではないですか」と驚いた表情を見せた。「いわゆる『角栄道路』ですよ」に「なるほど」。原発進入道路へと左折し小さな橋を渡った。「元日の地震でこの橋の両端に段差ができたのです」と告げると「停めてください」と田中氏。段差はすでに修復されていた。こういった作業は妙に迅速に行われる。田中氏は両端の段差をカメラに収めた。
そばにある広大な駐車場と多くのクルマを目の当たりにした田中氏。「このクルマは何ですか」との質問。「東電社員はバス通勤です。下請け企業のうちバスをチャーターできない会社の社員は、自家用車でこの駐車場まで来て、シャトルバスに乗り換えて原発構内へ入るのです」「これだけのクルマが走るのですから、早朝と夕方は道路が渋滞しても不思議ではありません」と答えると、「原発作業員のクルマが渋滞を誘発しているとは、皮肉な話ですね」と田中氏。まったくそのとおりである。
正門に近づくと至る所に「撮影禁止」の看板が掲げられ、複数人の警備員が立っている。田中氏はお構いなしにシャッターを切った。
●原発南側から
原発を周回する付け替え道路を通り、南側の海岸に出た(荒浜地区)。1号機側から原発内を望むことができるが、視認できるのは排気筒、1、2号機のタービン建屋程度で、原子炉建屋や焦眉の6、7号機は見えない。それでも田中氏は何枚も写真を撮っていた。
「1~4号機の岩盤は深いところにあるため、原子炉建屋の地上部分は他の原発より低いのです。5~7号機は比較的岩盤が浅いのでそちらへ行きますか」と問いかけると、田中氏は「そうなんですか。是非」と答えた。そこで、来た道を引き返す形で北側へ向かうことにした。
●原発北側から ハプニングが
原発の北側には、大湊という原発に最も近い集落がある。戸数は約20と小さい。集落を抜ける道路は原発の周辺監視区域境界で行き止まりとなる。ギリギリまでクルマを近づけて停め、海岸へ出た。
「おお、これは近い」。田中氏はやや興奮気味にカメラを向けた。ただ、よく見えるのは5号機であり、6、7号機は陰に隠れる形でよく見えない。少し気になっていたのは、周辺監視区域境界に設けられたフェンスと鉄条網の向こう側に東京電力社員1人とオレンジ色のビブスを身に付けた2人がいたことだ。こんな光景は初めてだった。何か、フェンスをチェックしているように見えた。
すると、1人がハンドマイクでこちらに警告してきた。「こちらは東京電力です。発電所は撮影禁止になっております」。無視して田中氏が撮影を続けていると「撮影禁止です」「撮影禁止です」と繰り返した。理由は一切言わない。田中氏は怒り心頭で「公共の海岸から撮影してどこが悪い」と声を荒らげ詰め寄る場面もあった。
一通り田中氏の撮影が終わり、クルマに戻ると今度は「大湊にいるクルマはそのまま留まってください」「そこに留まりなさい」と信じられない警告を発してきた。威嚇なのか、それとも警察を呼ぶとでもいうのか。実に高圧的な物言いである。その上、私たちとクルマを向こうから撮影しているではないか。「あなた方はいったい何様なんだ。どういう権限でそんなことを言っているのか」と言い返しながら警告を無視して、クルマをUターンさせた。
その場を立ち去ろうとすると「ちょっと停めてください」と田中氏。「PAZ即時避難区域 大湊集会所」という看板が目に留まったからだった。田中氏は下車して看板を撮影した。その看板には、「バス避難集合場所」とも書かれていた。田中氏は「バスで避難する人たちはここまで歩いて来るのですか。要支援者はどうやって来るのでしょう。それより、そもそもバスはやって来るのですか」と疑問を呈した。的を射た疑問だ。これだけ原発に近いところから避難するのは困難だ。避難場所は北方面の村上市である。バスの運転手についても、1mSvを超える被ばくは許容しないとされており、身を賭してまで運転する責務などない。
車中で、田中氏は「東電の秘密主義は変わっていない」、私は「傍若無人で高圧的な態度にも程がある。『地域に根差すとか皆さまとともに』とかよく言えたものだ。企業体質は何ら変わっていない」などと語り合った。
●福島でも
この件について、帰宅後あらゆる知り合いに伝えた。中でも、福島県の私が最も懇意にしている友人が応答し、諦め加減に語ったことにショックを受けた。「福島(第一原発)では東電と警察は連動している。時宜を逸した汚染水海洋廃棄の説明会でも、東電は参加者を一人ひとり撮影している」
そういえば、私にも福島第一原発付近で経験したことがある。旧稿で触れたが、知人と大熊町で試料用に土、木の葉及び水を採取していたところ、巡回するパトカーが停車し、「何をしているのか」と尋ねてきた。「ちょっとトイレへ行きたくなり、見つからなかったもので」とその場を取り繕うと、警官は「軽犯罪法違反で検挙もある。早くここから出て行くように」と警告された。「放射線量率が高い」という理由ではないことに「いったい彼らは何を守っているのか」との疑問を持ったものだ。
蓮池透の正論/曲論
蓮池透(元東京電力原子力エンジニア)