3月18日の報道で、平野啓一郎が「ウクライナの非ナチ化」の問題について、プーチンによる戦争の口実で嘘であると発言したとあり、何かの間違いではないかと目を疑った。平野啓一郎の時事の発言はよくマスコミで取り上げられるが、過去に特に違和感を感じた例はない。良識があり、スタンスが堅実で、私はこの男が朝日の論壇時評をやればいいと思っていた。小熊英二などよりずっと適任だと評価していた。良識とは健全な考え方と判断力の意味である。 良識の持ち主であるはずの平野啓一郎が、なぜこのような暴論を無造作に吐いたのだろう。無知と軽薄と迂闊としか思えず、裏切られた気分で不可解だ。「ウクライナのネオナチ」の問題は、オリバー・ストーンによる分析と整理があるだけでなく、キャノングローバル戦略研の小手川大助による報告がある。2014年に日本人が書いた記事は、現在から見てまさに貴重な一次資料だ。ウクライナがネオナチの巣窟と化しているという問題は、侵攻前までは世界の共通認識だった。 裏切られた気分で不可解ではあったけれど、この「事件」の理由と背景はあるのだろうと私は睨んだ。平野啓一郎をして、ウクライナのネオナチ問題は怪しい陰謀論でフェイクであると、そう即断して一蹴する拠り所はあったはずだ。ウクライナにネオナチ支配の事実はあるのか、「非ナチ化」の主張は妥当なのか、その当否を文化人が判断するに際しては、まずはオリバー・ストーンの作品をレビューしなければならない。その説明と告発を検討した上で、それを超える何らか別の説得力があると思ったとき、オリバー・ストーンに賛同しない立場に立つ。 平野啓一郎が「拠り所」とした「説得力」は何だったのか。その一つは、おそらく内田樹の態度の所与だったのではないかと想像する。侵攻が始まって以来、内田樹はずっと自身のタイムラインに町田智浩の発信をリツイート表示し、町田智浩による『ウィンター・オン・ファイヤー』への賛美と宣伝を拡散していた。町田智浩の主張を正当化し、権威づけしてやる差配を示していた。町田智浩はオリバー・ストーンを以前から口汚く罵倒し貶下している映画評論家で、内田樹は売れっ子の町田智浩を子分のように可愛がっている。… … …(記事全文3,222文字)