紹介したオリバー・ストーン作の『ウクライナ・オン・ファイヤー』は、Youtube もニコ動も、アップロードした動画が次々と消されている。削除され制限をかけられつつ、新規にアップロードが続き、それをまたアドミニが封殺するといういたちごっこが続いている。作品が世間の目に触れ評判が広まると、ウクライナの真実が理解され、この戦争の意味の覚醒が進んでしまう。そうなると具合が悪いため、西側当局は必死になって検閲をかけ、視聴されないよう権力的物理的に遮断・妨害しているのだ。 まさに言論・表現の自由の規制である。このことは、逆に、オリバー・ストーンの分析と解説が当を得ていて、正確で秀逸で説得力があることを証明するものだ。弾圧に怒ったオリバー・ストーンは著作権を放棄し、Rumble から自由にダウンロードできるようにしたらしい。プーチンを悪魔視してロシアを全否定し、世論の全体をゼレンスキー支持とウクライナ応援の一色に塗り潰すためには、この作品の存在は都合が悪いのだ。閲覧禁止にしないと、西側の戦争遂行の空気作りの上で邪魔になるのである。 われわれは、欧州から遠く離れた東アジアの市民なのだけれど、この戦争に参加させられていて、ウクライナ陣営に属する国家の国民として援護することを半ば義務づけられている環境に気づく。テレビは毎日欧米側のプロパガンダを流し、鬼畜ロシアを叩いて視聴者にプーチンへの憎悪を増幅させ、打倒ロシアの憤激を煮えたぎらせている。まさにオーウェルの『1984年』の世界だ。オリバー・ストーンの動画をネットで細々と案内し、理性と知性のバランスに拘る者は、陰謀論者のレッテルを貼られて袋叩きされ排除される。 日本は憲法9条の国で、非武装中立を原則とする国ではなかったのか、と、か細く孤独な心境で想う。国際社会で紛争が起きたとき、どちらの側にも与せず、中立の立場で間に入り、戦争で血を流すのはよくないから話し合いで解決しようと促し、お金で解決できるのならウチが少し出すからと言い、善意の第三者として平和の方向に周旋し努力するのが、日本の国是と方針ではなかったのか。それが平和国家日本の哲学ではなかったのか。なぜ一方の当事者に加勢して一緒に戦争しているのか。… … …(記事全文3,869文字)