□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2011年2月12日発行 第96 ■ ============================================================= 感動的なエジプトの市民革命のみどころ ============================================================== エジプト市民革命の第一幕は感動的なムバラク退陣で幕が下りた。 このニュースは今朝の大手新聞の締め切りには間に合わなかったと 見えて、まったく報じられていない。ピント外れの滑稽な記事ばかりだ。 インターネットの時代に、もはや紙の新聞はその意義を大きく減じた 事を見事に証明してくれた。 しかしだからといって紙の新聞の意義を否定するつもりはない。わずか 一日の違いだ。スピードだけがメディアの意義ではない。 せめて新聞各紙は時間をかけてもいいから今度の市民革命の意義を正し く評価し、それを国民に知らせてもらいたいと思う。 大手新聞を含め、明日からのメディアでは、このムバラク退陣について の評価が一斉に書かれるだろう。 様々な専門家と称する人々の意見が紹介されるであろう。 それに先駆けて、みどころのポイントを書いてみる。 読者の判断の参考にしていただきたい。 私の考える今回のエジプト政変のポイントはこうだ。 第一に今回のムバラク退陣に至る過程は、いわゆる今日に起こりうる 市民革命の中で理想的なものであったということだ。 テレビで流された市民の言葉の中に次のようなものがあった。 「情熱と痛みがもたらしたもの」だ、と。 これは感動的である。 物事を成し遂げるには情熱がなくては出来ない。 しかし情熱だけでは十分ではない。痛みを伴うのだ。 その痛みとは命の危険を犯すことだけではない。 そこまで行かなくても精神的な、あるいは経済的な、あるいは 寒さに耐えてテント生活を続けた犠牲、地方から広場に集まった犠牲、 その他もろもろの大小の「痛み」を総称した言葉だと私は受け止めた。 つまり行動をとるという事である。 およそ革命とは権力の完全な移譲である。それまでの権力者から被権力 者へ権力の所在が逆転する事である。 これは通常は暴力をともなう。そして今日でも革命は軍事革命や流血 革命が一般的だ。 しかしおよそ権力移譲が不可避であるなら、それが暴力なくして行なわ れるのであれば理想だろう。 その意味で今回のムバラク退陣に至る過程は、まさしく理想的な市民革命 だったのだ。 そこで思い起こすのが民主党による政権交代だ。 あの政権交代もまたその意味で「革命的」だった。 実際のところ政権交代直後の民主党の指導者達はそう僭称していた。 それが「革命」どころか既存政党、政治家により国民不在の権力のたらい まわしであったことがいまや自明となった。 私がエジプトの市民革命をうらやましく思い、エジプト市民を賞賛したい のは、その失望感からくるところも多分にある。 二つ目のみどころは、この市民革命をどう評価するかによって、その評者の 立ち位置が明かされる事である。 それはあたかもあのウィキリークスをどう評価するかの場合と同じである。 体制側、権力者側に立つか、市民である弱者の立場に立つか、これである。 そしてそれは同時にまた日本の場合は対米従属かどうかという事でもある。 それに加えてパレスチナ側に立つかイスラエル側に立つかという事でもある。 これらの事が、今回のエジプト革命の評価によって、その評価する者の立ち 位置が明かされる。 三番目には欧米諸国の変わり身の早さである。 オバマ大統領は第一声で、「歴史的な瞬間を目撃した」とまで言った。 他の欧米諸国の指導者達もエジプト市民を絶賛した。 反政府運動の行方が不明な時は曖昧な表現に終始していたと言うのに、 この変わり身は見事だ。 このすばやい変わり身こそ、かつての帝国主義者たちである欧米諸国の 外交の巧妙さ、狡猾さを見事に表している。 もちろん中東への歴史的利害関係は、欧米のそれと日本のそれとは違う。 それを割り引いたとしても、日本政府の外交上の戦略のなさと鈍感さとは 対照的である。 日本の外交力はいまだ欧米に追いついていない。 最後のポイントは、エジプト革命の今後の帰趨である。 それがどのような形で完結する事になるのか。 その完結したエジプト政権とイスラエルとの関係がどのようなものとなる のか。 今後のエジプトの新政権形成の過程で、イスラム同胞団なるものがどの ような影響力を持ち、どのような政策を主張するのか。 それはもちろん分からない。 世界がもっとも注目している所はまさしくそこだ。 あえてこの時点で予測すれば、こうだ。 たとえエジプトがイスラムの国になるとしてもエジプト市民、国民は 原理主義を選ばないのではないか。 イスラム同胞団はそこまで求めないのではないか、少なくとも今すぐには。 しかし対イスラエル政策においては、間違いなく変わると思う。 直ちに反イスラエル政策を取る事にはならないだろうが、間違いなく ムバラク政権の下で行なわれて来た対米、対イスラエル宥和政策とは一線を 画すことになるだろう。 それがエジプト市民の大勢の声だからだ。 今度の市民革命の原動力の一つは、独裁への反発とともに、ムバラク政権 のあまり対米、対イスラエル従属政策にあったと思うからだ。 いずれにしても今回のムバラク大統領の退陣とそれに至るまでのエジプト 市民の動きは近代世界史上に残る大きな出来事である。 この事はいくら強調してもし過ぎることはない。 国際情勢は間違いなく変化していくだろう。 了
天木直人のメールマガジン ― 反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説
天木直人(元外交官・作家)