… … …(記事全文4,708文字)皆さん、こんにちわ。小笠原理恵です。今日はちょっと長めなメーリングリストになりますが、いろんな物事を考えるときの基本となる考え方の話です。
【リスク対処とトリアージ】
時に人は非情な選択をしなくてはならないことがあります。
大多数を救うために少数の犠牲を黙認するような選択。どちらにも犠牲がでますが、少ない犠牲に抑える選択に舵を切らなければならないことが起きます。理想的なのは誰一人犠牲にならないように問題を解決することでしょう。しかし現実は理想どおりに行きません。
例えば大災害が起きた時に医療のリソース(人材や医薬品、病床等)が足らないことが起きます。医師も看護師も医薬品も足りない状況でどんどん負傷者が担ぎ込まれた場合、トリアージが行われます。誰一人犠牲にならないように全員に対処することが難しければ、救える人から救おうとする手法です。
トリアージとは、災害時や多数の救命受診者が殺到した場合に傷病者の緊急度や重症度に応じて適切な処置や搬送を行うため、傷病者に治療優先順位を決めることを言います。
全員を過不足なく救いたいという理想があってもリソースが限られれば、助かる可能性の低い人よりも助かる可能性の高い人を優先するしかありません。
トリアージの優先順位で傷病者は色分けされます。
- 黒タグ 優先順位4 (呼吸していない。助けられない)
- 赤タグ 優先順位3 (バイタルが不安定 重症)
- 黄タグ 優先順位2 (バイタルは安定 待機できる)
- 緑タグ 優先順位3 (自力で歩ける 軽傷)
黒タグの人もまだ蘇生の可能性があるかもしれないし、黄色タグの人でも痛みがひどくて泣き叫んでいるかもしれません。非情に分類されてしまう理不尽さに当事者は憤りを感じるでしょう。でも、できるだけたくさんの人を助けるために切り捨てる覚悟を持たないといけないシーンは多々あります。
日本人は感情的に切り捨てるということが許せません。このため、このギリギリの判断へのルール付けが難しくなります。もちろん切り捨てずに全員救えればそれに越したことはありません。しかし現実が厳しいにも関わらず、日本人の感性では合理的に考えることが難しいのです。合理的に考えられないことによる問題は様々なところに波及します。
【トロッコ問題と犠牲】
この合理的な犠牲を取る覚悟について、簡単に知ることができるモデルがトロッコ問題です。
この図を見てください。
(図の説明)
①線路を走っていたトロッコが制御不能になりました。このままでは、前方の作業員Aの5人が轢き殺されてしまいます。
②この時、貴方がたまたまは線路の分岐器のすぐ側にいました。貴方がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かります。しかし、その別路線でも作業員Bが1人で作業しています。分岐を変えれば5人の代わりに1人がトロッコに轢かれて確実に死にます。貴方は分岐を変えてトロッコを別路線に引き込むべきでしょうか?
③人々が犠牲にならないように障害物を線路上におくような代替え案は不可能です。可能な手段は分岐を変えるかどうかを選択することだけです。
さて、貴方は「分岐を変える」か「分岐を変えない」のどちらを選びましたか?