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鳥集徹(ジャーナリスト)

鳥集徹

#105 いま必要なのは医療の「拡大」ではなく「縮小」だ ~集中連載「新・医療亡国論──医療が人を不幸にする」その16~

この連載で、私は医師を増やし続けることに反対してきた。第一に、国民医療費増大の最大の要因として「医師数」が指摘されているからだ(鳥集徹「#87「国民医療費」膨張は医師が増え過ぎたせいだ」2025年4月18日 https://foomii.com/publisher/delivery/00286/toarticle/id/137413)。言うまでもなく、医師は高給取りだ。雇用形態(勤務医か開業医か)、職種(診療科や専門など)、勤続年数、性別などによって異なるが、2023(令和5)年の平均年収(46.1歳、8.4年)は、1436.5万円 (民間医局「医師の平均年収ランキング【年代・診療科・地域・経営母体別】」2024年4月16日更新 https://www.doctor-agent.com/contents-career/annual-income#wage)だった。これは日本全体の平均年収(約460万円)のおよそ3倍だ。それが妥当かどうかは別問題として、当然のことながら医師数を増やせば人件費が増える。さらに医師を養うためには、需要も喚起しなくてはならない。つまり、「顧客」としての患者を増やす必要がある。医師が増えれば国民医療費が増えるのは当然と言えるだろう。

 

反対の二つ目の理由は、医師を増やし続けても、「医師不足」の解消にはならないことだ。医師不足は昔から言われており、国は2009年以降、医学部の定員を拡大するなどして増やしてきた。しかし、いくら増やしても医師不足を叫ぶ声はなくならない。なぜなら問題の本質は「絶対数の不足」にあるのではなく、「診療科の偏在」と「地域の偏在」にあるからだ。過酷な診療科や不便な地方に率先して行きたがる医師は少ない。それより「直美」(ちょくび)に象徴されるように、残業や宿直が少くて高給が期待できる診療科や、便利な都会の医療機関に惹かれる若手医師が多いのは致し方ないだろう。多額の教育費をかけて過酷な受験戦争を勝ち抜いたのだからなおさらだ。医師全員を公務員にして、特定の診療科や地域へ計画的に配置するなどでもしないかぎり、この問題は簡単には解決しない(鳥集徹「♯104『医師』を増やしても、『医師不足』は解消しない」2025年8月15日 https://foomii.com/publisher/delivery/00286/toarticle/id/141977)。

 

あらためて、医師がどれくらい増えたのか確認しておこう。1992(平成4)年の医師数は21万9704人(人口10万人当たり176.5万人)だった。それが、30年後の2022(令和4年)には34万3275人(同274.7人)に増えた。つまり、1.56倍になったのだ(厚生労働省「令和4(2022)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」令和6年3月19日 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/22/dl/R04_kekka-0.pdf)。普通、これだけ働き手が増えれば、どんな業種、どんな職場でも、労働環境は多少なりとも改善されるはずだ。それどころかリーマンショック以降、多くの業界でリストラが進み、人員が整理されてきた。いまどき人員を増やすことだけで問題を解決しようとする業界が他にあるだろうか。前回も指摘した通り、日本は他国に比べて病院数も病床数も多いという事実がある。医師数をやたらと増やすことよりも、まずは病院の統廃合や集約化など選択と集中を進めるべきだろう。

 

この30年のあいだ、日本の人口は1億2千人台と大きく変化していない。それどころか2010年からは14年連続で減り続けている。にもかかわらず、医師人口を増やし続けているのだ。社会の医療にかかる負担が重くなってしまうのは当然だ。ただ、一方で65歳以上の高齢者の人口が激増しているという事実もある。それを無視するわけにはいかないだろう。いまから30年前の1995年には、65歳以上の高齢者人口は1828万人だった。それが2025年には推計3782万人になった。つまり、日本の高齢者は、この30年で2倍以上にもなったのだ(総務省統計局「1.高齢者の人口」https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1321.html)。医療機関をもっとも受診するのは高齢者だ。それを考えると、医師数を増やすことは「妥当」なのかもしれない。

 

だが、私たちはあらためて考える必要がある。高齢者が増えたからといって、医師をこれ以上増やすべきなのか。この連載でも指摘したように、健康診断やがん検診が総死亡率を低下させる、すなわち長生きにつながるという確実なエビデンスはない(鳥集徹「#96『早期発見・早期治療』こそ『善』という『虚構』」2025年6月20日 https://foomii.com/publisher/delivery/00286/toarticle/id/139812)。にもかかわらず、「早期発見・早期治療が正しい」という思い込みによって、多くの人が健康診断やがん検診を受けている。そして、それによって多くの「病人」が作り出されている。しかも、その多くが高齢者だ。なぜなら、高齢になればなるほど、検査で「異常」が見つかりやすいからだ。

 

たとえば、厚生労働省の「国民健康・栄養調査」によると、年齢が上がるほど「コレステロールを下げる薬」(主にスタチンと考えられる)の服用率が上がり、70歳以上だと3人に1人が飲んでいるという結果が出ている。これは、血液検査で「LDLコレステロール値」が「異常」となる高齢者が、いかに多いかを表している。しかし、脳血管疾患の既往のない人がスタチンを飲む必要性は低いことが、かねてから指摘されてきた。しかも女性のほうが男性より脳血管疾患のリスクが低いにもかかわらず、男性より服用率が高いのだ(鳥集徹「#97 病人を大量生産する、エビデンスなき『健康診断』」2025年6月27日 https://foomii.com/publisher/delivery/00286/toarticle/id/140087)。

 

スタチンだけではない。年齢が高くなるほど「血圧を下げる薬」(降圧薬)の服用率も高くなり、70歳以上になると2人に1が飲んでいる。だが、降圧薬についてもスタチンと同様に、脳血管疾患の既往のない軽い高血圧の人が服用する必要性は低いと指摘されている(The NNT〝Anti-Hypertensive Treatment for the Primary Prevention of Cardiovascular Events In Mild Hypertension〟https://thennt.com/nnt/anti-hypertensives-for-cardiovascular-prevention-in-mild-hypertension/ *このThe NNTのサイトの本文を自動翻訳して、ぜひ読んでみてほしい)。ほんとうに、これほどの日本人が降圧薬を飲む必要があるのだろうか。しかも、こうした薬は一度処方されると、中止されることなく漫然と投与され続けることが多い。他に大した症状がないにもかかわらず、「持病の薬」をもらうためだけに定期受診している高齢者が多いのだ。

 

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