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鳥集徹(ジャーナリスト)

鳥集徹

♯104 「医師」を増やしても、「医師不足」は解消しない ~集中連載「新・医療亡国論──医療が人を不幸にする」その15~

いまから40年以上前、私が中学生か高校生の頃、スウェーデンやデンマークなど北欧諸国は、収入の半分以上を税金として負担する代わりに、教育費も医療費も介護費もほぼ無料であり、ゆりかごから墓場まで安心して暮らすことのできる「高福祉国家」だと教えられた。ならば、国民負担率が50%に届こうとしている日本も、高福祉国家になっていなくてはならないはずだ。しかし、子どもを大学まで出そうとすれば、教育費は非常に高くつく。年金も削られる一方で、安心して子どもを産み育てることも、老後を安らかに過ごすこともできない国になってしまった。

 

なかでも国民医療費の膨張は著しく、健康保険料の負担はもはや限界に達している。それで医療がよくなり、国民が健康で幸せになったのならまだ許されるが、この連載の最初に示した通り、国民は一向に健康にも幸せにもなっていない。それどころか、これほど血税がつぎ込まれてきたにもかかわらず、ほとんどの病院が相変わらず赤字だというのだ。なぜこのような矛盾が起こっているのか。その大きな要因の一つとして、日本は世界的に見ても病院数と病床数が突出しており、選択と集中ができていないために、経営が不効率になっていることを前回指摘した。

 

そしてもう一つ、「医師不足」の問題を取り上げねばらない。たとえば最近も、朝日新聞が今年7月25日に「がん手術の医師、40年に5千人不足『今の医療継続できない恐れ』」という記事を掲載した(https://www.asahi.com/articles/AST7T2GPTT7TUTFL00TM.html)。また、7月30日には、東北・北陸など12県で構成される「地域医療を担う医師の確保をめざす知事の会」が、「医師不足や地域間偏在の根本的な解消に向けた実効性のある施策の実施を求める提言」をまとめ、公表している(https://chiikiiryou.jp/tiji/wp/wp-content/uploads/2025/07/ac8839d5e0dcbd97e0b9a321b710bd52.pdf

 

こうした報道や訴えに触れて、読者はどう思うだろうか。「もっと医師を増やせばいい」と言うかもしれない。しかし、外科医、救急医、産婦人科医などの不足や地域偏在の問題は、今に始まったことではない。たとえば、この問題の深刻さを世に知らしめるきっかけとなった本の一つに、小松秀樹氏(泌尿器科医)の『医療崩壊 立ち去り型サボタージュとは何か』(朝日新聞出版)がある。これが出版されたのは2006年5月、もう20年近くも前のことだ。医療問題を長年取材してきた私からすれば、いつまで「医師不足」を言っているのかと、ただ呆れるばかりなのだ。

 

実際、医師数はずっと増員されてきた。厚生労働省の「令和4(2022)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」(令和6年3月19日)によると、1992年に21万9704人だった医師数は、2022年には34万3275人に増えている。つまり、30年間で1.56倍にもなった。とくに意図的に増員されるようになったのは、2009年からだ。2003~2007年までは医師抑制政策が実施され、全国80(当時)大学の医学部定員は合計で8000人以下に抑えられていた。ところが、医師不足が叫ばれた結果、2009年以降は医学部の枠が増やされ、2023年には9384人にまで拡大した。

 

一方で、病院(20床以上)の数は1990年の1万0096施設をピークに減少し続け、2022年には8156施設まで減少した。病床数も同様だ。1993年の168万0952床をピークに減少し続け、2022年には149万2957床まで減っている。このように、医師数が増える一方で、病院も病床も減ったのだから、いつまでも「医師不足」が言われているのはおかしいのだ。

 

それなのになぜ、医師不足が解消されないのか。それはひとえに、「医師の偏在」が原因だ。第一に「診療科の偏在」がある。「令和4年版 厚生労働白書─社会保障を支える人材の確保─」に「図表1-2-5 診療科別医師数の推移(1994年を1.0とした場合)」というグラフが掲載されている。それを見ると、もっとも増加しているのが「麻酔科医」、次が「形成外科」で、どちらも2000(令和2)年までに2倍以上になっていることが分かる。3位が「放射線科医」で1.8倍以上、4位が「精神科医」、5位が「皮膚科医」、6位が「整形外科医」だ(https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/21/backdata/01-01-02-05.html

 

なぜ、これらの診療科が増えているのか。むかしから言われてきたのが、残業や当直が少ないことだ。なかでもとくに注目に値するのが、「形成外科」が増えていることだろう。交通事故や先天異常等が原因で欠損した顔や指などを修復する大変な仕事をしている形成外科医もいるが、これほど増えたのは美容外科へ進む医師が増えたからだろう。

 

とくに最近よく聞くようになったのが、「直美」(ちょくび)という言葉だ。これは初期研修後に保険診療に携わらず、直接、美容外科クリニックに就職する若手医師のことを指す。美容外科であれば残業や宿直を強いられず、自由診療なので高い収入も期待できる。NHKの報道によると、「臨床研修の2年後の主な勤務先を国が調べた結果、『美容外科』で勤務する医師は、令和4年の調査で198人と、10年で約10倍に増え」たという(NHK「なぜ医師たちは美容医療に?」2025年4月24日 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250424/k10014774371000.html)。

 

これに対して、先の厚労省の白書によると、もっとも増加率が低いのが「外科」で、次いで「産婦人科」となっている。なぜ、この二つの診療科は人気がないのか。それは宿直や残業が多いからだ。余談だが、20年ほど前、肝臓手術のパイオニアと言われる東京大学医学部肝胆膵外科教授の幕内雅敏氏(現・日本赤十字社医療センター名誉院長・東京大学名誉教授)を取材したことがある。その時、私は幕内氏からこんなことを言われた。「なぜ、我々の成績がいいか分かるか? それは、夜中であろうと土日であろうと、術後の患者さんを必ず回診しているからだ」。そして教授室には、幕内氏が表紙となった医学専門誌の表紙が拡大されて飾ってあった。そこには、「365日24時間、医者であれ」と書かれていた(NHKプロフェッショナル仕事の流儀「365日24時間、医者であれ〜外科医・幕内雅敏〜初回放送日:2007年7月3日 https://www.nhk.jp/p/professional/ts/8X88ZVMGV5/episode/te/9L2LWG64PJ/

 

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