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鳥集徹(ジャーナリスト)

鳥集徹

#90回 英才たちをスポイルする「医学部」集中 ~集中連載「新・医療亡国論──医療が人を不幸にする」その4~

前号で、東大文1すなわち法学部の人気が凋落した一方で、相変わらず東大理3すなわち医学部の合格最低点が他を圧倒するほど高く、東大に限らず他大学の医学部も偏差値が非常に高いことを示した。東大、京大の医学部はもちろんのこと、東京科学大(旧東京医科歯科大)や大阪大の医学部も、東大理1、理2を凌ぐ偏差値がなくては入れない。また、かつて「金を積みさえすれば入れる」などと揶揄された新制私立大学の医学部ですら、最低でも早稲田や慶應の理系学部に受かるくらいの非常に高い学力がなければ合格できない現実がある。

 

医学部には明らかに学力トップ層、すなわち中高一貫エリート校でも上位に入る高偏差値の生徒たちが集中している。数学も英語も断トツにできる生徒たちが、こぞって医学部を狙うのだ。なぜそれほどまでに医学部が人気なのか。それは「食いっぱぐれ」がないからだ。もちろん、「病気で苦しむ患者を救いたい」という純粋な気持ちで入った医学生たちもたくさんいる。だが、彼らとてそれだけが理由ではないだろう。

 

「困った人を救う」という点では、弁護士も立派な職業だ。だが、前回示した通り、苦労して司法試験に受かったとしても、数が増え過ぎた弁護士の収入は低下の一途をたどっている。かつての「黄金ルート」(東大法学部→キャリア官僚→政治家)の輝きも色褪せ、省庁はブラック企業と化した。また、理系であれば研究者の道もあるがポストが限られており、やはり安定した生活が保障されているわけではない。大企業に入れば安定した収入や地位を得られる可能性が高いが、出世するまでは組織の一員として忍従を強いられる。

 

その点、医学部に入れば医師国家試験に合格した瞬間から「先生」と呼ばれて自尊心が満たされる。臨床研修医や大学院生の間は給料が安くても、30代、40代の油が乗り始めた頃には、それなりの高収入が約束されている。診療科によっては過酷な勤務を強いられるが、他の進路と比較すれば高偏差値の受験生がこぞって医学部をめざすのは無理のない話なのだ。自分の将来を真剣に考えて、懸命に勉強して合格を勝ち取った受験生を詰るのは間違っているだろう。

 

ただ、30年近く医療現場を取材し、数千人の医師を取材してきた経験のある私の実感で言えば、優れた臨床医になるのに東大に入るほどの学力までは「不要」であると思う。もちろん、統計を理解して使いこなせる数学力や医学論文を読みこなす英語力は不可欠だ。だが、医学統計より数学科や物理学科で用いる数学のほうがはるかに高等であるはずだ。また、解釈をするのに歴史、文化、社会的文脈に基づく幅広い知識が必要な英語小説に比べれば、世界共通の決まったフレーズで書かれている医学論文を読むのは難しくない。

 

臨床医に必要なのは、そのような難解な数学や英語を操れる超人的な知能ではないだろう。専門の診療科に関しては深い知識と経験、技術が求められるとしても、それに加えて一般医学の幅広い知識が必要であり、さらに多様な生身の人々と向き合える人間性も求められる。医療機関には、年齢も知力も体力も立場も環境も異なる様々な患者が訪れる。具体的に言えば、認知機能が低下したお年寄りや経済的に困窮した人たち、そしてヤクザまでやって来るのが臨床現場だ。

 

そうした人たちのことを深く理解して上手にコミュニケーションを取るには、ときにさまざまな地域や職種の人たちと交流し、医学以外の論文や専門書、哲学書、小説などまで読む必要も出てくるだろう。だが、超難問を解けるような突出した知能を持つ中には、自分の興味のあること以外は関心のない人が少なくない。その上にコミニュケーション能力が低いと、臨床現場で上手く立ち振る舞えない可能性もある。X(旧Twitter)で人間性を疑うような投稿があることでも分かる通り、患者とトラブルを起こしてしまう医師も一定数いるのは否めない事実だ。

 

そうした医師たちの人間性を非難したいわけではない。そうではなく、臨床現場にいることが「適材適所」ではなく、「本来発揮できるはずの才能がスポイルされているのではないか」と言いたいのだ。たとえば東大理3の合格者の多くが、東大理1、理2の合格者より秀でた数学力を持っている。だとしたら、そこまでの数学力を必要としない医学部に進むより、理学部で数学や物理学、情報工学、人工知能などの研究に従事するほうが、その能力を存分に発揮できる可能性がある。

 

インターネット技術の高度な発達によって、機密情報を守るデータの暗号化や膨大なビッグデータの処理能力向上の重要性が増している。また、人工知能の応用が加速化しており、物理学を応用した量子コンピューターの開発なども進んでいる。世界が向かっている行先を見ると、数学や物理学、情報工学、人工知能などを修めた人たちの頭脳が、ますます必要となっているように思われる。しかし、日本では数学に秀でた頭脳の多くが、それをそこまで必要としない「医学」の領域に奪われているのだ。

 

また、かつてなら東大文1に進み、キャリア官僚を経験して政治家を目指したような秀才も医学部に取られている。もしかつてのように文1が「黄金ルート」であったならば、その頭脳をもって国を率いることのできる優れた政治的リーダーが、排出されたかもしれない。だが、若者たちが未来に期待を持てる国のあり方や、大国にも伍する国づくりを描ける優れたリーダーが、いまの日本にどれだけいるだろうか。

 

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