… … …(記事全文4,916文字)2024年1月1日16時過ぎ、スマホのアラート音がけたたましく鳴った。能登半島を最大震度7の地震が襲ったのだ。あわててテレビをつけると、津波警報が発令されており、アナウンサーが「ただちに逃げてください」と連呼していた。
X(旧ツイッター)には、倒壊した家の写真や、その下敷きになった人から助けを求める投稿が流れてきた。輪島市内では有名な朝市通りのあたりで大規模な火災が発生し、ライブカメラの映像を観ると、深夜・早朝になっても炎が燃えさかっていた。
正月早々に仕事の締め切りなどがあって、お祝い気分とは全く無縁に過ごしていたが、よりによって元日に大災害が発生するとは──そう思うと、余計に気分が落ち込んでしまう。「救助された」という報に安堵する一方で、時間が経つにつれて犠牲者が増えていく。それに、これからますます寒くなるのに、底冷えの体育館へ避難を強いられた人々のことを思うと、心が苦しくなる。
せめて、一刻も早く被災者を暖めて、体と心を休めることができるよう、避難所の環境を整えてほしい。しかし、日本の避難所の環境は劣悪だ。Xに流れてくる動画を観ても、体育館に雑魚寝するような状況で、ダンボールの仕切りすらない。「毛布一枚しか支給されず、夜になると寒くて眠れない」「ポータブルトイレの匂いが漂ってくる」といった投稿もあった。停電した自宅や車中での寝泊まりを強いられている人々もいるようだ。
2011年3月11日の東日本大震災では「週刊文春」に依頼され、私も10日後に被災地の医療を取材するため現地に入ったが、今回と同じような状況で避難所暮らしを強いられる人々が多かった。小中学校の体育館や教室だけでなく、クリーンセンター(ごみ処理場)の操作室のようなところで避難暮らしをしている人たちにも会った。そこで「たくさんあるから一緒に食べましょう」と、逆にカップ麺をご馳走になってしまった思い出もある。
その時にも、プライバシーやトイレ、お風呂等の問題が指摘されていた。日本列島は至るところで、災害が起こる国だ。にもかかわらず、その教訓を生かして、なぜ備えることができなかったのか。プライバシーが確保できるテントや簡易宿泊所、温かい食事を提供できる調理設備、食料、水、清潔なトイレ、お風呂、電源等を、迅速かつ十分に提供できる設備と備蓄拠点、および連携システム等を、全国各地につくっておくべきではなかったか。
岸田文雄首相は1月4日の記者会見で「週明け9日に予備費の閣議決定を行いたい」「寒さが本格化する中、寒冷対策、避難所対策の強化にも万全を期していきたい」などと語り、40億円規模の予備費(突然の災害などに備えた予算)の使用を9日に閣議決定すると表明した。今後も長期にわたって被災者への支援が必要なのだから、当然のことだ。
だが、「えっ! これっぽっちか」と思う。なぜなら、2020年~21年度に支出されたコロナ関連の予備費は14兆円にも上るからだ。メインとなる補正予算も含めると、20~22年度に計上されたコロナ対策費(中小企業などへの資金繰り強化、医療供給体制の確保、ワクチン接種体制の整備等々)は104兆円になる。さらに、経済対策のために使われた予算(全国民への10万円給付、業績悪化企業への家賃支援給付、GO TO トラベルの延長等々)は総額293兆円という報道もあった。
東日本大震災の復興予算は10年かけて約32兆円だ。それがコロナでは、たった3年で総額100兆円超とも300兆円とも言われる巨費が注ぎ込まれたのだ。そもそもコロナが、これほどの巨費をかけて防がねばならないほど、恐ろしい感染症だったとはまったく思えない。これほどの巨費をかけて外出や飲食を自粛させたり、マスクや消毒をさせたり、ワクチンを強要したりしたのに、コロナを抑え込むことはできなかった。なんと愚かなことか。
しかも、デタラメな使われ方をしたカネも多かった。とくに問題だったのが、全国の自治体に「コロナ対策なら自由に使っていい」としてバラまかれた、16兆円の「地方創生臨時交付金」だ。「コロナで落ち込んだ地域の活性化のため」「アフターコロナに備えて」など、「コロナ対策」との名目をこじつければ、なんにでも化かすことができたのだ(以下の交付金浪費の実態は、鳥集 徹+特別取材班『コロナ利権の真相』宝島社新書より抜粋した)。
X(ツイッター)では言えない本音
鳥集徹(ジャーナリスト)