… … …(記事全文8,269文字)「犬笛」という言葉を見聞きすることが多くなった。犬笛とはドッグホイッスルとも呼ばれ、文字どおり犬にだけ聞こえる笛のことである。犬は人間の耳には聞こえない高い周波数の音を聞き分けることが可能で、ドッグホイッスルは犬の訓練やしつけに使われる道具として愛用されている。価格も数百円から数千円と様々で、アマゾンなどの通販サイトでも買える。
(注・写真はアマゾンから)
ちなみに「猫笛」というものもある。こちらは犬笛と異なり、吹くと猫の鳴き声に似た音が出るもので人間にも聞こえる。猫笛は訓練やしつけのためのものではなく、猫と遊ぶための玩具のようなものだ。
さて、今回取り上げる「犬笛」はワンちゃんを呼ぶための笛ではない。あくまでも特定の人間を呼ぶための、いわば暗黙の合図のことだ。特定の人間にだけ届くような合図なので、その状況から比喩的に「犬笛」と呼んでいる。この言葉を見聞きするのは、X(旧・ツイッター)やYouTubeといったSNSで犬笛と思われる行為が発生し、それによって犠牲者が出て社会問題になっているからだ。
本来の犬笛が高周波数音を発して犬にしか聞こえないものであるのと同様に、SNSでの犬笛も特定の集団にだけメッセージが伝わるような工夫が施されている。特定の集団へ向けたメッセージは表向きこそ無害かつ曖昧であるため、それ以外の人が見聞きしてもとくに反応はしない。ただし、発信者には耳にした人たちが過激な行動に出ることへの期待がある。
一例を挙げてみよう。多くのファンを持つ評論家や右派層に人気のある政治家が、「◯◯県に住む移民の横暴は許せない」などとXやYouTubeで発言したとする。その言葉に感化された人たちが、わざわざ◯◯県に出向いて移民を排除するための行動を起こす。これが犬笛の典型例だ。
「◯◯県に住む移民の横暴は許せない」という言葉そのものは個人の感想であり、とくに過激な行動を促すものではない。そのため、移民とトラブルを起こした日本人が警察に捕まっても、発信者である評論家や政治家は「私は『横暴は許せない』と書いただけで、扇動する意図などない」などと言い逃れができる。
政治的・言論的な意味での犬笛が厄介なのは、発信者が「私は扇動するつもりも意図もない。私の投稿の意味を読み違えて、勝手にトラブルを起こした人がいただけだ」とトボけることが可能なことだ。発信者は、過激なことを言っていないというポジションを保ちつつ、支持層を扇動する。直接的な行動を起こした人に責任を押しつけ、発信者は高みの見物ができることが犬笛をややこしくしている。犬笛とは発信者が自身の責任を避けながら、意図的に攻撃を誘導する構図を持つ。いわゆるネットリンチもこの構図に当てはまる。
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