… … …(記事全文3,519文字)●母が入院して1カ月
母が入院して早くも1カ月が経過した。入院当初は幻覚が見えたり、辻褄が合わないことを言い出したりする「せん妄」の症状があった。食事には手を付けず、睡眠も不安定で昼夜逆転が生じていた。このため、点滴を続けていた。少しでも何かを口に入れてもらわないと困るとの思いで、スポーツ用ゼリーやコーヒーゼリーなどを差し入れした。
しかし、それらを食べることはなかった。10日ほど経って「茶碗蒸しが食べたい」と自ら言い出した。これを主治医は「大きな進歩だ」としたので、早速茶碗蒸しを持って行った。それは食べたようだが、さすがに毎日食べるはずはなく、「飽きた」と母は言い出した。徐々にお粥を口にするようになったと聞き、梅干しも差し入れた。
●介護保険訪問調査員来院
2週間ほどすると、食事の3分の1は食べるようになったため、点滴は中止された。その頃、市役所から要介護認定申請に伴う訪問調査員が来院した。私も同席したのだが、お決まりの質問がなされ、母、私あるいは看護師が回答した。予め母には「張り切って無理に調査員の要求に応じる必要はないから」と伝えておいた。
しかし、調査員の「ちょっと立ってみてもらえますか」の要求に「無理です」と母が答えたのには驚いた。看護師も「かろうじて杖を使って歩行はできます。近くのトイレには自分で行っていますが、長い距離は困難です」と続けたので、入院により脚の筋力が衰え歩行できないため、退院前にはリハビリが必要ではと懸念していたとおりになってしまったと思い知らされた。退院して自宅でも歩行困難では、私が対処することはできない。また、調査員は認知症よりも歩行困難で車椅子が必要との印象を強く持ったのではと考えられた。
●入れ歯が合わず硬いものが食べられない
食欲も回復してきた。しかし、硬いものが食べられないという。「入院前に保険適用外の高額な入れ歯を作ったばかりなのに」と問うと、「あの入れ歯をすると違和感がある。とにかく重いので、食べたものを飲み込むのが怖くなる。病院内の歯科で新しい入れ歯を作り直してもらいたい」と訴えた。母特有のわがままを言い出したので、回復基調にあると安心はしたものの、せっかく作った入れ歯が役に立たないとは無駄なことをしていると落胆もした。そうは言っても今までどれだけ無駄なことしてきたかを思い浮かべ、看護師に歯科の受診をお願いした。
柔らかいものしか食べないので、「果物は何がいいか」と尋ねると「桃がいい」という。その桃も3回ほど食べて「もういらない」。そこで「他に食べたいものは」には「奈良漬け」と答える。「硬いのでは」には「刻んで食べるから」。「鯖の水煮は食べるか」とこちらから促すと、「うん」と乗り気だったので、缶詰を看護師に届けた。その際、「開缶して食べ切れなかった分は廃棄せざるを得ませんがよろしくお願いします」と伝えた。後で聞いたところ、一度に一缶全て食べたという。病院の栄養士さんに申し訳ないことをしながら、食べ物を喉に詰まらせたり、誤嚥性肺炎を起こしたりしないため、入れ歯ができるまでご容赦をという気持ちで一杯だった。
今でも、「母は双子の妹と他の二人の妹が来た。娘が来た」と支離滅裂なことを言う。「みんな夢だよ」と諭すと「そうか」と自分に言い聞かせるように答える。そんな中、主治医から「1週間に1回、2時間程度の一時帰宅をしよう」との提案があった。日程の調整をしている矢先にとんでもない知らせが飛び込んできた。
蓮池透の正論/曲論
蓮池透(元東京電力原子力エンジニア)