Foomii(フーミー)

蓮池透の正論/曲論

蓮池透(元東京電力原子力エンジニア)

蓮池透

5人の拉致被害者帰国から21年 長引く元凶は

【余談】

 本題に入る前に10月10日朝に発生した、「全国銀行データ通信システム(全銀システム)」の不具合について触れたい。このシステムは、一般社団法人 全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)運営する全国の銀行が銀行間の送金に使うためのものである。


 この影響で11行(三菱UFJ銀行、りそな銀行、埼玉りそな銀行、関西みらい銀行、山口銀行、北九州銀行、三菱UFJ信託銀行、日本カストディ銀行、JPモルガン・チェース銀行、もみじ銀行、商工中金)で他行宛ての振り込みや他行からの振り込みができなくなった。一般の利用者に影響がある障害が起きたのは、1973年のシステム稼働開始以来、初めてのことだという。


 翌11日の午後6時になってようやく全銀ネットが記者説明を行い、約255万件の振り込みに影響があったことを明らかにした。また、7日からの3連休中に全銀システムと各銀行をつなぐ機器(コンピュータ)の更新作業をしており、そこで何らかの障害が発生したとみられること、更新対象は14行で、そのうちの11行で障害が発生、今回の更新は最初のグループだったことも分かった。


 私も三菱UFJ銀行に口座を持っており、影響を受けた者の一人である。12日朝になって復旧はしたものの、三菱UFJ銀行側の対応は酷いものであり、腹が立った。問い合わせの電話はつながらず、繋がっても「原因は」「復旧のメドは」「責任の所在は」「補償は」などの問いについては「申し訳ございません」を繰り返すだけだった。また、「HPで随時お知らせします」の回答もあったが、1日数回更新されるだけで、内容は「不具合発生、原因不明、復旧の目処は立っていません」が「復旧しました」に変わるお粗末さで、態度が顧客の立場にあるとはとても言えなかった。


 私のような少額の取引ではなく、連休明けの五十日で多くの取り引きが行われているのは想定できたはずだ。商売の決済、給料支給日、子ども手当受け取りに利用している人もいた。生活に大きな支障を来す人がいても不思議ではない。これが、大半の給料支給日の25日だったり、年金支給日だったりしたならば、混乱はさらに大きなものとなっていただろう。


 システム機器の更新による不具合については、まだ具体的になっていないが、リストラに伴う人材不足が原因なのか、機器そのものに欠陥があったのか、更新後に試験はしなかったのかなど徹底的な原因究明を行い、厳正な対策を取ることを求めたい。一歩間違えば死活問題になりかねないし、今後残る銀行についても更新作業が控えているからだ。


【本題】

 本題は、10月15日で5人の拉致被害者が帰国して丸21年になることについてである。地元メディアは、同級生がコンサートを開催、曽我ひとみさんらが署名活動、地元紙や新潟県などが主催する「忘れるな拉致 県民集会」の開催など「毎年恒例」の行事を報じている。全国的に盛り上がる気運は見えてこない。


 そこで、本稿では9.17小泉訪朝から、10.15までメディアが報じなかった事実、報じたが注目されなかった、あるいは当事者の手記であることで世の中にあまり知られていない事実も記すとともに、私の所感を交えて当時を検証してみたい。当時の私は、騒動の渦中いる当事者であったため客観的に論じることができなかったこともある。


●田中均氏の水面下交渉

 田中均アジア大洋州局長と北朝鮮ミスターXとの水面下交渉は広く知られている。しかし、当時はブッシュ米大統領が北朝鮮を「悪の枢軸」と名指ししており、9.11同時多発テロも発生していた。普通に考えれば交渉にとって逆風であろうが、田中氏は「北朝鮮が米国に対する脅威を強く抱けば抱くほど、日本への依存度が高くなる」と判断し交渉を継続したと言われる。


 その後、ミスターXは秘密警察である国家安全保衛部の柳敬(リュギョン)副部長だとの報道があったが、田中氏は確信がないとしている。関連して「金正日総書記の側近で外交の総責任者と言われた姜錫柱(カンソクチュ)・第1外務次官が同席したこともありましたが、(ミスターXは)姜氏よりも実態を取り仕切っているという感じがしました」とも田中氏は証言している。


 1年間30回に及ぶ水面下交渉で日朝首脳会談の筋道がついた。田中氏の著書「国家と外交」(田原総一朗と共著、講談社、2005年)によれば「首相訪朝時には金正日総書記が拉致を認めて謝罪し、情報を提供し、生きている人を帰すと約束をするだろうと考えた」とされている。しかし、実際に約束されたのは「首脳会談の際に回答する」ことだけだったことが分かっている。


●交渉の合意

 水面下交渉が合意すると、田中氏は小泉純一郎首相と福田康夫官房長官に報告し承認を得た。2002年8月25、26日、田中氏は初めて訪朝し、馬哲洙(マチョルス)外務省アジア局長との日朝局長会談、そして姜錫柱・第1外務次官との会談を行った。田中氏にとって初の公式会談だった。


 共同発表文では、「国交正常化を早期に開催することの可能性について検討する」「今後1カ月を目処に意見の一致を見るべく努力する」ことが明記された。会見後の記者会見で田中氏はこう語った。

「包括性、時限性、政治的な意思の三つがキーワードだ」

 これは、核・ミサイル・拉致を包括的に解決するために、早期に首脳会談を開催すべきであるという意味である。ちなみに、田中氏は現在においても「包括的解決」を提唱している。


 この結果を受け小泉首相は訪朝を決断し、準備を始めた。やはり、米国側へ伝えなければならなかった。外務省幹部は、アーミテージ国務副長官、ケリー国務次官補、パウエル国務長官と次々に通告したという。ブッシュ大統領へは、小泉首相が電話で直接伝えた。ブッシュ大統領は「あなたがたがやることだ。アメリカがなにも不満を言うことはない」と語ったという。しかし、私はこの報道をにわかに信用することはできない。米国にとってはショッキングなことであり、後の米国の行動を見れば察しが付く。


 この状況から推測できるのは、何のための訪朝であったかだ。少なくとも拉致被害者の救出ではない。拉致問題を排除して、早期の国交正常化を目論むという功名心ではなかったのか。仮にそうだとして、日朝首脳会談のみで国交正常化を成し遂げることができたとは思えない。米国に抗することなどできないことは、火を見るよりも明らかである。日朝首脳会談で道筋をつけ、六者協議につなげ、その後米韓の了解を得て国交正常化を果たす。落としどころはそこだったのでは。田中氏がよく口にする「大きな絵を描いてその中に拉致問題を位置付ける」そのものである。結果は周知のとおりであり、首脳会談後の施策には戦略性を欠いていたと言わざるを得ない。もちろん、拉致問題に関しては皆無だ。

… … …(記事全文5,879文字)
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