ウェブで読む(推奨):https://foomii.com/00200/2022012106000089983 //////////////////////////////////////////////////////////////// 蓮池透の正論/曲論 https://foomii.com/00200 //////////////////////////////////////////////////////////////// 弟が、「一時帰国」してから20年目を迎える。北朝鮮に家族を残したまま、日本に留まることがいかに被害者を悩ませ、困難なことであるかを振り返ってみる。 2002年10月15日、羽田空港に降り立って、最長でも2週間の日本での生活、当初から弟は「俺は朝鮮公民として来た」と言い放っていた。北朝鮮に戻ることは規定路線であり、どうやって翻意させるか、私は大いに頭を悩ませた。正直、もう二度とあんな思いはしたくない。 〇「洗脳」からの解放 アイデンティティ復活の試み 当時、弟は完全に北朝鮮に「洗脳」されており、日本に生まれ育ったというアイデンティティを失っているものと、私は考えていた。弟のもとを訪ねて来る友人、知人たちも、みな北朝鮮に戻るものと考えており、誰もが「戻るな」と言えるはずはなく、まるで腫れ物に触るような姿勢で弟に接していたのを思い出す。 私が、ストレートに「北朝鮮に戻るな」と説得しても事を荒立てるだけだった。そこで失われたアイデンティティを復活させるため、事務的な手続きを済ませることで徐々に布石を打って行こうと考えた。日本のパスポート取得、婚姻届・出生届の提出、失効している運転免許証の再取得である。 弟は、北朝鮮のパスポートらしきものを所持していたが、日本のパスポートを取得しろという私の指示に「二つあれば何かと便利だな」とあっさり応じた。余談だが、北朝鮮のパスポート「らしき」としたのは、出生地が「NIIGATA」となっていたからだ。急ごしらえなのか分からないが、こんなことはあるのだろうか。 婚姻届を提出し受理されたが、子どもたちの出生届については、日本名はどうするのかと不安になった。しかし、北朝鮮にいるころから日本名を考えていたとのことで解消された。ただ、出産した病院の証明書を添付する必要があると言われ、平壌の病院から取り寄せるのは明らかに不可能だった。市役所も事情を理解していることから、「超法規的措置」で受理された。 運転免許証の再取得には、問題があった。「平壌で俺はクルマを持っていないし、運転することもない」と弟は頑なに拒否した。「身分証明書になる」と言うと「パスポートがあれば十分だ」と返された。そこで、地元の警察に相談して、運転免許センターの人から弟を訪ねてもらうことにした。携帯電話でセンターの人と連絡を取りながら、タイミングを計って「今来てください。くれぐれも『警察』という言葉は出さないでください」とお願いした。 「ピンポーン」。弟に「お客様だよ」と伝えると、渋々応対した。私は部屋の外からやり取りを聞いていたが、事前の打ち合わせ通りに話しが進行していた。「実は、あなたの運転免許が当センターのシステム上で『宙ぶらりん』になって困っています」とあり得ない理由を聞く弟。「つきましては、実技は免除しますので、是非学科試験だけ受けて運転免許を再取得していただけないでしょうか」と運転免許センターの人が告げる。実技免除は、私も聞いていなかった。弟は、熟考していたようだが、最後に「分かりました」と伝えた。「やった」私は静かに拍手をした。 母は、努めて日本食を振る舞った。一張羅でサイズの合わないスーツはみっともないと、カジュアルな洋服を買った。また、義妹が眼鏡を買いたいというので、眼鏡店に連れて行った。すると、店主が「お二人は夫婦とお見受けしますが、指輪をしていませんね」とペアリングをプレゼントしてくれたのだ。サプライズに弟夫婦は喜んでいたが、私はお店が日本に留まる後押しをしてくれていると別の喜びを感じた。 また、日本の先進的な家電製品を見せ付けようと、量販店に連れて行った。すると、義妹は充電式懐中電灯と関数電卓を買い求めた。子どもたちへのお土産だという。がっかりしたが、追い打ちをかけるように弟はパソコンを買いたいと言い出した。弟は、北朝鮮から1000ドル(約10万円)の「小遣い」を与えられていたのだが、当時10万円では難しいことを告げると「帰りに東京で中古でも買おう」とつれない返事を口にした。 弟は中学校時代軟式野球部に属しており、それなりの成績を残したのだが、当時のナインが集まり、近所の小学校のグランドを借りて草野球大会を開いてくれた。弟は投手としてスピードのあるボールを投げ、周囲を驚かせた。打者としてもクリーンヒットを放つなど同僚たちから「衰えていないなあ。すごい」と言葉をかけられ嬉しそうにしていた。… … …(記事全文4,772文字)
蓮池透の正論/曲論
蓮池透(元東京電力原子力エンジニア)