… … …(記事全文3,551文字)南海トラフ地震の「注意」が発令された直後に本メルマガ記事を配信し,その第二弾を翌日に配信します…と申していましたが,過疎地なら被災地復興はしないで移住すべきだなる言語道断な提案が財務省(財政審)への批判対応などなどをしている間に,「第二弾」配信が遅れてしまいまい,誠に恐縮です.
……で,その間,当方が文字通り“最も”信用する(主として行動科学の視点からの)「防災の第一級の専門家」と,意見交換をする機会がありました.
当方は彼とのやり取りの中で,次のようなメッセージを配信しました.あくまでもプライベートな私信ですが,当方の率直な思いを認めたものですので,(その送付対象者が分からないように少々加工した上で)ほぼそのままご紹介さし上げたいと思います.
『…それにしても,
「海水浴場閉鎖、花火大会も中止」
https://www.sankei.com/article/20240809-6KS3JRSXHJN2RBYSOK2TPRAPFU/
というニュースを見ると,心が痛みますね…
(JRの運休や減速運用についても同じように思います)
「注意をしながら日常生活を続ける」
というのが,この「注意」の要諦だし,実際政府もそう言ってるのに,こうやって日常を止めてしまうのは,政府の本意ではないですよね…
むしろ,恐怖喚起コミュニケーション理論で議論されている通り,「一応閉鎖したり中止する対応を図ったから,もうなんも考えなくてもいい」となってしまえば,本来なすべき制度の改善やインフラ投資などが滞るという問題も生じてしまいますよね…』
このメッセージの中に出てくる「恐怖喚起コミュニケーション理論」というのは,社会心理学の理論で,リスクに対する人々の行動を考える際のオーソドックスな理論のひとつ.
要するに…
- 1)人々は恐怖を感ずると,その「恐怖を消し去る」事が(潜在意識的に)動機づけられる.(例えば,南トラ地震が怖い,と感ずれば,その恐怖心を無くしたいという心理メカニズムが,潜在意識的に発動される)
- 2)もしその恐怖を感じた直後に,その恐怖の原因を除去する合理的対策が提示されれば,その対策を採用することを通して,その恐怖を消し去ろうとする(例えば,南トラ地震については堤防を作れと政府に要求するとか,避難場所を記憶する等を通して,その恐怖を低減・消滅させようと試みる)
- 3)しかし,合理的な解決策が提示されなければ,その恐怖の対象はウソだとか,たいしたことはないという(不条理な信念を形成する)ことを通して,その恐怖を消し去ろうとする
ということになるわけです.
一般の方々にはこういう心理メカニズムの存在はあまり知られていないかと思いますが,我々防災についての心理学研究を行っているものにとっては,それは常識中の常識の理論です.
…で当方はこれを引用しつつ『恐怖喚起コミュニケーション理論で議論されている通り,「一応閉鎖したり中止する対応を図ったから,もうなんも考えなくてもいい」となってしまえば,本来なすべき制度の改善やインフラ投資などが滞るという問題も生じてしまいますよね』と述べたという次第.
要するに,今世間の人々は,南トラの「注意」が出てるわけですが,それによって「恐怖」を感じているわけです.で,その「恐怖」を消し去るために,何をしたらいいかと浮き足立っている状況にあり,やれ,海水浴閉鎖だ,やれ新幹線減速だ,やれ特急運休だとかをやってるわけです.
これは防災工学的に考えれば何の意味も無い対策です.
海水浴を続けていても,地震が起こればスグに逃げれば健常者である限りほとんど全ての海水浴で逃げ出すことが可能です.
しかも,新幹線減速や特急運休が「この一週間だけの一時的な対応」である限り,その有効性はほとんど有りません.なぜならこの「一週間」以外の期間に発生する確率は,この一週間以内に発生する確率の(当方の簡単な試算によれば)140倍(!)もあるからです!(真面目に運休や減速で南トラ対策したいのなら,南トラがクルマでずっと運休や減速を続けなきゃいかん,ということになります.海水浴の閉鎖も同様です)
しかしながら,誠に愚かな話ですが,これらは全て「心理学的」には,極めて意味のある「愚挙」なのです.なぜなら,「注意」によって喚起された「恐怖」を,「除去」する効果を持つからです.
ただし,そうやって恐怖が除去されてしまえば,本来なすべき,防災インフラ投資や防災システムの構築に向けた議論が停滞してしまうことになり,かえって,南トラが起こった時の被害を超絶に拡大させてしまうことになってしまいます.
…ということを危惧し,それを,当方の友人に,「これはマズいですよね…」とお伝えしたという次第です.
さて,こうした当方の私信に対して,当方の友人はまず,「まったく同感だ」と全面的に賛同戴きました.
ついては,当方はさらに,次のようなメッセージをお伝えしました.
『コロナの専門家達は保身動機で過剰にコロナの危険性を煽り続けましたが,リスクコミュニケーションの歴史が長い防災分野では,ああいう愚かなことがないように,しっかりと注意していく必要があると…改めて感じました.』
この当方のメッセージに対しての返答は…
藤井聡・クライテリオン編集長日記 ~日常風景から語る政治・経済・社会・文化論~
藤井聡(京都大学教授・表現者クライテリオン編集長)