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世に倦む日日

田中宏和(ブログ「世に倦む日日」執筆者)

田中宏和

『君たちはどう生きるか』の感想が賛否両極に割れる理由と背景 - 社会の変容と崩壊と喪失

7/21、『君たちはどう生きるか』の二回目の鑑賞に行った。新作を観に映画館に二度も足を運ぶのは数十年ぶりのことだ。初回にはない新しい発見と感動があった。それは次に書きたい。まず焦点を当てたいのは、事前の広告宣伝を一切しなかった意味とその影響についてである。ネット上で様々な議論がされているが、あらためて想起するのは、資本による意識の収奪というマルクス的な問題系だ。辺見庸がどこかで本質的な考察を書いていて、資本は人間の意識を奪い、脳を改造して資本の奴隷にする、というような議論を述べていた。要するに、最近の新作映画の鑑賞は、市場の消費であり、その消費行動は、映画の宣伝コピーの確認とか、コピーのメッセージへの共感とか、そうした消費者の飼い犬的な反応をツイッターに書いたり、レビューサイトに書き込む行為で完結しているということだ。 宣伝によって作品の先入観が予め入っていて、鑑賞者がそれを無前提に肯定している。資本側(配給側)が与える餌をブロイラーががつがつ喰うように、チケットを購入して消費の時間を過ごし、コピーによって与えられた「感動」の追認をネットに書き込む。旅行グルメ雑誌(メディア)が宣伝する、全国の「名店カフェ」のスィーツを愉しみ、写真をインスタに上げて雑誌の宣伝トークをエンドースするのと同じように、消費行動を完結させて「満足」を得る。消費の最後の段階にネットへの投稿がある。資本側が望むところの、市場の優等生消費者の役割を演じ、資本を歓ばせる。資本がこういう反応をして欲しいと要請する消費行動を自ら積極的に行い、資本と一体化することで快楽を感じる。映画鑑賞も同じなのだ。そのことを、今回のジブリの「宣伝なし」の実験は暴露し、われわれに覚醒させた。 今回、何も予告情報を与えられてないから、作品に接して自分の頭で主題を探らないといけない。意味を考え、コメントの言葉を見つけないといけない。従来の、商品提供側のマニュアルに従った消費ができない。映画鑑賞を無主体的な消費ルーティンとして行ってきた者たちは、不具合と苦痛に襲われたに違いない。『君たちはどう生きるか』の評価が二つの両極に割れ、この作品に悪罵や不快感を投げつけられる現象の内実は、こうした事態に遭遇した者たちの混乱の結果だろう。拠るべき固定概念(=共通認識)を与えてもらえず、イージーな映画消費ができず、いわばモーターエンジンなしの小舟を手漕ぎで目的地まで進めなくてはいけない境遇に追いやられ、この体験に拒絶反応を示している部分が少なくないのだ。今回、ジブリは、映画の資本主義的な消費スタイルを原理的に否定する実験に挑戦したのである。 換言すれば、それは鑑賞する個々を資本の奴隷たるブロイラーの身から解放する試みである。自分の頭で考えて所感を持てと要請していて、消費ではない映画鑑賞をせよと指導している。ジブリ側の意図と動機はこのように看て取ることができるだろう。が、もう一点、私には個人的に思うところがある。「コクリコ坂」か「アリエッティ」か忘れたが、その公開前、NHKが宮崎駿に密着取材したドキュメンタリーの放送があった。当時の宮崎駿とジブリは人気絶頂で、そのNHKの番組も多くの視聴者が殺到して評判がよかった。私はそれを批判した。NHKが国民から受信料を取って、一つの会社の映画を特別に前宣伝している。同時公開する他社作品に対する営業妨害ではないかと、そう非難した。なぜNHKがジブリだけを特別扱いして、観客動員の手助けをするのかと。異端の意見ながら正論だったと私は思う。
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