■中国の政治を論じた前々回の記事で、中国の政体である人民民主主義制について、基本的に西洋政治思想史の嫡流の一つに位置づけられるものだと書いた。中国の政体は現在の世界ではかなり特殊で例外的な仕様であり、ベトナムやキューバなどごく一部の国でしか採用されていない。そうした異端的な政体を基礎づける思想に対して、果たして「嫡流」という性格を与える整理が正しいのかどうか、少し不安な気分になった。念頭にあるのは、①プラトンの「哲人政治」であり、②ルソーの「立法者」であり、③ロベスピエールの「最高存在」であり、④パリコミューンの経験を経てのマルクスの「プロレタリア独裁」へ至る一本の線であり、理想的な国家権力を構想し措定する政治思想の流れである。 この系譜は、いわゆるリベラルデモクラシーの思想軸とは明らかに一線を画するものだ。敢えて図式化すれば、対立し交錯する(英米系と大陸系の)二本の流れとして範疇仕分けすることもできそうに見える。だが、この見方が本当に根拠があり学問的に妥当なのかどうか、やや強引で粗削りな表象かもしれないと心配になり、アメリカではプラトンの「哲人政治」をどう認識し意味づけているのだろうと興味を持った。マルクスの源流という位置づけと了解はあるのだろうか。その場合、プラトンの思想的評価はどうなっているのだろうと気になった。そこでネットで調べ始めたら、実に驚くべき結果に直面したので、興奮を覚えながら報告する次第である。アメリカの大学では、プラトンとマルクスを徹底的に教育しているのだ。紹介しよう。 ■納富信富 最初に見つけたのは納富信富のテキストである。元国際プラトン学会の会長。東大。田中美知太郎の孫弟子だろうか。現在のプラトン研究の権威だが、57歳と年齢は若い。プラトンの『国家』を概説するサイトでこう述べている。 2001年にイギリスの新聞「ガーディアン」では、哲学の専門家を中心に大々的な調査を行い、これまで書かれた哲学書の中で何が一番重要かという、いわば人気投票を行いました。その結果、1位がこのプラトンの『ポリテイア』(The Republic)という本でした。少し前のデータですが、イギリスを中心とするヨーロッパの学者の方々がこれまでに書かれた哲学書の中で最も重要な著作と認定したということです。… … …(記事全文4,969文字)