□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2015年11月14日第932号 ■ ============================================================ 台湾は歴史問題について寛容だと思い込む傲慢さ ============================================================= 中国と台湾の歴史的関係について、きょう11月14日の毎日新聞「昭和史のかたち」で、昭和史の聞き語りの第一人者の保阪正康氏が貴重な事を書いている。 すなわち、彼が1992年ごろに台北を訪れ、当時の台湾政府の要人たちが保阪氏にどう語っていたか、そのいくつかを、中台首脳の66年ぶりの歴史的会談の機会に紹介しているのだ。 そのひとつに、陳立夫と鄧小平のエピソードがある。 すなわち鄧小平が中国の最高指導者であった時、ひそかに陳立夫(台湾政府顧問(台湾政府首脳のひとり)に「直行便を飛ばすから北京に来ないか。昔のよしみがあるから統一の話をしよう」との伝言を寄せたことがあったという。 これに対し陳立夫は、我々の戦いには多くの犠牲者が出た、それを思うとこの世では会わないことにしようと回答したと言う。 このエピソードを聞いて、私はかつて韓国の教授と話した時の事を思いだした。 西独は冷戦直後にドイツ統一に率先して動き、実現した。同じ民族が冷戦というイデオロギー対立で分裂させられたのだから、冷戦が終わて統一に動くのは当然のように思える。韓国の場合はなぜドイツの様な動きにならないのか。ましてや家族まで南北に引き離されたというのに。 こう問い詰めた私に、その教授は口ごもりながら、血を流して戦った関係はそう簡単にもとにはもどれない、と語った。 なぜ台湾と中国の統一がこれほどまでに大きな政治問題であり続けるか、わかるような気がする。 しかし、私が保阪氏の「昭和のかたち」で知ったのは、そのことだけではない。 保阪氏が92歳の陳立夫氏に1992年5月に会って、「あなたは中国国民党と30年代の日本をどのようにみていたか」と聞いた時、陳立夫氏は次のように語ったという。 「あのころの日本軍は傲慢そのもので、私の見るところ東アジアの文化をまったく理解していなかった。武力に頼る西洋文化に価値を置いて、徳を積む東アジアの文化を理解していなかった」と。 また戸籍上は蒋介石の次男であるが日本人の血が入っているとされる蒋緯国(三軍大学学長)が日本軍を語る時の目は冷徹であり、哲学なき軍隊の進む道をやみくもに進んだだけだと語ったという話を保阪氏は書いている。 孫文の孫・孫治平(実業家)は保阪氏に対し、「あの時代の日本の侵略については恨の一字です。今も私は怒っている」と低い声でつぶやたという。 私が言いたい事は次のことだ。 桜井よしこをはじめとする対中国強硬論者たちは、中国と対立する台湾を、あたかも、敵の敵は味方といわんばかりに親日的だと決めつけて台湾びいきだ。 しかし、それは歴史を直視しない独りよがりだ。 そんな連中に取りかこまれて中国警戒論を煽り立てる安倍首相は、歴史を顧みない、あまりにも無学、浅薄、傲慢な首相であるということである(了) ──────────────────────────────── 購読・配信・課金などのお問合せやトラブルは、 メルマガ配信会社フーミー info@foomii.com までご連絡ください。 ──────────────────────────────── 編集・発行:天木直人 登録/配信中止はこちら:https://foomii.com/mypage/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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