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天木直人のメールマガジン ― 反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説

天木直人(元外交官・作家)

天木直人

 読者の皆様へ 緊急提言の発出について
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 私は震災復興についての私なりの提案を「もう一つの日本を つくるー東北ルネッサンス構想」と題して世に問おうと思って いました。  しかし事態はそのような悠長な事をしている状況ではなくなり つつあります。緊急に誰かが行動を起こさなければならないと いう焦りを感じるようになりました。  その理由は二つあります。一つは菅民主党政権がついに被災地 住民の強制避難に踏み切った事です。放射線放出を抑え込むことが 出来ないまま住民に故郷を捨てろと命令する。これ以上ない権力 犯罪です。泣き寝入りするしかない被災民をなぜ日本の国民は見捨 てて平然としていられるのか。なぜ放射線流出を直ちに止めて被災 民が故郷にとどまれるように国民は政府に詰め寄らないのか。 メディアは菅民主党政権の責任を問わないのか。運命に従順な国民 であると海外から褒められているなどというのは嘘です。従順は 隷従なのだ、と世界は日本国民をあきれ、憐れんでいるのです。  もう一つは米誌タイムが4月21日、恒例の「世界で最も影響力 のある100人」の一人に福島県南相馬市の桜井勝延市長を選んだ 事を知ったからです。「食糧、ガソリンが不足し、市民は兵糧攻め の状況に置かれている」、「政府や東京電力からの情報が不足して いる」、と世界に訴えたことは素晴らしい。その南相馬市長の訴えに 共鳴した米誌タイムが桜井市長を100人の一人に選んだ事はよか った。それを聞いた南相馬市長が、選ばれたのは南相馬市民だと 応えたのも素晴らしかった。しかしタイム誌は選んだ理由に、日本の ような進んだ国がどうして国民をこのような状況に置かなければな らなかったのか、なぜ国民を救えないのか、と述べています。この 上ない日本政府批判です。  そしてそれはその通りなのです。かつて米占領軍が日本に進駐して 最初に発した言葉の一つが、「子供をここまで虐待する日本人と は何者か」、という言葉であったと伝えられています。荒れ果てた 戦後の日本にボロ着をまとった裸足の子供たちが放置されているの を見た米兵の感想です。  あの時の驚きは、世界有数の経済大国、技術大国になった日本の 政府がなぜ被災地住民を救えないで平然としていられるのか、という 驚きにそのまま通じます。これ以上不名誉なことはない。これ以上 悲しいことはない。これ以上腹立たしいことはないのです。  いまこそ被災住民は立ち上がる時ではないか。原発事故で破壊され た自分たちの生活は自分たちで取り返す。その権利を、何一つ救えな かった政府に要求する、そして国民がそのような被災地の叫びに共鳴し、 応援する。  いまほどそれが求められている時はない。その思いに駆られて、私の 「もう一つの日本」構想を緊急メッセージとして配信する事にしました。  その原稿を以下に配信させていただきます。読者の意見をお聞かせ 下さい。その意見を取り入れて、より多くの国民に訴求できるメッセ ージとして何らかの形で早急に公表したいと思っています。              記  被災地から日本に平和革命を起す    -「もう一つの日本」を被災地から立ち上げて世界に示そう      はじめに  今度の大震災は第二の敗戦と言われるほど大きな試練を日本に 突きつける事になった。そしてこの試練を克服するには、もはや これまでの発想を転換して根本的な対策を講じなければならない という意見は有識者の間でも日増しに高まっている。  しかし、問題は果たして今の政治にそのような対策が迅速かつ有効 に打ち出せるのかということである。答えはもちろん「否」である。  今度の大震災の最も深刻な問題は原発事故である。そしてこの 事故を通じて明らかになったのは、自民党政権下で進められた原発 政策の矛盾であり、政権交代を果たした民主党政権もまたその原発 政策を根本的に見直そうとはしない、できない、という事だ。  それどころかこの原稿を書いている4月中旬においてもなお、政府 は放射線の流出を抑える事すらできない。  いたずらに時間が過ぎる一方で原発被災地や被災者の救済は放置 されたままだ。つまり今度の原発事故で明らかになったことは、 これまでこの国を支配してきた権力構造では国民は救えないという ことである。  そうであるならば、これまでの権力構造を超えた枠組みで復興を 始めるしかない。それは単に被災者の要望を取り入れて今の支配者 たちがそれを行うという事ではない。被災を受けた住民に予算と 権限を一部なりとも移譲して、彼らの責任と権限で行なう事を認め なければならない。  たとえ一部であっても国家権力が独占していた権限を移譲する事 は革命である。権力者がその権力を手放すなどということはありえない。  しかし今は未曾有の非常事態だ。しかも原発事故は人災だ。原子 力発電を国策として進めてきたこの国の支配者たちが、その原発 事故を解決できず、原発被災者を救うことができない以上、被災者 が自らの手で自らの土地と生活を守らせてくれと要求したら誰も それを拒否する権利はない。  権力構造を変えるチャンスは今をおいて、後にも先にもない。 いまこそ「もう一つの日本」を、これまでの権力構造の埒外に あった人々の手でつくる時だ。それを政府に認めさせ、成功させて、 全国の国民に「我々でも出来る」という証拠を見せることができれば、 その時こそ、これまでの支配体制が音を立てて崩れる時である。  あたかも中東では米国の支配下にあった独裁政権を倒す民衆革命が 広がりつつある。それに呼応するかのように、日本においても対米 従属に終始してきた戦後の支配体制から決別し、真の民主革命を 起こす時である。  この書の目的は、そのような試みを世の中に提案し、それを実現 する地方の首長よ、いまこそ出でよ、それに協力できる在野の有識者 よ立ち上がれ!と呼びかけることである。  2. 「もう一つの日本」を必要とする内外の状況  なぜ「もう一つの日本」をつくらなければならないのか。その 理由を以下に具体的に書いてみる。 (1)震災が起きる前に既に行き詰まっていた日本  今度の大災害によって日本は有無を言わさず深刻な事態と向き合 わねばならなくなった。しかし、実は日本は大震災が起きる前から すでに深刻な状況にあったのだ。大震災をきっかけに、いよいよ この国は根本的な発想の転換をしなければ立ち上がれないと皆が 言い出している。  しかし、実は、すでに大震災の前から、抜本的な政治や政策に 踏み出さないと日本はどうにもならなかったのだ。大震災という ピンチは、実は日本改革をいやでも行なわなければならない チャンスである。そういう認識が重要なのである。  その事を証明する一つの例を指摘したい。大震災が起きた3月 11日の一日前に、月刊誌文芸春秋の4月号が発売されている。 そしてその文芸春秋には超大型特別企画として「これが私たちが 望んだ日本なのか」という特集号が掲載されていた。そこに登場 した125人の「日本の叡知」と称して文芸春秋が選んだ人々は 立場も思想も多様だ。しかしそのほとんどすべての人たちがそこで 述べている事は、「このままでは日本は立ち行かなくなる」という 深刻な認識である。  立場を超えてそこで指摘されているのは、もちろん諸問題に有効 な手が打てないままに政争に明け暮れた民主党政権批判である。 しかし、だからと言って自民党政権に戻ればいいと考える識者は 少ない。なぜならばそれらの問題の多くは、2009年の政権交代 前までこの国を担ってきた自民党政権と官僚支配の行政によって 積み重ねられてきたものであるからだ。  そして「125人の叡知」たちは、さまざまな立場から今後の 対策や日本の将来に対する思いを語っているが、誰一人として 自信をもってこの国の将来を語っていない。そのかわり彼らが一様 に言っているのは、このままでは日本の将来は危ういという事だ。  文芸春秋が発売されたのが大震災の直前の3月10日であるから、 そこに書かれた各人の所見はもちろん大震災など夢にも思わなか った時に書かれたものである。それでいて、ここまでの悲観論が 日本を覆っていたのである。 (2)なぜ日本は行き詰ったのか  なぜ日本は行き詰まったのか。それは戦後一貫してこの国を支配 してきた自民党政治が、冷戦の終了とともにその役割を終えていた からだ。共産主義から自由主義経済を守るという必要性がなくなり、 むしろ自由主義経済のひずみを克服し、国民生活の向上を図るあらた な政策を追求していかなければならなかった。ところがそれが出来 ないままに自民党はいたずらに政局を重ねて政権政党の延命を 続けてきた。  そこへ登場したのが「自民党をぶっ壊す」という科白をひっさげ た小泉純一郎という政治家であった。その姿は自民党に閉塞感を 感じていた国民の心を捉えた。しかし、彼が5年半もの長きに わたってこの国を導いた結果は、類を見ない対米従属と偽物の 改革であった。その結果、官僚支配が温存され国民のための真の 改革が出来なかった。その一方で、効率至上主義の競争社会とその 結果としての格差社会が急激に日本を覆うことになった。財政赤字 削減という大義名分の蔭で国民生活のための予算削減が進んで行った。 景気回復がままならないまま、若者の将来が見通しの立たないもの になり、高齢化社会に向かう世代の生活不安がいや増して行った。 その閉塞感がもはやごまかすことの出来ない状況になった末の 政権交代であったのだ。 (3)国民の期待を裏切った民主党政権とかつてない閉塞感  このように、政権交代は、行き詰まった自民党政権と、自民党 政権の下でこの国を事実上支配してきた官僚支配に対する国民の 反発によってもたらされたものだった。決して民主党が国民に 積極的に選ばれて政権をとった形の政権交代ではなかった。  そこを勘違いして舞い上がった民主党政権は、出だしこそ 「革命政権」と自画自賛した鳩山民主党政権が国民の期待を一時的 に高めたが、間もなく政治資金問題と日米関係のつまずきで失墜した。  しかし、国民にとってより不幸だったのは、鳩山首相を引き継い だ菅直人とそれを裏から支えた仙谷由人という民主党の主要政治家が、 鳩山首相を反面教師としてものの見事に米国と官僚に迎合したことで ある。ここに至って政権交代の意義が完全に否定された。国民の失望 と怒りが、「もはやどの様な政権が出来ても日本を変えることは出来 ない」、という、かつてないほど大きい政治不信につながっていった のである。 (4)  なぜ小沢問題が騒がれるのか  政権交代が起きて間もなくして、いわゆる小沢一郎氏の「政治と金」 の問題が表面化した。いわゆる小沢問題である。  小沢問題の異様なところは、多くの政治家に見られる「政治と金」 の問題が、小沢一郎に限って殊更に騒がれ、その結果小沢に対する 世論の拒否感が煽られたことである。  そして更に特異なところは、メディアがこぞって小沢たたきに走り、 政治資金報告書の記載間違いであるにもかかわらず、あたかも贈収賄 があったかのように報じ続けたことである。  しかも検察が二度にわたって不起訴の決定を下したにもかかわらず、 正体不明の検察審査会という世論の代表者たちによって強制起訴され、 被告人にさせられてしまったことだ。  おりしも小沢一郎は民主党が政権交代を果たすことができた最大 の功労者であり、民主党の最大の実力者であった。その小沢一郎が、 米国と官僚と大手メディアというこの国の支配勢力に対して挑戦的 な言動を繰り返していた。その矢先の小沢問題の表面化である。  しかも、政権交代を果たすまでは鳩山、小沢と結束を保って政権 交代を実現した菅直人という民主党の主要政治家が、総理になった とたん、一変して小沢切りに走った。総理になったとたん自民党 以上に対米従属の姿勢を取り、官僚との関係の修復に走った。  このような菅直人の豹変の裏に、小沢一郎は米国とそれに追従 するこの国の官僚や大手メディアに排除されたのではないか、と いう疑念を国民は抱いたのである。  真実はもちろん誰にもわからない。しかし真実がどこにあろうとも、 重要な事は、国民がそういう疑念を抱いたということである。総理の ポストに最も近い有力政治家でさえ、この国の支配者である米国と その追従者である官僚、メディア、大企業の利益に反する政策を 唱えようとすれば、たちどころに潰される、そういう思いを、多く の国民は抱いてしまったのだ。  この国の支配体制の犠牲になって泣き寝入りしてきた国民は多い。 その国民が小沢一郎に自らの境遇を重ね合わせ、この国の支配体制 の不正義を正すことを小沢一郎に期待したのだ。小沢問題とは、 いまやこの国の国民が、あくまでも戦後の支配体制による支配の継続 を肯定する国民と、支配体制の犠牲者であるがゆえに権力構造を 変えたいと願う国民との間に分裂、対立させられた問題でもあるの である。 (5) 原発事故があぶりだしたこの国の戦後の支配体制の病理  原発事故があぶりだしたのは、この国の支配者たちが如何に 原子力発電という事業を通じて反国民的な権力犯罪を繰り返して きたかという事だ。しかし、より重要なことは、この権力犯罪は、 原子力発電事業にとどまらないという事である。  およそあらゆる国策の分野において、この国の政治家、官僚、 業界、御用学者や有識者、大手メディアは、国民のためではなく、 自分達のために結託して利権を分かちあって来た。そしてその 背後には常に日本を占領し続けてきた米国の存在がある。この事 は部内関係者や、権力の犠牲になってきた者は知っているが、 大多数の善良な国民は気づかない。  しかし今度の原発事故を通じて国民は気づき始めた。だからこそ この国の支配者側に立つ者たちは必至になってその拡がりを阻止 しようとしているのだ。この国のメディアが急速にジャーナリズム 精神を捨て、いまや完全に権力者達の代弁者のように振舞っている 理由も、彼らが国民を裏切ってきた事が明るみになることを恐れる からである。  権力犯罪を隠すための巧妙な情報操作が繰り返され、権力犯罪 を告発する者や言説が弾圧、封印され、あるいは買収され、あるい は抹殺される。それはあらゆる分野に広く、深く及んでいる。 (6)この国の指導者たちの無能、無策を喝破した永野護の 「敗戦真相記」  今度の原発事故でわかった事の一つは、この国の原発政策を推進 してきた支配者たちが、原発について何も知らなかったという現実 である。原発事故の関する度重なる記者会見を思い出せばいい。 そこでは何も語られなかった。わからないという言葉が繰り返された。 原発事故の現状について真実が明らかにされないままだった。 メディアに出てくるどの専門家も我々が知りたいことは何も言わ なかった。言えなかった。  それはもちろん情報を隠すという側面もあっただろう。しかし明ら かに彼らは知らなかった。説明できなかったのだ。それでいて恥ずか しいとも思わず、責任を感じる風でもない。そこにはこの国の支配者 たちに共通の姿がある。それは権力に守られ、権力に胡坐をかいて 怠惰に堕している姿である。問題はそれが許され、そのような者たち がこの国の重要な政策を決定しているという現実である。  そしてそれは何も今に始まったことではない。日本国民を不幸の どん底に陥れた太平洋戦争の責任者たち。すでにその当時から、この 国の指導者は無能、無責任、縄張り争いに終始していたのである。  永野護著の「敗戦真相記」(バジリコ社)という書がある。これは 敗戦直後の1945年9月に当時衆院議員の永野護が広島で行なった 講演録をまとめたものである。日本の指導者の無能、権限争いのため に、日本は敗れるべくして敗れたと喝破した永野護の指摘はまさしく 今の日本の指導者にもそのまま当てはまるのである。彼が「敗戦真相 記」の中で教えてくれたエピソードは象徴的だ。彼は米進駐軍が やってきて日本復興について日本の官庁と交渉したとき、日本の 官吏が幹部であればあるほど物事を知らないことに愕然としたという エピソードを次のように書いている。  「・・・アメリカでは上役ということは、それだけ下役よりも 担任の仕事に通暁していた証拠で、ある局に行って、一番ものを 知っている人といえば、局長だということが当然の常識なのですが、 わが国の官庁においては、まさにその正反対である。日本の局長は ほとんど何も知らない。課長はぼんやり知っている。事務官は あらかた知っているけれども、細かい事は属僚に聞かなければ わからないという状態で、地位が上になるほど勉強していない。 大臣に至っては、むしろ仕事を知らざるをもって、得意とするが ごとき現象すらある。これにはさすがの進駐軍も唖然としたらしい ・・・」(108ページ)。  日本の指導者達は張子の虎である。彼らを守っているものは、 その地位と権力だけである。だから彼らは地位に執着するのだ。 人事にこだわるのだ。保身に走るのである。   (7)イラク戦争を検証できない日本  この国の指導者たちの無責任さは、私が外務省を追われる事に なったあのイラク戦争の政策決定の過程を見ればわかる。日本 だけがいつまでたってもそれを検証できない、しようとしない ことを事をみればわかる。  なぜ私が米国のイラク攻撃に反対したか。それはもちろん米国 のイラク攻撃が不正義なものであったからだ。イスラエルと パレスチナの紛争を放置したままイラクを攻撃する事は、単に 不正義なだけではなく、中東を混乱させることは必至だった。 加えて米国はサダムフセインを追放する事は出来てもイラクを 安定化させることは出来ない事は明瞭だった。米国のイラク攻撃 は最悪の場合は中東全域を混乱させることになる  これは何も私の独りよがりの意見ではない。私の最後のポスト となったレバノンでは識者はみな口々にそう言っていた。それを 私は外務省に送り続けた。しかし東京の外務官僚たちはそれを正し くこの国の指導者に伝えなかった。都合の悪い情報は伝えないのだ。 聞きたくない情報は耳を閉じるのだ。  中東問題には関心も知見もなかった小泉首相は、「米国に従う しかない」と言って支持した。どうせ米国を支持するなら迷う事無く、 どの国よりも真っ先に支持して米国に恩を売れば良い」、といった 程度の判断で米国の攻撃を支持したことが、後に報じられた。閣僚 会議も開かず、当時の石破防衛相も、小泉首相がイラク攻撃を支持 する事を知らなかったと後日認めたほどである。  本来ならばこのような重要な決定については後になって検証作業 が行われなければならない。しかし、自民党政権はもとより政権交代 した民主党政権もそれを行なおうとはしない。米国や英国でさえ 当時の大統領や首相、閣僚に証言を求めて検証したというのに、 である。ここに日本の指導者たちの無責任さを見る。  確かにイラク戦争検証議員連盟なるものが日本にも2010年の 12月に出来た。しかしその議員連盟の会長である斉藤つよし議員 は今、民主党の国対委員長代理として対米従属の菅民主党政権を 支えることで多忙だ。イラク戦争を検証することは米国政府を批判 する事につながる。対米従属の菅首相にそれができる筈は無い。その 菅首相を支える斉藤議員に検証ができるはずはないのである。 (8)日米同盟と原発問題は共通している  外務省を離れた私は、わが国の近現代史をもう一度学び、日本 の安全保障政策について考えた。その結果憲法9条の重要性を改めて 認識し、強固な平和主義者になった。米国との軍事同盟を続けている 限り平和国家の日本を取り戻すことは出来ないと気づいた。そして その事を講演や著書などを通じて世の中に訴え続けた。  ところがそのような活動を続けていくうちに身をもって知った事は、 日米同盟反対を唱えるとたちまち異端視扱いをされ、あるいは左翼 の烙印を押され、日本の支配体制から弾き出されるという現実である。 それを恐れるあまり、誰も、内心を隠して日米同盟反対を口にしない。 本当はこれではいけない、と思っているのにである。  そしてこの事は、原発反対を唱える場合とまったく同じだ。 私は、外務省を去って強固な平和主義者になったのと同様に、 今度の原発事故をきっかけに強固な原発反対者となった。核物質の 非人間性に気づき、反核主義者となった。ところが原発反対を唱え るようになって気づいたことは、それを唱える事は特殊な人たちの することと決め付けられ、排除されるということだ。日米同盟に しても原子力発電にしても、真実を知れば知るほど、それが日本国民 にとって決して為にならないことがわかるはずなのに、原発反対を 口にすることはこれまではタブーだった。 (9)原発・正力・CIA  原発と日米同盟の共通性は他にもある。その一つは米国の意向が 強く働いているということだ。 この点に関してどうしても紹介しておかなければならない著書が ある。それは有馬哲夫早稲田大学教授(メディア論)著の「原発・ 正力・CIAー機密文書で読む昭和裏面史」(新潮新書)という 著書である。その著書は、読売新聞の中興の祖といわれた正力 松太郎元読売新聞社主が、原子力に好意的な親米世論を形成する ための「工作」をCIAの手先となって行なっていたという驚愕 の事実を米国の機密文書に基づいて明らかにした書である。  おりしも1954年という年はアメリカが南太平洋のビキニ 環礁でおこなった水爆実験によって日本のマグロ漁船第五福竜丸 が被曝し、乗組員が犠牲になった年だ。これをきっかけに日本全国 に原水爆反対平和運動が巻き起こり、それが戦後最大の反米運動に 発展し米国を震撼させた。そこで米国は読売新聞社主であり日本 テレビ社長でもあった正力をCIAを通じて接触し、原子力の平和 利用を日本に導入させるべく対日世論工作を行なったのである。 総理への野望を抱いた正力は、その事に協力する事と引き換えに 米国と取引しようとしたという。 原発と日米安保(同盟)に共通するもの、それはこの国の政府、 官僚、メディア、財界といった支配者たちが自らの保身や利権の ために国民よりも米国の利益を優先するという倒錯した現実 なのである。 (10) 中野剛志の「TPP亡国論」は国民必読の書である       実は、米国の意向にそってこの国の国策が進んでいるという 事実は他にも数多くある。小泉首相の下で進められた郵政民営化を はじめとしたいわゆる構造改革なるものが、実は米国が日本に突き つけた年次改革要望書に従ったものであったことはもはや周知の 事実である。  そしてその最近の典型的な例が、菅首相が突如として唱えるよう になったいわゆるTPP(環太平洋経済連携協定)である。この事 を見事に解説した本が出版された。中野剛志著の「TPP亡国論」 (集英社新書)という本がそれである。今度の大震災ですっかり 忘れ去られた感のあるTPPであるが、つい最近までは荒れ狂った ようにTPP推進論がメディアにあふれていた。そんな中でTPP は米国の意を汲んだ官僚や御用学者、メディアが煽り立てたものだ、 政権にしがみつきたい菅首相が突如として「TPPは平成の開国だ」、 などと対米迎合した結果だ、と主張していたのが中野剛志氏で あった。経済産業省の課長補佐から京都大学へ出向中のキャリア 官僚が書いたこの本は、TPP推進論の誤りを国際貿易・金融の 観点から、実に明快かつ網羅的に解説している。  しかし私が中野氏の著書を絶賛する理由は他にもある。 中野氏は、谷内正太郎元外務事務次官(現早稲田大学客員教授) が雑誌「ウェッジ」(2011年1月号)へ寄稿した論説を引用し、 谷内氏の「TPP参加は日米安保の観点からも重要だ」とする 主張を、根拠なき対米コンプレックスと切り捨てている(222 ―236頁)。実に的確な指摘だ。  元同期生で、同じ時期をともに米国研修で過ごした私は、谷内 元外務事務次官が米国に対する鬱屈した感情を持っていることを 知っている。無理をして「日米同盟は重要だ」と唱えている事を 知っている。それを若い世代の経済官僚が見事に見抜いたのだ。 そして、谷内氏は旧い世代、時代遅れの世代であると言わんばかりに、 自分たちは米国に対する反感もなければ崇拝もない、ましてや 鬱屈した感情などまったく持ち合わせていない、TPP推進は間違い だから間違いだと言っているに過ぎないのだ、と言っているのだ。  極めつけはこの本の「はじめに」で書かれている中野の次の言葉だ。  「この本を出すにあたって、私は何とも言えない漠然とした 不安を感じています。と言っても、私個人の身に何か危険が及ぶ とか、そういった類の不安感とは違います・・・(私を不安にして いるのは)わが国における議論や物事の進み方の異様さです。  一番怖いのは・・・政治家、財界人、有識者あるいはマス・メディア が、ほぼすべてTPPへの参加に賛成しているにもかかわらず、 その根拠があまりにも弱く、その論理があまりにも乱れていると いう点です・・・  私は、TPPへの参加に賛成する議論を追っているうちに、ある 共通する特徴に気づきました。それはどの議論も・・・あるコード が出ると、それに反応してブレーカーが自動的に落ちて、思考回路 を遮断してしまうような感じです・・・」  「TPP」という言葉を「日米同盟」と替えて見るがいい。 「TPP]という言葉を「原発」と替えて見るがいい。「TPP」 と言う言葉を「郵政民営化」と替えて見るがいい。「TPP]と いう言葉は、この国の支配体制側が守ろうとし、あるいは推進しよ うとするあらゆる国策に置き換えられるのである。                            (11)米国の手先であり続けたこの国の官僚  米国が日本の占領政策で温存した一つがこの国の官僚組織で あった。そしてその官僚組織は、官僚支配と言う形で見事に この国を米国の利益に供する国に仕立て上げて行った。  今度の原発事故で明らかになったのは原発政策推進の裏に ある経済産業省(旧通産省)の存在である。経済産業省の官僚 たちは決して今度の事故で矢面に立つことはなかったが東電には 通産官僚が天下っており、政府の記者会見を一手に引き受けた 原子力安全・保安院は経済産業省の外局である。経済産業省の 官僚こそ、この国の原子力発電政策を推し進めてきた張本人である。  それはあたかも日米安保条約の下で対米従属政策に終始してきた 外務官僚と同じである。原発事故のニュースで埋めつくされていた 3月25日の朝日新聞に次のような小さな記事があった。すなわち 日米両政府は5月の大型連休中に日本で開催を予定していた 外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)を米側の都合で4月29日 にワシントンで開催する方向で調整に入った、と。そこで発表 される合意文書には、大震災に見られた災害時の日米協力の重要性 を確認するとともに、2005年の日米共通戦略目標を見直し、 中国の海洋進出を念頭に置いた日米協力を明記する事が検討され ている、と。そして2プラス2の後には菅首相の訪米を6月下旬 に実現する方向で調整が進められているという。  この小さな報道が教えている事は、首相や政治家が津波や原発 事故で奔走している中でも日米同盟の深化だけは米国政府とその 意向を忠実に実現する外務官僚の間で粛々と進められているという 事だ。  国の根幹に関わる日米同盟。当然のことながらそれは国民生活に 直結する。その重要な外交政策が、対米従属の自民党から政権交代 を果たし、国民生活第一と叫んでこの国の舵をまかされた民主党 政権になってもなお、外務官僚によって粛々と進められているのだ。 首相であり続けたいこの国の政治家は、自民党であれ民主党であれ ワシントンを公式訪問することが悲願だ。菅直人首相がまさしく その一人だ。この事は、史上かつてないほど防衛官僚に従順な北沢 防衛相と相俟って、わが国の命運を決める「日米同盟の未来」を 官僚が決めていることを証明している。  (12)最高裁判所調査官という名のこの国の支配者                     官僚支配で忘れてはならないのは、国民を捕まえ、訴追し、 そして裁く、最も強力な権限もまたこの国の官僚に握られている ということだ。  裏金や冤罪、証拠捏造事件などの発覚により警察、検察の不正が 明るみになった。そしてその権限を制限し、監視しなければならない という気運が高まりつつある。それは歓迎されるべき動きである。  しかし正義を実現する最後の砦は司法である。裁判所であり裁判官 である。そしてその最高責任を担うのが最高裁判所である。最高 裁判所で下された判決は終着駅だ。絶対だ。ところがその最高 裁判所がこの国の不正義の元凶であったとしたらどうか。  そう思わせる数々の証言や言論がようやくこの国にも見られる ようになった。たとえば生田暉雄という裁判官出身の弁護士は、 「裁判が日本を変える」(日本評論者)などを世に問い、公正な 裁判なくしては真の民主主義はないと訴えて、この国の最高裁判所 が人事をほしいままにして下級裁判所の裁判官が国策に沿った裁判 をせざるを得ないようにコントロールしている事を訴えている。  また情報月刊誌「選択」の2011年2月号では、「『独善』 目に余る最高裁の黒子たち」という見出しの記事において、最高 裁判所を事実上取り仕切っているのは最高裁判所の裁判官ではなく、 最高裁判所調査官と呼ばれる司法官僚たちである事を我々に教えて くれている。そして最高裁に上告される案件の98%は彼らが 密室で書面審査をチェックしてはねつける。その結果15人の最高 裁判事の手元に訴えが届くのは2%足らず。ほとんどすべての訴え が調査官の一存で一蹴され、最高裁判所が法廷を一切開かずに棄却 決定するという現実を追及している。この国には、出世と保身に安住 する黒子の最高裁判所調査官という司法官僚に門前払いされて無念の 涙を流している国民が無数にいるのだ。司法官僚こそこの国を支配 する隠れた権力なのである。                            (13)権力側についてしまったこの国の大手メディア                これほどまでの権力犯罪が繰り返されているのに既存の支配体制 がゆるがない理由の一つに大手メディアの批判精神の欠如がある。 すなわち全国紙やテレビといった大手メディアはいつのまにか権力 監視というジャーナリズム魂を捨て去り、権力側についてしまった。 だから権力者たちの不正義が国民に十分に知らされないのだ。  小沢一郎が大手メディアからここまで徹底して叩かれるのは、彼が そのような大手メディアの正体を見抜き、批判するからだ。大手メデ ィアともども既存の支配体制に挑戦するからである。  この点について週刊ポスト3月18日号に、「新聞党」VS 「嫌われ者連合」―日本リセット大相関図、と題する極めて注目 すべき記事があった。  その記事は、これからの戦いは、「新聞党」すなわち、大手メディア が情報操作をして支え続ける勢力(一部の自民党や菅・仙谷・松下 政経塾の政治家、官僚、財界)と、メディアに嫌われ、叩かれる勢力、 すなわち、大手メディアの情報操作に支えられる既存の権力構造を 根本的に変えて、国民のために減税・地方主権・脱官僚を実現しよう とする勢力との戦いとなる、という記事だ。  週刊ポストが言う反乱勢力とは小沢一郎であり、その共鳴者として、 亀井静香や田中康夫のほかに橋下徹大阪府知事、河村たかし名古屋 市長、渡辺喜美みんなの党代表などである。  私は小沢一郎を含め、週刊ポストが挙げている政治家たちが本当 の意味で国民、しかも権力から排除されている弱者の国民のための 政治家であるかどうかは知らない。しかし政権交代を果たした民主党 政権がかくも国民を裏切って、自民党よりも自民党的になり、自民党 時代よりも米国と官僚に従属するようになった以上、今の支配体制に 対抗する国民のための政治を彼らに期待してみたい。彼らが結束する ことを願う。彼らもまた政界で生き残り、活躍したければ、既存の 支配体制と戦うほかはないと私は思う。 (14)米国の中東政策の不条理と中東民主化革命の動き  私が外交官として学んだことは国際政治の不条理である。世界の 中にはどうにもならないほどの人権抑圧や暴力がある。「それが 国際政治の現実だ」、と割り切ることは簡単だ。しかし割り切る には耐え難いほど大きい悪はある。私が担当した南アフリカの黒人 差別政策(アパルトヘイト)がその一つだった。そしてそれは ネルソン・マンデラという傑出した指導者の存在により解決した。 ところがもう一つの不条理であるイスラエルのパレスチナ弾圧は 解決するどころか悪化する一方だ。  私は外交官人生の最後の2年半を中東の小国レバノンで過ごすめぐり 合わせになった。そしてその時パレスチナ問題の非人道性と絶望を 知る事になった。イスラエルのシオニズム政策というアラブ差別政策 とそれを無条件で支持し続ける米国の中東政策の不条理を知った。 米国のイラク攻撃もまさしくその一環であったのだ。  私は、日本はそのような不条理な政策に反対すべきだ、それができ なければせめて日本はイスラエルや米国の政策から距離を置くべきだ と訴え続けた。しかしそのような意見は無視され、そのかわりに 解雇通告という代償を受けた。  外務省を去った私は憲法9条の重要性に目覚め、それと矛盾する 日米同盟から自立して本来の平和外交に戻るべきだと発言し続けた。 しかし国策である日米同盟の誤りをいくら訴えてもそれが国民に容易 に伝わらない難しさを痛感した。政府、メディア、御用学者の圧倒的 な日米同盟重視論の前に国民は本当の事が理解出来ないのだ。この国 の支配体制が進めようとする国策を変える事はほとんど絶望的だ。 国策を変えるには政治の場における影響力が必要だが、平和を訴える この国の政党はあまりにも弱い。権力者による情報操作や圧力、排除 の力があまりにも強大なのだ。  それはイスラエルのパレスチナ弾圧がどれほど非人道的で不条理で あるとしても、パレスチナ人とその支持者だけでは、どうにもならない 事と同じである。もはやあきらめるしかないのか。私はそのような限界 とあきらめを感じ始めていた。そこに起きた中東の民主化革命の動き であった。  チュニジアの政変がエジプトに波及してムバラク政権を倒した時、 「こんな事態になるとは誰が予想できただろう」という言葉が中東 情勢を伝えるメディアの常套句となった。実際のところムバラク政権 が倒れるとは私も夢にも思わなかった。  中東ではほとんどすべての国が、あるいは軍事力で、あるいは世襲 により、絶対的な独裁体制下にある。権力に歯向かうとたちどころに 投獄され、拷問され、あるいは即座に殺される。おまけにこれらの 独裁政権を米国とイスラエルが、親米政権であるという理由だけで 支援する。エジプトのムバラク政権もまたそうした独裁政権の一つ であった。絶対に崩壊しないと思われた。  その絶対と思っていたことが民衆のデモ一つで崩壊したのだ。これ が歴史の流れなのか。歴史の流れは誰にも止められないものなのか。 そう私は思い始めた。  私はこのエジプト革命について共同通信に頼まれて解説記事を 書いた。それは全国紙には掲載されなかったが多くの地方紙に掲載 された。その解説記事の最後を私はこう締めくくった。  「エジプト革命は日本の対米関係と無縁ではない。戦後の日米関係 は日米安保体制の下に為政者によって対米従属が絶対視されてきた。 しかしそのひずみも日本を覆ってきた。政権交代とその後の混迷に より日本の政治は不透明さの極みにある。その中で日米同盟という名 の対米従属政策だけは当然のように深化させられようとしている。 それが果たして正しいのか。何かのきっかけで国民がその矛盾に気づ いた時、エジプト革命のように一気に流れが変わらないとも限らない。 歴史に不可能はない。絶対と思われた米国の影響力も脆いことをエジ プト革命は我々に教えてくれた。この意味するものは慎重である」  この原稿を書いたのは2月12日の時点であった。それからわずか 一ヶ月後に大震災が起き、原発事故が起きた。被災者の苦しみは地震、 津波からくる苦しみだけではない。その苦しみを救えない日本の指導者 によってもたらされる苦しみでもある。そしてその苦しみは国民全体が 感じている苦しみである。被災地の住民とそれに共感する全国の国民が 政府に対して声を上げる。そのこととエジプト革命を成し遂げたエジ プト国民の姿を私は重ねようとした。  タハリール広場に集まるエジプト市民の姿がテレビで流された。その 中である市民の語った次の言葉を私は忘れられない。  この革命は「情熱と痛みがもたらしたもの」だ、と。  これは感動的だ。物事を成し遂げるには情熱がなくては出来ない。 しかし情熱だけでは十分ではない。痛みを伴うのだ。その痛みとは あの時のエジプト市民の場合は命の危険を犯す痛みである。しかし それだけではない。革命の流れが高まるにつれ、普通の市民や女性、 老人などがその流れになだれを打って参加した。命をかけなくても、 それぞれが、それぞれのできる範囲で犠牲を払うということだ。 時間的犠牲、経済的犠牲、あるいは寒さに耐えて広場で一夜を明かす 犠牲、その他もろもろの「痛み」である。つまり行動をとるという事 である。 被災地の住民が行動を起こす。日本の全国の国民が声を 上げ、立ち上がる。それを私はエジプト市民の姿に重ねるのである。 (15)行動を起こすには今をおいてない  この国の国家権力の犯罪は広く、深い。私はイラク戦争に反対 して外務省を解雇された時以来、自由な身になってその事を言論 活動を通じて訴えてきた。国民がその事に気づき、立ち上がる事を 期待した。  しかしいくら言葉で真実を伝えようとしてもそれは伝わらない。 国民の理解は深まらない。巨大な国家権力とそのまわりに集まる 支配体制の影響力はあまりにも強いからだ。情報が隠蔽され、操作 され、そして様々な圧力がかかる。それをおそれて誰も行動を起こそう としないからだ。無理もない。みんな我が身が可愛いのだ。リスクを 冒したくないのだ。それを私は責めるつもりはない。  しかしエジプトの市民革命が見せてくれたように国民が行動を起こ せば、その力は世の中を変える。国民が同時に一斉に立ち上がる必要は 無い。一部の国民が立ち上がり、その要求が正しければ賛同者が集まる。 それが大きなうねりとなって国を揺るがす。  今日本は地震・津波とそれが引き起こした原発事故は被災地住民を 奈落の底に突き落とした。それをこの国の政治は救えない。被災民は 今こそエジプト市民のように自らの生活の回復のために立ち上がる時 である。私はそれを支援したい。その思いがこの緊急提言を書かせた。 3。「もう一つの日本」をつくる、それは平和的な革命を起こす事だ (1)原発事故は平和的革命の最初で最後のチャンスである。  繰り返して書くように「もう一つの日本をつくる」ことは、既存 の支配体制に被災地や被災者たちがお願いすることではない。被災地 や被災者たちが政府に要望を突きつけることでもない。自分達の手で それを行なうと宣言することだ。それを可能にするために予算と権限 の一部を当然の権利として要求することだ。  権力の移譲は、たとえ一部であったとしても、それを実現する事 は一つの革命である。そうである以上、たとえそれを平和的な形で 要求しても権力者たちは手放さない。革命は独裁政権の下では可能 かもしれないが、日本は曲がりなりにも民主国家だ。多くの国民は 尻ごみする。国民の共感は得られない。普通の状況ではそれは不可能 であり不適切である。  しかし、いまは非常時だ。特に原発被災はこの国の支配体制の責任 である人災だ。放射能汚染で住民たちの土地を住めなくし、命を脅か したのだ。瑞穂の国の土地を放射能で毀損し稲作を奪ったのだ。 放射能汚染水を海に流して漁民から漁を奪ったのだ。子供の学校の 土を汚染したのだ。被災民はあらゆる補償を国に要求する権利を持つ。 そして国は被災民のいかなる要求も拒否できない。  この国にも革命を起こすことが出来るとすれば、原発事故は最初で 最後のチャンスなのである。このチャンスを活かすことこそ、犠牲と なって死んでいった人々に対する生き残った者のせめてもの償いで あると捉えるべきなのである。 (2)「もう一つの日本」は「既存の日本」の否定ではない        「もう一つの日本」を地方からつくるという構想の最大の ポイントは、復興、復旧計画をこれまでの為政者、権力者に 独占させない、という点である。つまり「既存の日本」を 否定するのではなく、彼ら支配者の復興計画を否定するのでもない。 それは認めるが、自分たちもまた自分達の手で復興する、それを認め て欲しいということである。  政府は今後全力をあげて復興、復旧作業を進めるだろう。その政策 はかなり大胆なものになるだろう。そしてその策定には被災地の首長 や被災民の要望を取り入れる事になるだろう。  それはいい。それは歓迎する。しかしそれで終わりにさせてはいけ ないのだ。復興、復旧作業を彼らの手に独占させ、そのすべてを彼ら の手柄にさせてはならないのだ。  それと並行して、住民たちが自分たちの考えを自分たちの手で行な う、それをさせろ、ということである。それを政府が認め、それに 権限と予算の一部を与えるということである。そしてどちらの復興、 復旧事業が住民にとって、より迅速でより満足のいくものか、全国の 国民の前で競わせるのだ。  結果的に住民の手によるものが国のものよりも良いものであれば、 それに従ってどんどんと権限と予算を地域住民に移せと要求していく ことができる、これである。被災地住民の手になる新しい村づくり、 町づくりが国家のそれよりもいいものであれば、全国の住民が気づく。 もはや政府は要らない、国会議員は要らない、と。必要とするのは 国家から住民への権力の移転であるということを。これこそが本来の 地方分権であり権限の地方移譲である。住民もまたその真価が試され る。 (3)キーワードは「脱原発エネルギーを最優先する町づくり」  どのようなプロジェクトが考えられるのか。それはもちろん 被災地住民の要望次第だ。しかし真っ先に試みるべきは脱原発 エネルギーの町づくりである。原発被災住民にとっては、それこそ が目指すべき当然の方向であるべきだ。政府としては被災者住民が それを要求すれば断ることは出来ない。  政府が原発政策を直ちに全廃するとは考えられないし、それを 求めるのは性急だ。それでは政府と対決することになりうまく 行かない。被災地住民がそれを政府に求める必要はない。しかし 被災住民は、せめて自分達は脱原発を目指したい、それを自分達の 手で早急に実現したい、その実現のために必要な予算を分配して 欲しい、と要求すればいい。誰が今この要求を断れるというのか。  具体的にどのような発電システムを採用し組み合わせるかは 専門家と相談して住民が決めればいい。地形とか天候とか、その 土地柄にふさわしい組み合わせがあるはずだ。それについて私が ここで詳しく述べる必要はないだろう。  しかしたとえば 4月11日の日経新聞は、丸紅が2012年 度中にも、1000キロワット未満の小型水力発電所を3カ所 稼動するという記事を掲載していた。発電所はいずれも山梨県 北杜市内で、市内を流れる農業用水路などに設置するという。 総投資額は5億―10億円程度ですむという。丸紅はすでに小水力 発電所を長野県内で稼動しているという。実用化されているの なら、これを政府の予算で被災地の適地に導入すればいいでは ないか。  同じく4月11日の日経新聞は、三井造船など約10社が太陽熱 発電プラントを開発し、海外市場の開拓に乗り出すと報じていた。 太陽熱発電は太陽光発電にくらべて発電効率が高く、南欧や中東、 北米などで多数計画されているという。これを日本の復興支援策に 取り入れない手はない。いまこそが日本の技術を試す時だ。  その記事によれば2011年度中にも中東で事業可能性調査に 乗り出し、その後商業プラントの受注を目指すという。中東でそれ を行なうぐらいならなぜ東北でそれができないのか。なぜそれを 東北に売り込まないのか。その予算を政府が支援し、買い取って 東北復興に活用したらどうか。これこそが内需振興ではないのか。  新しいエネルギー源といえばすぐにそれでは少ない、必要な量には とても満たないという意見が返される。しかし一口で電力需要と いっても産業エネルギーと生活エネルギーは区別すべきだ。大企業 の電力の心配は彼らと政府に任せておけばいい。私がここで言う のはあくまでも生活エネルギーである。それを市や、町や、村 といった地域共同体が地域として導入し住民の生活に供するという ことだ。それはもちろん節約と組み合わせる。足らない文は電力 会社から購入する。すべてをはじめから自給する必要はなう。  発電システムの導入は最初の設置費用に予算が必要であるらしい。 たとえば家庭にソーラーパネルを設置するコストを考えるとペイ しないという。そうだとすればまさに政府の予算で設置し、発電 維持コストを地方自治体と住民で負担するなど、やり方はいくら でもあるはずだ。こうして家庭用エネルギーのコストを低減していく。  やれるかやれなあいか、ではない。重要な事はやってみることだ。 今度の原発事故で芽生えた脱原発エネルギーシステム導入の機運を、 商業ベースで論じたり、研究にとどめるのではなく、即座に実際の 生活に取り入れるということだ。それをその土地に最適な組み合わ せで行なうということだ。それを地元の復興計画の一つとして日本 政府に要求する首長が出てこないかということだ。アイデアを出し てくれる在野の技術者はあまた存在すると思う。彼らにチャンスを 与えるのだ。  それを政府が認めようとしなかったのはこの国の電力会社が独占 していた電力収益を妨げる事になるからではないか。その利益に この国の指導者たちがたかって来たからではないか。いまこそそれを 排除すべきだ。政府の予算で、住民が安くて安全な電力で生活できる 村づくりをする。それが私の言う「もう一つの日本をつくる」という 事なのである。                    (4)住居の保障を地方自治体が保障する  「脱原発エネルギーの町づくり」を実現する事に成功すれば、 可能性は無限に拡げられる。つまり今の効率優先の競争社会、 地位や名誉や待遇にこだわる生活ではなくて、そのような既成 体制に押しつぶされない人生、自然と共生する生活ができる町 づくりを目指す様々なシステムを導入していけばいいのだ。  繰り返して言うが、それは既存の体制を否定することではない。 競争、経済成長至上主義の世の中に勝ち抜く自信のある者はそれ を目指せばいい。被災地住民の中にそのような生き方をする者が いても当然だ。そしてそのような者も、「もう一つの日本」の住民 となってその便益を享受したらいい。重要な事は、そのような 人生と対極的な生活を望む者に対して、それを地方自治体が保障する、 コミュニティーが保障する、そういう町づくりを始めるという事である。  脱原発エネルギーを導入すると同時に住居の保障が真っ先に 考えられるべきである。衣食住の中では住が最重要だ。そしてこの 住居に関しては、大震災の後に見られた数ある提案の中で、次の ような提案が私を捉えた。日本居住福祉学会会長の早川和男と いう人が4月8日の読売新聞「克服へ」のインタビューに次の ように答えていた。早川氏は1995年の阪神大震災のとき、自ら も被災して以来、全国の被災地を何度も訪ね、居住環境を中心に 復興過程を検証してきたという。その早川氏が次のように語っている。  阪神大震災の復興で大きな反省点となったのは、山の中に 仮説住宅を建て、抽選で入居者を決めたことだ、と。これにより、 それまでのコミュニティーが分断されてしまった、仮説住宅へは集落 ごとに順番を決めて入居すべきだ、と。   これにより、仮設住宅に移り住んだ後に多くの人が孤独死した ことが防げるというのだ。その一方で「ケアつき仮説住宅」を開設 して地元の介護施設の職員が24時間体制で世話をした事により、 一人暮らしのお年寄りが震災前より元気になる事例も見られた、と。  その上で早川氏は次のように提案する。  「復興はコミュニティーの再建を第一に考えるべきだ。社会政策 として住宅を整備してきた欧州と違い、住宅は自助努力だとされて きた日本では、災害のたびに多数の犠牲者を出している。いまこそ 安心して介護や子育てができる住まいのありかたを考えるべきだ。 『日本列島居住福祉改造計画』をつくり、住んでいる地域全体を健康 福祉空間にしていけば、その延長線上で防災対策にもつなげることも できるはずだ」  このような考え方は菅首相が主導する復興構想会議では決して出て こないだろう。「もう一つの日本」しかつくれない発想の転換である。 (5)ベーシックインカムと職の提供  住生活が保障されれば次は所得である。これには就職と生活保障 の二つがある。まずは生活保障だ。これについて今の日本の仕組みの 下では年金制度や失業保険、社会保障制度で対応する事になっている。 しかし年金制度一つとってみても、これまでの政治や官僚支配の下 では十分な政策を作れないで来た。それどころかいまやそれらの全て が行き詰まっている。そしてそれにもかかわらず、何時までたっても 抜本的な解決策を打ち出せないでいる。おそらく彼らでは永久に正しい 政策はつくれないだろう。  「もう一つの日本」ではこのような既存の制度をすべて白紙にして、 たとえばベーシックインカム制度を導入してみるのだ。この制度の利点 は単純であること、生まれた以上誰もが権利として収入を受け取ること ができること、ベーシックインカムが保障されれば、その後、仕事を 探す時の余裕ができること、わずかの収入でもベーシックインカムと 合わせれば、それほどの収入を求めなくてもなんとかやりくりできる こと、などである。これこそが「もう一つの日本」が目指す所得保障 である。  次に職だ。これはもちろん産業育成であるとか、企業誘致であるとか、 純粋に経済活動と関係してくるのであるが、町づくりの一環としての 職について言えば、いわゆる地方議会や地方公務員の職を住民みなに 開放するという考え方の導入がある。つまりその職を皆で分かち合って その収入も分かち合うという考えである。  これは私が思いついたものであるが同じ考えを岩手県がはじめた。 4月20日の読売新聞には、被災した県内の失業者ら5000人を 県や市町村、第3セクターなどの臨時職員として雇用すると発表 している。同様に宮城県も1000人臨時職員として雇用するという。  私の考えはこれを常態の雇用形態にしてみろということだ。これは 地方公務員改革と繋がる考えだ。すなわち今問題とされているのは 地方議員や地方公務員の給与が仕事の内容に比べ恵まれすぎている のではないかということだ。だからその無駄遣いをなくして市の財政 負担を少なくしようという意見がいまや大勢でだ。  その発想を発展させるのだ。無駄遣いをなくすという方向ではなく、 それを住民で分かち合うという考えに転換するのだ。首長や議員は ボランティアとわきまえてその報酬を大幅に削減する、地方議会は なくし、首長が行なう政策を監視する数名のオンブズマンのようなもの にする。浮いた経費はコミュニティーの行政経費にあて、その経費は、 住民の収入として分かち合うのだ。つまり市の職員の仕事とそれに 対する給与を一般住民への分配する。皆が交代で市の職員になる のである。  職のもう一つは、食の中心である農水産業をコミュニティーで 行なって、その職を住民に与える。そして作ったものは商業ベース で販売すると同時に地域住民に安く与えて住民の食を保障する。 これである。衣食住のうち、住と食を保障すれば人間は生きていける。 住の中には光熱も含まれる。それを脱エネルギー資源の推進で安く、安全 に確保することは既に述べた通りである。 (6) 世界の優良企業を誘致する  今度の原発被災は世界中の注目を集めた。原発は世界からなくなる ことはないかもしれないし、それを進める国は存在し続けるだろう。 しかし、その一方で今度の原発事故によって脱原発を進めようとする 流れは世界的に拡がることもまたその通りだと思う。  そうだとすれば、日本の被災地から脱原発で町づくりをすると宣言し、 それに協力して欲しいと世界に訴えて、土地とインフラを提供するから 町づくりに参加してくれと呼びかけるならば、損得抜きで協力する優良 企業はかならず現れるだろう。それはまた雇用創出になり、その土地の 宣伝にもなる。これからは、世界に発信できる国際的な町づくりの視点 は重要だ。それはそのまま、「もう一つの日本」をつくる時の重要な コンセプトである。 (7)「もう一つの日本」を通して新たな政治、政党をつくる  「もう一つの日本をつくる」ことは既存の支配体制ではできない事 を行なうことである。それは自民党も民主党もそれ以外のどの既存の 政党も出来ない事を行なうことだ。中央の政治では出来ない事を地方 からつくるのだ。  04年10月に新潟県中越地震を経験した旧山古志村の村長だった 長島忠美衆院議員は4月21日の毎日新聞「これが言いたい」の寄稿 のなかで市町村こそ復興の主役だ、復興計画で先頭に立つべきは市町村 だ、と語っている。その市町村の住民と首長と一体となって中央政府 が出来なかったことを行なう。これはあらたな政治を起こすことであり、 あらたな政党を作ることにつながる。 「もう一つの日本」をついくる動きは、しかし、今動き出している 地域維新といった右翼的な地域政党ではない。彼らもまた既存の政治 体制の中で生まれた政局の産物でしかない。  共生や脱原発を唱える事は、本質的に反核、平和につながる。人と 自然が共生する社会をつくる。その実現の為に世界に誇れる技術を開発 する。経済力や軍事力の大きさを米国や中国と競ってみても始まらない。 米国や中国や、いや世界がまねの出来ない日本をつくって初めて日本が 世界から評価される国になれる。このように発想を根本的に変えるの である。その根底にあるのは憲法9条の平和思想だ。これこそが少子、 高齢化社会の日本の目指す方向なのである。この考えは決して既存の 地方政党や新党地方からは生まれてこない。 (8)「もう一つの日本」は沖縄とこよなく連携する  最後にどうしても書いておきたいことがある。それは「もう一つ の日本」を一番必要としている地域は沖縄であるということだ。  福島原発被災地の復興を論じる過程で、被災地は今後20年は住め なくなるという菅首相の発言が議論になったことがあった。この発言を 菅首相が自ら言ったか言わなかったかは、もはや大したことではない。 少なくともこの国の支配者たちにとって原発事故とその被災地の救済 は手に負えないのだ。  そしてこの国の既存の支配体制にとってそれと同じように厄介な 問題が沖縄問題なのである。そしてその沖縄問題についても、かつて 菅首相が、「もはや沖縄問題は手に負えない、沖縄は独立するしかない」 、と言っていたと沖縄出身の喜納昌吉議員が暴露したことがあった。 あの時も菅首相はそれを否定したが、その思いは本音であるに違いない。 つまりこの国の政治家や官僚たちは、対米従属と国民である沖縄県民 の要求の板ばさみにあってなす術がないのだ。  沖縄が差別され続けてきたのも今度の原発被災民が差別的に軽視 されているのも共通するものがある。そうだとすれば沖縄住民は自らの 手で沖縄の平和を取り戻すしかない。それはあたかも原発被災地の 住民が自らの手で原発被害から脱却する試みを行なうのと同じである。 「もう一つの日本をつる」しかないということだ。沖縄と原発被災地 の住民が共鳴し、協力するとき「もう一つの日本をつくる」動きは さらに大きなうねりとなって発展していくだろう。そうならなければ ならない。 4. 誰が雄たけびをあげるのかー三本の矢の結束  さてこの緊急提言も最後の部分に差し掛かった。如何なる考えも それを実行に移さなければ空論に終わってしまう。誰が「もう一つ の日本」をつくるために立ち上がるのか。そこには三本の矢の結束が 不可欠である。 (1) 第一の矢  やはり一番重要な矢は被災地の住民の自覚と決意である。いまや 原発事故は人災である。その人災で不条理にも突然生活の基盤を 失われた住民の声を拒否できるものはこの国にはいないだろう。 そしてそれら住民はどのような要求も政府に行なう権利がある。  長年官尊民卑で従順にさせられてきたこの国の国民が果たして政府 に向かって自己主張できるか。そこに気づき、決意と覚悟が出来るか。 エジプト市民のように行動に移せるか。すべてはそこにかかっている。 間違いなく第一の矢を放つのは被災地住民である。 (2) 第二の矢  住民が立ち上がるとして、その声を政府に届け、住民を代表して 国民の前で政府と渡りあえる人物が第二の矢である。  それは本来ならば住民の中から選ばれるまったく無名の人物が 望ましい。既存の手垢のつかない人物から新しいリーダーが生まれる ほうが感動的だ。  しかし「もう一つの日本」づくりはこよなく政治的な試みである。 そうであれば既存の首長や首長経験者からそれにふさわしい人物が 住民を引っ張っていくという事が現実的だ。はたしてそのような首長 にふさわしい人物は誰か。果たして彼らが私の考えに共鳴して立ち上が ってくれるか。  真っ先に思いつく人物は佐藤栄佐久前福島県知事である。なんと いっても福島県の知事を5期務め、国会議員も経験した政治家である。 おまけに原発に反対して国家権力から冤罪に陥れられたと見られて いる人物である。彼が立ち上がれば劇的だ。しかし彼は今係争中の 身である。難しい面がある。  日本の政治を変えると言う意味で最も期待されるのは小沢一郎で ある。彼が国会議員を捨てて岩手の一首長として今度の地方統一選挙 に出馬して当選し、その後に一兵卒として「もう一つの日本」づくり のために中央政府に立ち向かう首長となる。それは絵に描いたような ドラマだ。  そこまでは行かないまでも、そのかわり小沢側近の達増岩手県知事 が小沢一郎にかわって立ち上がることを私は期待する。私は小沢の 復権は、菅降ろしの政局に勝つことにあるのではなく、「もう一つの 日本」をつくることにより総理を目指すことのほうが王道であり、 国民の共感を得るにはそれしかないと確信するが、果たしてその事に 気づいて覚悟ができるか、である。 「もう一つの日本づくり」の二本目の矢が見つかった時はじめてこの 構想は現実味を増す。  三番目の矢は、町づくりの具体案を作成しそれを実現する専門的、 ブレーンである。この専門家集団については誰が適任者かは私には わからない。しかしこの構想の中心が脱原発にある以上、それの中心は 新エネルギー開発に詳しい専門家である必要がある。その専門家を 見つける事は難しいことではないと思っている。  しかし、それだけでは十分ではない。衣食住を含めた「もう一つの」 生き方をプロデユースできる人物が必要になる。その人間が私の述べて きた考え方と完全に一致し、情熱を抱く人物でなくてはならない事は                               了 いうまでもない。  

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