□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2010年10月29日発行第168号 ■ =============================================================== にわかに浮上した環太平洋自由貿易協定(TPP)をどう考えるか =============================================================== ここにきて連日のようにTPPなる英語の頭文字がメディアに踊っている。 これはTrans Pacific Partnership の意味だという。日本語に訳せば 環太平洋戦略的経済連携協定という。 もっとも新聞によっては環太平洋経済協定と書いたり、環太平洋パートナー シップ協定などと書くものもある。 要するにいまだ定訳がないほど急に浮上してきたものであるということだ。 その中身は一言で言えば域内自由貿易の推進である。 日本は世界に稀に見る貿易立国である。自由貿易からもっとも利益を受け てきた国である。率先して自由貿易を推進する立場にある。 それなのになぜ今回のTPP参加について賛否が分かれるのか。 最大の理由は自由貿易を徹底すれば農家、特に米作農家が壊滅的打撃を受け るからだ。 実はこのコメの自由化問題は戦後の日本の最大の政治問題であり続けた。 無能官僚による農業政策の不在の故に日本の米作は競争力を失って久しい。 しかし日本から米作をなくしていいのかという問題がある。 米作は日本の文化だ。水田のある風景は日本そのものだ。それを失っていい のか。おまけに主食を失うという食糧安全保障上の問題がある。 もし米作を失う事は認められないというのであれば、米策を国をあげて助成 しなければならないという事だ。 あるいは、自由貿易協定を結ぶ際に、米作だけは保護する事を認めさせる という巧みな外交交渉力が必要となる。 残念ながらそのいずれにおいてもこれまでの日本政府は中途半端であった。 成功してこなかった。 選挙目当てのその場しのぎの対策では農家は救えなかった。 日本の経済外交は無力であり続けた。 このようにコメをめぐる自由化、国際化問題は、国民的合意のない最大の 問題であり続けたのだ。 そのような大問題を唐突に持ち出して、11月のAPEC閣僚会議までに 結論を出すと言う。これはあまりにも乱暴だ。 国民新党の亀井静香代表は、10月27日の党幹部会で「このような大きな 問題を(11月の)APECが目の前にあるからどうだこうだと扱う事は間違って いる。簡単にできるわけがない」述べたと言うが、まったくその通りなのである。 それではなぜ菅首相や前原外務大臣がここまで前のめりになるのか。 実はここが一番重要なところだ。 その理由はAPEC首脳会議の議長役を努める菅首相としてはAPECを なんとしてでも成功させたいからだ。 すこし脱線するが、日本の政治家たちはまったく国際会議に弱い。APEC などというどうでもいい会議でさえ国際会議だ。 国際会議の議長になることは欧米諸国では日常茶飯事なのに、なぜか日本は 一生の一大事のように構える。国際性のない菅直人という政治家であれば なおさらそうなのだろう。 しかしそんな個人的理由で、この国の米作の命運を左右させられては たまらない。 ところがもっと許しがたい事がある。 アジア太平洋地域の自由化は米国の戦略だ。APECを成功させるという ことは、APECに参加させる米国を満足させ、米国が評価する会議にする ということなのだ。 対米従属のために米作が犠牲にさせられようとしているのである。 実際のところ一大農業国である米国は農産物の自由化を要求してきた。世界 貿易機構(WTO)の自由貿易交渉では農産品の保護を主張するEUと農産品 の輸出拡大を狙う米国が常に対立してきた。 WTOの交渉では思うようにいかない米国は、アジア太平洋地域における 自由貿易の促進を図ろうとここへきてTPPの推進を主張してきたのだ。 自由貿易を推進するには世界的規模における自由貿易体制を目指すべきだ。 それがWTO交渉を重視してきた日本の政策であった。 地域的自由貿易体制は、ややもすると域外に対する保護貿易体制となる。 場合によってはWTOの原則と矛盾する事にもなる。 日本は農業自由化を行なう政治的決断をするのであれば、本来ならばWTO 交渉においてそれを行なうべきなのだ。 それが出来なかったために日本はWTO交渉で苦しい立場に立たされ続けて きた。 ところがよりによって米国主導のTPPの場においては、日本は歴史的決断 を行おうとしている。 しかも対米従属政権の極みである菅民主党政権によってその事が行なわれ ようとしている。 私はそれを認めるわけにはいかない。 今度のTPP参加が紛れも無い対米従属の経済外交である証拠を示す記事を 10月28日の朝日新聞に見つけた。 TPPをめぐる米国の要求は菅政権で急浮上したのではない。鳩山政権当時 から米国は布石を打っていたという。 昨年11月にオバマ大統領が訪日し日本で講演をした際、米国は環太平洋 パートナーシップ諸国とともに21世紀の貿易協定にふさわしい地域的合意を つくることでアジア太平洋に関与していくと述べた。 今年3月に米国高官が来日した際、普天間基地問題だけではなく、郵政民営化 の加速と米産牛肉などの輸入拡大を日本に求めたという。 TPPとは米国の存在感が際だった経済連合であり、そのTPPへの参加を 急ぐということは取りも直さず対米従属をさらに進めるということなのである。 TPPをめぐる国内の分裂は、単に農業を守るかどうかと言う問題だけでは ない。対米従属派と対米自立派の対立でもあるのだ。 これまで経済産業省(通産省)と農水省の対立の場であった自由貿易交渉問題 について、ここに来てにわかに前原外務大臣の発言が際立ってきた。 その事はとりもなおさずTPP参加問題は対米従属外交の象徴であるという ことである。 了
天木直人のメールマガジン ― 反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説
天木直人(元外交官・作家)