… … …(記事全文5,502文字)医師を含む多くの人たちが、がん検診を無条件に「善」だと思い込んでいる。早期発見・早期治療をすれば、進行する前にがんを取り除くことができ、命拾いできると刷り込まれているのだ。だが、前回示した通り、がん検診を受けたからといって、それが長生きにつながる保証はない。それどころか、命取りにならない病変を見つけて治療してしまう「過剰診断」「過剰治療」のリスクもある。かえって命を縮めてしまうかもしれないのだ。
もちろん、がん検診を受けるかどうかは個人の自由だ。それに、がんリスクの高い人が定期的にチェックを受けることまで否定するつもりはない。私が問題にしているのは、がん検診の限界やデメリットについて、国民が正確な事実をほとんど知らされていないことだ。そのために、早期発見・早期治療こそ医学的に正しいとする「虚構」が社会を覆い尽くしている。その虚構に乗って、まったくエビデンスのない「がん検診ビジネス」までが野放しとなっている。
がんの領域にとどまらず、早期発見・早期治療の虚構は、脳血管疾患、心血管疾患をはじめとする、あらゆる医学の領域に及んでいる。がん検診とともにその虚構を強化する屋台骨となってきたのが、自治体、職場、人間ドックなどで行われている「定期健診」だ。国民の多くが定期的に検査を受けて、体のどこかに潜んでいる異常を見つければ、長生きできると思い込んでいる。だが、がん検診と同様に、定期健診を受けても総死亡率が下がる証拠はない。
実は、欧米では定期健診を受けた成人と受けなかった成人を比較したランダム化比較試験が17本も行われている。それらのうち、死亡リスクを調べた11本を選んでコクランがシステマティックレビューを行っており、次のように結論づけている(Cochrane“General health checks for reducing illness and mortality“30 January 2019 https://www.cochrane.org/evidence/CD009009_trwcsukhphaphthawipephuuexldkarecbpwyaelaesiiychiiwit
日本語訳「病気と死亡を低下させるための総合健診」https://www.cochrane.org/ja/node/9784
*注 コクラン共同計画=ヘルスケア介入の有効性や安全性について、信頼性の高い臨床試験のデータを集めて解析した結果を情報提供する国際的なプロジェクト。
「17件のランダム化比較試験を見つけた。これらは総合健診を受けた成人と総合健診を受けなかった成人を比較していた。
15件の試験が報告され、251,891人の参加者が含まれていた。これらの試験のうち11件が死亡リスクを研究しており、合計で233,298人の参加者を含んでいて21,535人の死亡を評価していた。これはヘルスケアの研究において非常に大量のデータであり、高い確実性をもって主な結論を引き出すことができた。健康診断はいかなる原因による死亡リスクやがんによる死亡リスクに対して、ほとんどもしくは全く影響を及ぼさない(高度のエビデンスの確実性)。そし て、健康診断はおそらく、心血管系が原因の死亡リスクに関してもほとんどもしくはまったく影響を及ぼさない(中程度のエビデンスの確実性)。同様に、健康診断は心臓疾患にほとんどもしくは全く影響を及ぼさない(高度のエビデンスの確実性)。そして健康診断は脳卒中に対してもほとんどもしくは全く影響を及ぼさない(中程度のエビデンスの確実性)」
これを読めば明らかだろう。もっともフェアに有効性を検証できるランダム化比較試験が11件も行われたにもかかわらず、総合健診を受けて長生きできるというエビデンスは得られなかったのだ。しかも、がんだけでなく心臓疾患や脳卒中の死亡リスクについても、ほとんどもしくはまったく影響を及ぼさないと結論づけている。
この確実性の高いエビデンスを受けて、欧米の医学会は症状のない成人に対する定期健康は過剰な医療介入だと明確に位置付けている。たとえば、患者と医療者に「賢い選択」をしようと呼びかける“Choosing Wisely”という国際的な運動がある。北米を中心に多くの医学会が参加して、避けるべき検査や治療を具体的にあげているのだが、米国家庭医学会(AAFP:American Academy of Family Physicians)がその一つに「定期健診」を取り上げている(AAFP Choosing Wisely Recommendations “Don’t perform routine general health checks for asymptomatic adults.” https://www.aafp.org/pubs/afp/collections/choosing-wisely/106.html 日本語訳はDeepLによる)
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