… … …(記事全文5,739文字)「シェディング」に対する考え方の違いで対立が起こり、X(旧ツイッター)で議論が盛り上がっている。わたしは「シェディング」の被害があるならば、科学的に実証すべきだとずっと主張している。だが、その旨の投稿をすると、必ずと言っていいほど「シェディングはある」「実際に体調が悪くなる」とか、果ては「ほんとはワクチン推進派だろ」「シェディングがバレたらマズいからだ」などと毒づくリプライが返ってくる。Xで科学的な議論をするのは本当に難しい。ウイルス学者の宮沢孝幸さんが、シェディングの問題で絡まれて苦慮していた。その気持ちが、今はとてもよく分かる。
そもそもXでは、シェディングなる現象の定義からして混乱している。わたしがこれから書こうとしているのは、従来のファイザー製やモデルナ製のmRNAワクチンを接種した人たちから飛散した何らかの物質によって、接種者の近くにいた人たちが被ったとされる「健康被害」のことだ。
しかし、その話をしているのに、レプリコンワクチンの「個体間伝播」の話と混同して絡んでくる人がいる。レプリコンの個体間伝播は接種者の細胞から分泌されるエクソソームにワクチンのmRNAが入り、それがウイルスのように他者にも飛び移って、非接種者にも感染してしまうという「仮説」の話だ。英語では「トランスミッション(transmission=感染、伝染)」というべきものであり、それと従来のmRNAワクチンのシェディングの話をごっちゃにすべきでない。
さらに、シェディングというのは元々、生ワクチンの弱毒化ウイルスが感染力や毒性を取り戻し、接種者から他の人に感染してしまう現象を指すと聞いている。したがって本来は、mRNAワクチン接種者から飛散する何らかの物質によって起こされる現象を、シェディングと呼ぶべきではないのだ。たとえば「ワクチン接種者由来物質過敏症」とか「ワクチン接種者呼気症候群」(宮沢孝幸さん考案)といった呼称にすべきだろう。しかし、もう言葉が独り歩きしているので、ここでも便宜的に「シェディング」と呼ぶことにする。
さて、わたし自身はシェディングなるものを感じたことはない。といって、その存在を頭から否定しているわけでもない。コロナワクチン接種が始まった2021年の夏ごろには、すでに講演会等の聴衆の中にシェディング被害を訴える人がいた。「打った人から独特の匂いがする」「接種した人の近くにいたら湿疹が出た」「接種が始まると体調が悪くなる」などと訴える証言が多数ある以上、「そんなものはない」と一蹴することはできない。
だが一方で、なんでもかんでもシェディングのせいにするような人がいて、それが一番の問題だと思っている。もしかすると甘い香りは、誰かの服についた柔軟剤の香りかもしれないし、汗や呼気から出たアルコール代謝物の匂いかもしれない。湿疹や体調不良も、たまたま同じ時期に起こった別の要因による何らかの症状を、シェディングのせいだと思い込んでいるだけかもしれない。「甘い香りがした」「こんな症状が出た」というだけでは、シェディングのせいだとは断言できないのだ。
さらに言えば、「ノセボ効果」の可能性もある。薬や治療に対するネガティブな感情や不安が、体調の悪化や副作用のような症状を引き起こす現象のことだ。逆にポジティブな期待が症状改善に寄与する現象のことを「プラセボ効果」という。これらの効果は、実はバカにできない。「痛み止め」と偽ってプラセボ(ニセ薬)を飲ませた実験で、30%もの鎮痛効果があったという話は有名だ。逆も真なりで、「コロナワクチンのシェディングがある」と聞いただけで不安になり、湿疹や嘔吐、下痢などの症状が出る人がいても、なんら不思議ではないのだ。
つまり、これらの「シェディングのせい」に見えて、実は「シェディングとは無関係の要因」をできるだけ取り除いたうえで、起きている症状が「シェディングの影響である」ことを証明しなければ、医学的にはまったく説得力がないのだ。「実際にシェディングを訴える患者がいる」と息巻く医師もいるが、それだといつまでたっても医学的にシェディング被害は認められない。
そんな状況のままでシェディングを訴えて一般の医療機関を受診しても「トンデモを信じる患者が来た」と鼻であしらわれたり、精神疾患のせいにされたりするだけだろう。コロナワクチン後遺症でさえ、そのような悔しい扱いをされた患者がたくさんいるのだ。「腐った医学界に認められる必要などない」と言われるかもしれないが、一人の医師だけで全国の患者を治療できるわけではない。理解を示す医師を増やさないと、シェディングを訴える多くの患者が救われないことになる。
だからこそ、「シェディングの被害がある」と主張するなら、科学的に実証する努力をするべきなのだ。では、どのようにすればシェディングとは無関係の要因を取り除いて、被害を証明できるのか。医薬品の安全性と有効性を検証するために、医学界では疫学的な調査方法がさまざま考案されてきた。そのうち、もっともエビデンスレベル(証拠としての信頼性)の高い方法が、「二重盲検ランダム化比較試験」だ。
たとえば、ワクチンの安全性と有効性を調べる場合、数百人~数万人レベルの被験者を集め、実薬群と偽薬(プラセボ)群にランダム(無作為)に分ける。そして、接種する人も接種される人も、誰が実薬で誰が偽薬か分からないようにして接種する。なぜ「無作為」に分けるのか。そうすれば、実薬群と偽薬群の属性(年齢、性別、収入、健康状態等々)の偏りがほぼなくなることが、理論上分かっているからだ。
また、誰が実薬か偽薬かを分からないように「二重盲検化」するのは、ワクチンの打ち手が健康的な被験者ばかりを選んで実薬を接種するようなズルがないようにするとともに、接種される側にプラセボ効果やノセボ効果が出ないようにするためだ。実は、これくらいややこしいことをしないと、ワクチンをはじめとする医薬品の安全性と有効性を公平に検証することはできないのだ。
シェディングの被害があるかどうかを証明するには、さらにややこしい研究デザインを組む必要がある。たとえば上記の研究に付随して、実薬群と偽薬群の周囲にいる人たちの体調の変化を公平かつ定量的(症状等の出方を数値化すること)に測定する方法が考えられる。それで実薬群の周囲にいる人たちのほうが体調が悪化しやすいと証明できて、はじめて強い証拠をもって「シェディングがある」と主張することができる。本来なら、そこまでやらなくてはならないのだ。
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