… … …(記事全文3,961文字)●オーディオ機器の全盛期
LPレコードを買ったはいいが、それを聴くためには機器が必要となる。当時は、オーディオ機器の全盛期で、レコード・プレーヤー、FM/AMチューナー、アンプ、スピーカーなど多くのメーカーがしのぎを削っていた。メーカーの数は全盛期で30社を超えていたと記憶している。その中で「オーディオ御三家」と呼ばれたのが、山水電気(SANSUI)、トリオ(TRIO)、パイオニアで「サン・トリ・パイ」と通称されていた。
同じメーカーで一体化しているわけではなく、スピーカーが独立しており、レコード・プレーヤー、チューナー、アンプそれぞれを組み合わせることにより、オーディオ・システムを自分でアレンジあるいはカスタマイズできた(それらをコンポーネント「コンポ」と呼んだ)。スピーカーは3ウェイ(ツイーター、スコーカー、ウーファーと3個のスピーカーで構成される)が主流で、最も大きなウーファーが30センチメートルあったので、非常に大きく、重たいものだった。
●親との交換条件
私もせっかくのLPレコードを少しでも良い音で聴きたかった。しかし、オーディオ・システムを自分では買うことができなかった。そこで、親に交換条件を出した。というのは、高校でサッカー部へ入ったのだが、練習がきつく、毎日疲れて勉強どころではなかった。そのため、成績は急降下、親には部活を止めろと口酸っぱく言われていたが、無視していた。一転して「部活を止めることにした。ただ、楽しみがなくなるので、オーディオ・システムを買ってくれ」という条件を出したのだ。条件は見事成立した。
そして、悩んだのが、自分のオーディオ・システムをどうカスタマイズするかだ。レコード・プレーヤー一つとっても、その値段はピンからキリまである。そんなに高価なものは無理である。そこで、アンプに一番お金をかけることにして、トリオを選んだ。レコード・プレーヤーとスピーカーはパイオニアにした。それぞれの機器をケーブルで接続し、電源を入れ、LPレコードをターン・テーブルに乗せ、針を落とし、左右のスピーカーから出て来る音を聴いた時の感動は今も忘れられない。
ただ、今考えてみると、30センチメートルのウーファースピーカーからは、非常に大きな音が出る。うちみたいに田舎であれば、相当にボリュームを上げることは可能である。それでも、うるさいと家人から何度も注意されたことがある。これが、住宅が立て込んでいては、防音措置を施さない限り大きな音で聴くことは不可能だ。ボリュームを絞っていたのでは、立派なオーディオ・システムを買い揃えた意味がなくなる。防音壁を巡らした地下室を専用のリスニング・ルームにしている人がテレビで紹介されていたが、稀な例であろう。都会の人はきっと立派なヘッドフォンで聴いていたのだろう。
●昼食を抜いてLPレコードを買う
いざオーディオ・システムが揃うと、今度は色々なレコードが欲しくなるのは止むを得ないことだ。小遣いで買えるとしても、当時LPレコードは、1枚2000円したのでそれほど多くは難しい。その頃、昼食は学校の近くの食堂で摂っていた。時には市役所の食堂も利用した。味はさておき値段が破格だったからだ。
