… … …(記事全文4,174文字)●祖父の重たく大きな箱
小学校低学年の頃、私は祖父母と同じ部屋で寝ていたのだが、そこに黒塗りの立方体の大きな箱が2つあった。家具の一つだろうと、さほど関心を示さなかった。少ししてようやくあれは何だろう、中にはひょっとしてお宝が入っているのではないか、そんな好奇心に駆られた。祖父に頼むと「長く動かしていないから大丈夫かな」と言いながら、箱を開けてくれた。「何だ?これ」と尋ねた。祖父は「蓄音機といって音楽が聴けるんだ。そっちからレコード盤を取ってくれないか」と言われ、それを探している間、祖父はハンドルでゼンマイを巻き始めた。重たいレコード盤を取り出し祖父に渡すと、「よしよし」と針を落とし再生してくれた。
出て来た音は、かすれていてあまり良いと言えるものではなかった。おまけに曲が浪花節・浪曲のような調子で一瞬のうちに「好きではない」と判断してしまった。理想的には、SP盤から流れてきた曲にインスパイアされ、やがて音楽家の道へと進むこととなった、となるのであろう。しかし、現実は厳しい「じいちゃんありがとう。箱の中身分かったよ」と一緒になって片付け始めた。SP盤というレコードに、この時初めて接したことと、それがやけに重かったことが記憶に残っている。
●思い出せない曲名
もう少し大きくなった頃聴いていたのは、「ソノシート」である。漫画雑誌の付録についていたような気がする。プレーヤーもおもちゃのようで、音も蓄音機よりはましという程度だった。夜寝る時は、ソノシートを聴くのが日課になっていた。当時は全ての曲を覚え歌っていた。しかし、今はほとんど覚えていない中で1曲だけ覚えている。たしか、機関車が主人公で山道を登って行く冒険っぽい曲調だった。そのメロディは、口ずさめるのに、曲名が出て来ない。メロディだけが脳内でループする。それでいつもイライラさせられる。
●「骨まで愛して」
理由は忘れたが、「オープンリール型の小型テープレコーダー」を買ってもらった。テレビの音を録音したり、自然の音を録音したりしていた。それで、自分の声を録音して、再生した声があまりにかけ離れているのに驚き、このレコーダーは壊れているのではと疑ったものだ。その頃、城卓也の「骨まで愛して」という曲が流行っていて、私も面白い歌だと覚えた。そして、今ならカラオケなのだろうが、アカペラでフルコーラス歌って録音してしまった。
朝起きると騒がしいので、何か起きたのかと思うと、みんなが私の録音した曲を聴いているではないか。すっかりそんなことは忘れていた。「うまいじゃないか」と祖母に揶揄われ顔から火が出るほど恥ずかしかった思い出がある。
●いしだあゆみと握手
小学校高学年になると、何故かうちにステレオが設置された。お座敷に鎮座しているのは、当時流行った家具調ステレオで、プレーヤーは観音開きの木戸の奥に備わっていた。うちがそんなものを買えるはずがない。叔母が借金の形に置いて行ったのかも知れない。
そのステレオで聴いていたのは、荒木一郎の「空に星があるように」「今夜は踊ろう」のシングル・レコード(12インチ)で、おそらくこれらが初めて買ってもらったレコードだったと思う。選曲は誰によるものか定かではない。だが、加山雄三の曲調に近いのは確かだ。そのうちに、私はいしだあゆみの「ブルーライトヨコハマ」にKOされてしまった。歌はもちろん、そのスレンダーなスタイルに参ってしまった。
