… … …(記事全文3,180文字)題記は、父のS状結腸癌切除手術前の医師による説明時の発言であり、手術を推奨された時に比べてその口調は強めであった。まるで、手術はしない方が良いと思わせるような口ぶりだったが、癌を放置した場合と手術をした場合とで寿命の違いがどうなのかという観点から検討した結果、手術をすることが推奨された。そして、それを父が同意したはずだったが、手術まで3週間程間があったことから、気持ちの移ろいがあった。
●退院するぞ
腸閉塞の処置を受けてから、食欲もだんだんと回復し、便通も改善したことから、父は「食欲は以前よりあるくらいだ。腹も痛くないし快調だ。もう身体は万全なので退院する」と言い始めた。私たちは悩まされた。「腸閉塞への処置は一時的なことで一生ものではない。また、同じことを繰り返す可能性がある」と必死に説得し分かってもらった。
「でも看護師さんは退院と言っていたぞ」と父。これは、医師が費用、リハビリ様々な面を配慮して、一旦退院して再入院してはどうかと提案してくれたことに基づいている。ただ、これについて、私たちは一度退院すると手術をしたくなくなる懸念があり、リハビリも入院していた方が適度にできることから一時退院は適当ではないと病院側に要望し、受け入れてもらった経緯があった。
●病院が信用できない
「主治医が交代した。手術前に代わるなんて患者を何だと思っているのか。前回の入院の時も執刀医は、すぐに異動し、術後のリハビリには一回も顔を出さなかった。大きな病院は困ったものだ」と父は不満を口にする。この愚痴を一概に否定できない現実がある。この地域で唯一の総合病院であるが、深刻な医師不足に喘いでいるのだ。多くの患者数に比べれば、医師の人数は圧倒的に少ない。新潟市の大学病院からの派遣医師などで何とか運営しているのが実態である。
また、「看護師の引継ぎが悪く、昨日頼んだことを今日になってもやってもらえない」「早くしてくれと言っても、何のことかと訊かれ、また一から説明しなくてはならない」と父はぼやく。これは、父だけではない。私たちも困惑することがある。電話でお願いしても、なかなか翌日に伝わっていないことが多々あるのだ。あまりにも、役割分担が細かすぎるのかも知れないが、改善の余地は多いにある。
●手術承諾書にサイン
話を手術前の医師の説明に戻す。説明は、父と私に対して行われた。最初に「お父様の寿命の観点から手術を行うこととなりました」と述べた後、医師は次から次へと手術に伴うリスクを説明した。父は耳が遠いためほとんど聞こえていない。
「S状結腸癌であることから結腸部分を切除し縫合します。へその下を両手が入る程度切開します。切除する腸は伸ばした状態で30センチメートル位と想定しています。縫合した部分には、何かの漏れがないかを検知する『見張り管』を挿入します」
「偶発症として、まず全身麻酔時の心不全や、〇〇不全といったことが起こる可能性があります。また、開腹時出血が止まらない可能性があります。また傷の化膿、そして腸の縫合部の化膿、これは便中の菌による腹腔内膿瘍です、これらの危険性があります。しかし、最近の縫合は器械により行うためリスクは下がっています」
「『見張り管』で異常が検知された場合、人工肛門を付けます。異常が解消されない場合、人工肛門も付けたままになります」
「血栓症の恐れがあります。また、手術対象部位が便の溜まる場所であることから、術後便秘や下痢が起きる可能性があります。また、腸どうしの付着により腸がねじれるなどして腸閉塞になる恐れがあります」
「偶発症が起きないよう手術には細心の注意を払います。また偶発症への対処も整えて起きます。しかし、一旦起きた場合、元に戻せない可能性が大きいと言えます」
「すべての人に偶発症はあります。お父さんの場合、超高齢のためリスクは非常に大きいことは間違いありません」
医師が考え得るすべての偶発症について説明してくれた。万が一のことを考えてのことだろう。耳が遠いためほとんど理解していないが、「自分は歳が歳で、体力的にも自信がないです。夕べも眠れませんでした」と嘆いた。それは織り込み済みなのだが。そして、手術承諾書には私がサインをした。後は医師の腕前に委ねるしかない、その思いで手術を待つことになった。病院からの要請で万が一の事態に備えて、手術が終了するまで家族は残るようにということだったので、それに従った。