… … …(記事全文3,411文字)要旨
育成就労は技能実習の“後継”だが、実は目的転換そのものが核心だ。
制度の曖昧さが、現場負担と不信を不可逆に積み上げる。
今治の事例は、「交流」と「労働力」が混線したときの危険を象徴する。
国を壊すのは人数ではない。責任の所在を消す制度設計だ
本シリーズは第1回で「移民問題は善悪ではなく制度設計だ」という前提を揃え、第2回でオーストラリアが選別と抑止と外部化によって線引きを引き受けている現実を見ました。最終回の今回は、日本側で起きている制度変更と、その周辺で露呈した矛盾を、できるだけ具体で整理します。結論は単純です。日本は「移民政策は取らない」と言いながら、制度として移民国家化しています。そして、その最大の問題は、受け入れ人数の議論以前に、責任の所在が曖昧なことです。
用語としての「移民」にこだわる必要はありません。現場が不可逆に変わり、自治体や学校、医療、治安、地域コミュニティに負担が積み上がり、国としての説明責任が曖昧なまま拡大していく。これが私の言う移民国家化です。
育成就労とは何か
技能実習から「目的」が変わりました。
育成就労とは、技能実習に代わる新制度です。最大のポイントは、

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