… … …(記事全文4,846文字)第1回 忘れられた日本人の素顔を台湾で見つけた
十一月の終わりから十二月の初めにかけて、私は仲間たちとともに台湾を訪れました。メンバーは、普段から日本の安全保障や歴史認識を議論している同志グループ「雪風の会」の面々です。行き先は南部の高雄と北部の台北。短い日程ながら、台湾の現在と過去、そして日本との関係を立体的に眺めることができるコースでした。
現在の日本では、台湾について二つのイメージが混在しています。一つは、日本の学校教育や戦後メディアが繰り返し刷り込んできた「日本帝国主義の植民地支配に苦しめられた台湾」という図式です。もう一つは、これまで台湾を訪れた友人たちが口をそろえて語る「親日的で礼儀正しく、どこか懐かしい雰囲気のある台湾人」の姿です。この二つは明らかに矛盾しています。どちらが現実に近いのか。もし後者が本当なら、戦後日本の歴史認識には重大な欠落があります。そんな思いを胸に、私は高雄の地に降り立ちました。
台湾人は「中国人」ではなかった
最初に強く感じたのは、「台湾人は中国人ではない」という当たり前の事実でした。もちろん、彼らは中国語を話しますし、街には漢字の看板が溢れています。清王朝の支配を受けた二百十年の間に中華文明の影響を強く受けたことは間違いありません。しかし、歴史を少し掘り下げると、その成り立ちは現在の中華人民共和国の「中国人」とはかなり異なることがわかります。
元々台湾には、平地で農耕を行う原住民と、山間部で狩猟を営む原住民が暮らしていました。彼らは言語も文化も多様であり、大陸の漢民族とは異なる系統に属します。近年の研究によれば、DNA的にも台湾原住民と大陸中国の漢民族は連続しないとされ、むしろ

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