7月22日、トランプ前大統領がTruth Socialに次のような投稿を行いました。 「我々は日本と史上最大級のディールをまとめた。日本は私の指示により、5,500億ドル(約80兆円強)をアメリカに投資し、その利益の90%をアメリカが得ることになる。このディールは数十万の雇用を生み出し、また、日本は自動車やトラック、コメを含む農産品などの貿易を開放し、アメリカには15%の相互関税を支払う。これは非常に興奮すべき時であり、我々は常に日本と素晴らしい関係を持ち続けるだろう。」 この発言は一見、日本との強固な経済協力の成果を称えているように見えます。しかし、実態を冷静に検証すれば、そこには数々の誤認と誇張、さらには政治的な演出が含まれていることが分かります。また、日本側の一方的な譲歩が強いられています。以下、その具体的な中身を検証します。
◆ 「5,500億ドル投資(約80兆円強)」とは何か?
この数字は、日本企業による対米直接投資の累積額(ストック)を指していると考えられます。これは新たな“ディール”によるものではなく、1980年代以降、日本企業がアメリカ市場で工場を作り、雇用を生み、技術を提供し続けた結果として自然に積み上がったもののはずです。 たとえば、トヨタやホンダの現地工場、ソニーや村田製作所の研究拠点、そして直近では日本製鉄によるU.S. Steelの買収(約2兆円)などが含まれます。つまりこれは、トランプの一声で決まった“巨額取引”などではなく、日本の民間部門が自律的に行ってきた経済行動の集大成(ストック)です。 ちなみに、日本企業による年間対米投資額(フロー)は数兆円規模です。
◆ 「利益の90%をアメリカが得る」発言に意味はあるか?
経済活動の中で「どの国が何%の利益を得るか」を一義的に定義することは困難です。日系企業がアメリカで稼げば、その利益の一部は連邦法人税として米国政府に納められ、現地雇用の給与、地域経済の循環、株主配当などとして再分配されていきます。 利益は資本構造、税制、雇用関係、配当ポリシーなど複雑な要素が絡み合って生まれるため、「利益の90%をアメリカが得る」と断言するのは経済的には無意味な“政治的スローガン”に過ぎません。実態より感情に訴える典型的なトランプ流レトリックと考えられます。
◆ 「相互関税15%」という数字の正体
トランプが特に強調した「日本は15%の相互関税をアメリカに支払う」という表現は、非常に問題があります。なぜなら、この15%という数字は実在の関税率ではなく、彼が「不公平だ」と感じる制度や規制をまとめて“感覚的に数値化”した政治的レトリックだからです。 日本がアメリカ製品に課している関税の実態は以下の通りです
日本の対米関税:
自動車 0%(完全無税)
工業製品全体 平均0〜2.5%程度
農産品平均(高関税品含む) 約4.3%(TPPによって段階的に減少中)
一方、アメリカはピックアップトラックに25%の高関税を維持し続け、さらには2025年4月3日からは乗用車やSUVにも25%の追加関税を導入しています。にもかかわらず、「アメリカが損をしている」として相互関税15%を主張する背景には、関税に加えて以下のような非関税障壁(Non-Tariff Barriers)を含めた「不満」があると考えられます。
• 日本の排ガス規制や安全基準が米国車に不利
• 農協や生協による流通独占
• 医療制度や保険制度による市場制約
• 為替が円安に誘導されているという誤解
つまり、トランプが言う「15%」とは、本来の関税ではなく、制度や文化の違いによる“摩擦”をすべて一括して数値化したような、論理の飛躍があります。以前、アメリカ側は、非関税障壁を含めると、日本がアメリカに課している実質的な関税率は46%程度で、それを勘案して25%を日本に課すと言っていました。それを今回、15%に下げたという意味です。もともと極めて主観的な数値です。
◆ 日本が「相互関税15%」に応じたら何が起きるか?
相互関税というなら、理論的には日本もアメリカに15%の関税を課すことになるはずです。もし仮に日本が、アメリカ製品に15%の関税を課したらどうなるでしょうかアメリカ政府は「報復だ」と激怒し、WTO違反だと非難し、逆にさらなる関税を課してくるでしょう。結局のところ、「相互関税」とは対等を装いながら、実際はアメリカ側の関税引き上げを正当化する方便でしかありません。
◆ 赤沢大臣は仕事をしていない
今回の決着に関して、赤沢大臣は自身のXで「任務完了しました。全ての関係者に心から感謝です」とポストしました。日経平均株価も1,000円値上がりしたと報じられています。自動車への関税が25%から15%に下がったのは一見、成果のように見えます。
しかし、実質は、アメリカの対日加重平均関税率が約2.3%だったのが、一律15%に上がるのに対して、日本側は現状維持なので、日本側の負担が一方的に増えることになります。25%を15%にまけてもらった、ということに過ぎません。これでどうして任務完了なのか、理解に苦しみます。また、日本の農業が守られるのか、食の安全が担保されるのか、非常に心配です。
トランプは、交渉の場においては“誇張”と“感情訴求”を巧みに使うことで知られています。彼の「15%」や「利益の9割」発言は、その典型であり、政治的・選挙戦略的な演出であると理解すべきです。 今回は、まず、本来なら46%課すべきだが、25%にまけておく、と脅し、慌てた日本に最終的には15%で手を打って恩を売る、という典型的なハッタリ交渉でしたが、赤沢大臣は相手のシナリオ通りにまとめられて、「任務完了だ」と喜んでいます。
我々日本人がやるべきことは、相手の発言を額面通りに受け取ることではありません。むしろ、冷静に数字を読み解き、事実に即して反論し、正しい情報に基づいた国際交渉を行うことです。 日米関係は重要ですが、従属ではなく対等であるべきです。しかし、対等である為には、日本が自立した、真の独立国である必要があります。安全保障を他国に依存するようなことをしていると、「守ってやっているのだからもっと金を出せ」と言われて不利なディールに応じざるを得なくなるのです。今回もそのことを証明する結果となりました。
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