■アメリカでは、今回のインフレの原因をめぐって活発な論争が行われていて、特にその主役になっているのがサマーズだ。サマーズは、昨年2月の時点でバイデンの1.9兆ドルの大型財政出動を批判、「われわれがこの30年で目にしなかったようなインフレ圧力を形成しかねない」と反対していた。これに対して、クルーグマンとイエレンが反論、クルーグマンはサマーズの懸念を大袈裟すぎると一蹴し、イエレンは例によって雇用第一主義の立場から財政支出の意義を主張した。イエレンはいつも雇用第一。アメリカ人の雇用を何より優先して政策を決定する。 雇用の女王。こういう財務長官を持ってアメリカ国民は幸せだと思う。だが、豈図らんや、1年経ってアメリカは40年ぶりの悪性インフレとなり、サマーズの予言が的中した結果となった。今、サマーズは鼻高々でクルーグマンは顔色ない。財政責任者のイエレンは自己批判の顛末となった。傍から眺めながら、こんな具合に生き生きと経済政策の論争が行われるアメリカの環境が羨ましい。日本では、誰も説得的なエコノミクスで政府批判を論じない。揶揄や罵倒だけだったり、野党による政局用・選挙用の与党批判の言説に止まっている。岸田インフレとか、アベノミクス批判の一般論とか。誰も科学的な予測や仮説を立てない。 ■現在、アメリカの論壇で批判の矢面に立っているのが、MMTの主導者であるケルトンである。ニューヨークタイムズが4月にケルトンを直撃インタビューした記事が、さわりの部分だけクーリエに載っている。ケルトンは抗弁しているようだが、今はいかにも逆風の立場だろう。ケルトンが脚光を浴びて時代の寵児に躍り出た2019年3月、サマーズはMMTを正面から批判し、「MMTのアプローチには『一定の地点を超えれば』超インフレにつながる可能性があり、通貨崩壊のリスクがある」と警告している。MMTのバラ色の理論を「ばかげた主張」と痛罵していた。サマーズの説得力が勝利した状況になり、MMTの影響力は急速に衰えた状況にある。 ケルトンのMMT理論の肝は、インフレを起こさない範囲でどこまでも無限に自国通貨建ての国債発行が可能という点だった。来日時の会見でもそう発言した。インフレが発生するまではセーフだが、インフレになったらアウトなのである。ケルトンの理論的根拠は、この30年間の日本の経済と財政の経験で、どれほど財政出動してもインフレは起きず、通貨は安定したままの日本を見て、彼女は法則発見の着想を得、セオリーの開発と構築に至った。財政赤字がどれだけ積み上がっても、国の通貨発行権があるかぎり国債を発行してよく、むしろデフレ退治のため、需給ギャップを埋めるまで国が財政出動するのが正しいという認識と主張である。… … …(記事全文4,522文字)
世に倦む日日
田中宏和(ブログ「世に倦む日日」執筆者)