━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 板垣英憲(いたがきえいけん)情報局 ~マスコミに出ない政治経済の裏話~ 2022年6月25日 ◆─── - - - - - - - - ───◆ 世界の政治・軍事・経済・金融を支配するパワーエリートの動きやその底流で 行われている様々な仕掛けなどを中心に、重要情報(特ダネ)をキャッチして速 報する。 政治評論家 板垣英憲 ◆─── - - - - - - - - ───◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 『ロックフェラーに翻弄される日本』(2007年11月20日刊) 第4章 レーガン大統領が「黒字減らし」を日本に求める アメリカの言いなりだった竹下首相に反旗を翻した小沢一郎 ─────────────────────────────────── 「竹下さん、あんたは、国賊だ」 小沢は、ついにここまでの言葉を使って罵倒した。取引を止めさせることも、サーキットブレーカーをセットすることもしない竹下に対して、小沢一郎はさらにこう宣言した。 「それなら、私たちが自民党を出て、新しい党をつくって、サーキットブレーカーをセットしてみせる」 小沢は、最大の後援者である金丸信に相談し、新しい政党づくりの準備を始めた。このあと、竹下は、リクルート事件に関連した責任を取って退陣し、1987年6月2日、宇野内閣に交代した。外資系征券会社は、またしても、裁定取引(今度は逆の先物買い・現物売)によって、儲け始めた。その後、株価は一時反発もするが、10月1日には、2万221円まで下がる。このときは、すでに宇野首相の女性スキャンダルで宇野内閣が2カ月余りで崩壊し、海部内閤に代わっていた。大蔵大臣は、竹下が信頼を寄せていた橋本龍太郎だった。 その後、日経平均株価は1989年12月29日、3万8915円まで上昇した。その上昇は、外資系証券会社が行った裁定取引(先物売り・現物買い)によって、どんどん上昇した。それにもかかわらず、実際の個別銘柄は上がっていない。… … …(記事全文3,469文字)
板垣英憲(いたがきえいけん)情報局 ~マスコミに出ない政治経済の裏話~
板垣英憲(政治評論家)