□■□■【反骨の元外交官が世界と日本の真実をリアルタイム解説】 ■□■ □■ 天木直人のメールマガジン2014年6月26日号外 ■ ============================================================== 短編第二作の紹介 ============================================================== 貼り付けて作品を配信できる事が確認されました。 第二作をお送りします。 私はこの日本を変えるには、いつも言っているように、強者つまり権力者が自らの誤りを恥じて、私心をなげうって国民のための政治を行うようにならなければ不可能だと思うようになりました。 なぜそのような指導者が出てこないのか。 なぜ自分の利益ばかりを優先させる卑しい政治家しか出てこないのか。 それはとりもなおさず、我々国民の生き様も正しくないからかもしれません。 我々が正しい生き方をする限り、今のような馬鹿げた指導者が出てくることなどあり得ないと思うのですが甘いでしょうか。 以下第二作 紹介 どうして国家権力は腐敗するのか。 いまの日本の政治を見るまでもなく、これは世界中の一般国民の等しく抱く疑問に違いない。 そして、やはりそれは永遠の疑問である。 人は権力を持てば堕落するという。 そうだとすれば、そんな堕落した権力者を追放し、正しい指導者を選ぶシステムをどうして我々はつくれないのか。 なによりも、そのような堕落した権力者が大きな顔をして権力者にとどまる事が恥ずかしような世にならないものか。 我々が正しい態度で政治に向かう心構えがあれば、そういう世の中を実現できるのではないか。 この物語は、国民の意識次第で、そういう政治が実現できると思わせる近未来小説のつもりで書いた。 いまの米国や日本の政治に対する挑戦状である。 ハングリーボーイズ 日本復興大学の運動上の芝生の上で、練習を終えたアメリカンフットボール部の学生たちが談笑していた。 日本復興大学は、戦後まもなく政府が各分野の人材を幅広く育成する為に作った、国内有数の国立大学である。 「俺たちも、こうやっていられるのはあとわずかだなあ、来春はいよいよ卒業か・・・」 リーダー格の小野寺圭介が言った。 「そうだよ、あいつらがうらやましいよ」 稲垣明夫が相槌を打った。 その地方では名をとどろかせ、その年の日本復興大学をトップで入った秀才である。 「勝って泣き、負けてまた泣く高校野球、っていう川柳があるくらいだ。白球を追って甲子園に行くことばかりを夢みて毎 日を過ごす球児がうらやましいよ」 「まあ、そう言ってやるな。あいつらだって高校野球が終われば、すぐに俺たちと同じようになるのだから」 小野寺がたしなめた。 「お前ら、そんな甘いこと言ってるから負けたんだ。俺たちが今考えることは、新春の展覧試合に勝つことだけだ。勝つこ とがすべてだという事を俺たち嫌と言うほど味わったばかりじゃないか」 現実主義者の大川太郎が二人を叱った。 それを黙って掘村隆史と天野健介が聞いている。 日本復興大学は、学生チームでは右に出るものはない最強のアメリカンフットボール部を擁しており、毎年新春早々に、実 業団チームの覇者である東洋繊維と競うことが恒例になっていた。 そして、その年は三年ぶりに東洋繊維に日本一の王座を奪い返され、来春に向けて雪辱を期していた時であった。 文字通り、小野寺たちは文武両道を兼ね備えたこの国のエリート候補たちだ。 練習が終わって汗を流せば、後は大学構内にあるビアホールでたらふくビールを飲んで談論風発するのがお決まりのコース だった。 そのビアホールは、日本復興大学が、その前身である日本維新大学校であった当時に建てられたものをそのまま引き継いだ もので、明治時代の建造物の中には、明治維新から始まって太平洋戦争に至るまでの輝かしい歴史の数々が、壁や机に所狭し と飾られ、置かれていた。 なぜかそこには敗戦にかかわるものはなかったのだが。 運動場での会話が序論であるとすれば、ビアホールでの談論は本論というわけだ。 皆がそれぞれ、これからのエリート人生の本音を語り明かしてエールの交換をする。 「やっぱり権力、しかもその最高にある国家権力だろう、我々が手に入れる事を目指すものは」 ここでも小野寺が口火を切る。 政治家、しかも政権与党の政治家でないと意味がない、と言い切る小野寺は、早くから自分の目標は、有力政治家になって この国の国政を担うと公言してはばからない。 「俺もそう思う」 ここでも稲垣が相槌を打ち、次の様に続けるのだった。 「国民に選挙で選ばれた政治家が政権を取って正しく国民を支配する。それに反する行動をとる国民を法の支配に従って処 罰する。それが正しい政治のあり方であり、正しい国家権力の行使というもんだ。 国民に選ばれた政治家たちが、官僚たちから成る行政組織を使って実施する、それがあるべき支配体制ではないのか」 稲垣は、選ばれた官僚こそが、この国の事実上の支配者であり、自分はそれを目指すという。 「俺はカネだ」 資産家、しかも桁違いの資金を動かすことの出きる富豪をめざすと言ってはばからない大川は、次のように、また小野寺や 稲垣たちを甘いと切って捨てた。 「カネがあれば権力も社会的地位も名声も、いやとびきり上等の女だって、向こうのほうから尻尾を振って追っかけてくる さ。大金であればあるほどいい。 逆に、いくら権力を握ったところで、カネがなければ誰もついてこない。当たり前の話だ」 「大川の言っている事も、結局は我々二人の言ってる事と同じなんだ」と小野寺らしく引き取った。 「お互い無いものを欲しがって補い合おうとするのさ。 優秀な官僚が一流企業の社長の娘とよく結婚する事があるだろう。あれは民間企業の社長が官僚組織という民家企業が逆立 ちしても手に入れる事の出来ない国家権力という特権に近づきたい為だし、若い、おそらく優秀だがそんなに裕福ではない家 庭に生まれ育った官僚は、家族に財閥が出来ることによって経済界に影響力を及ぼす事が出来るようになるってわけだ。 政治家の息子が財閥の娘をもらったり、政治家たちが官僚を女婿に迎えたりするのも、お互いを補い合ってより強い権力と 地位と名声を、身内同志で囲い込もうとする為なのさ・・・ ところで、さっきから黙っているが、堀村や天野はどうなんだ」 ここでもリーダー各の風を吹かせて小野寺が聞いた。 ことわっておくが、小野寺はリーダー気取りでその場を取り仕切ってはいるが、決してリーダーではない。 彼らは、同じ日本復興大学の同級生でアメリカンフットボールの仲間というだけだ。 激しい受験競争を勝ち抜いてこの大学に入って来たという意味で対等である。 成績もまちまちで、ちなみに偏差値は堀村や天野のほうが小野寺のそれより高い。 学歴重視の社会を受け入れ、受験競争を勝ち抜こうとする者たちにとって、偏差値は絶対的な意味を持つ。 「俺はちょっと違うんだなあ、権力や地位や名声などは努力すればある程度手に入る。それを手にすれば社会的尊敬もそれ なりに得られる。 しかし、人から本当に評価され、尊敬されるには、それだけでは十分ではない。 やはり人には真似の出来ない芸や技術を持っている者は、影響力と言う点ではるかに大きな存在だ。 一生のうちに映画でも小説でも音楽でも、なんでもいいから、人の心に永遠に残る作品をつくって死んでいく、俺にとって はやはり人生の究極のゴールは芸術の追求だ、それに権勢や名誉やカネがついてくれば一石二鳥だけどね」 この5人の中では、一番偏差値の高い理学部出身の、変わり者の堀村が小野寺にそう応じた。 しんがりに人生の目標を語る事になった天野健介は、これからは日本も民主主義の時代がますます進んでいくことを強調し て、次のように抱負を語るのだった。 「言葉だよ、言葉。それにその言葉を言わせる情報力だ。 どんな権力でも、国民の支持を失えばたちどころに失脚する、それが民主主義のいいところだろう。 国家権力を従わせるのは世論だ。 そしてその世論を作り出すのが言葉であり情報だ。情報操作も含めてね。 ましてやこれからは、それらが瞬時に世界を駆けめぐるインターネットの時代だ。 メディアこそあらゆる権力の上に立つ最強の権力となるだろう。 俺はその権力を使って、権力が、本来のあるべき道をはずさないように、絶えず 監視する役まわりを演じたい」 このようにして、彼ら五人の目指す理想の人生は異なるように見える。 そして、このように書いていくと、彼らは権力志向の鼻持ちならないエリートたちと思うだろう。 しかし、この物語では彼らは決してそうではない。 彼らを貫く一つの大きな心棒がある。 それは、彼らのいずれもが、日本の支配構造を根本的に変えなければいけないと本気で考え、そして力を合わせてその実現 を目指そうとしている事だ。 彼らは、受験競争と言うこの国の最初の選別競争に勝ち抜き、選ばれたエリートであるという自意識と自負をもち、そのめ ざす分野は異なるとしても、権力と言うものを是認する。 その意味では、彼らは、いわゆる反権力の左翼ではなく、保守だ。 彼らは、正しい保守主義の支配者こそが、革命を唱える左翼よりも、国民のための正しい政治を行えると信じる。 残念ながら現実には、権力を国民の為に正しく使う指導者を見つける事はむつかしい。 しかし、だからといってそれを諦め、革命に走ることが正しいとは彼らは考えない。 それは終わりのない革命、政権交代の繰り返しになる。 権力者が悪を働く余地のないシステムが出来ないものか。 それを実現する価値はある。 いわゆるノブリス・オブリージュ(位高い者は、それに見合ったより高い徳を要する)は言葉だけのものにとどまってはい けない。 貴族の正当化の方便であってはいけない。 民主主義の支配者にこそ、それが求められる、そう彼らは考えるのであるる。 彼らはまさに真のエリート、日本のあるべき各界のリーダーをめざそうとしていたのである。 少なくともそのスタート台に立とうとしていた純粋な時点においては。 時計の針が翌朝を指すようになった頃合いを見て、小野寺が手をたたいて言った。 「そろそろお開きにしよう。いいな、今晩が我々5人の同窓会の始まりだ。 これからは皆、それぞれ目指す分野で活躍に忙しくなるだろうから、毎年ってわけにはいかないが、時々はこうやって皆で 集まって結束を確かめ合って行こう。よりよい日本をつくるために。また俺が声をかけるよ」 こうして小野寺、稲垣、大川、堀村、天野の5人の同窓会が発足したのであった。 小野寺が二回目の同窓会を呼びかけたのは、それから数年たった頃だった。 その時には小野寺は、政権与党第一党の有力議員の政策秘書になっていて、近く行われるとされていた総選挙では、当選が 約束されていた。三十歳前の、最年少政治家の一人となるのだ。 稲垣は、国家公務員試験をトップで合格し、官僚の中の官僚と言われる財務省に三顧の礼で迎えられて、将来の次官を約束 されていた。 大川は旧財閥系の大手銀行に採用され、幹部研修を経た後に、来るべきビッグバン時代の到来に備え、米国の一大投資証券 会社への出向を命じられていた。 堀村は、日本復興大学OBでもある日本映画界の巨匠、勅使河原欽也監督の紹介で、大手映画製作会社Aプロダクションに場 所を得て、映画作りの助手を始めていた。 そして天野健介は、日本最大の購読者を誇るレベラル紙の雄、朝陽新聞社の難関な入社試験を突破し、おきまりの察まわり から、取材のイロハをたたき込まれる日々を送っていた。 文字通り、彼ら五人は、ここまでは、それぞれが思い描いていた通りの権力者の道を、これ以上ないくらいの順調さで歩ん でいたのであった。 だから二回目の同窓会は、発足した最初の同窓会のような気楽さは影をひそめ、これまで着実に歩んできた権力者への道を 、より確かで大きな道にする、という、更なる野心に、自信と緊張が交差し、いささか真面目な同窓会に変わっていた。 そして、当然ながら、時代の流れはどこに向かってるのだろうかという話に華が咲いた。 実際問題として、この時代の流れという奴は、人類の歴史を振り返る時、これ以上ないほど重要な意味を持つ。 そして、国家権力を握る支配者が、それを正しく見抜いてすばやく対応出来るかどうかで、その国と国民の存亡が左右され るのだ。 もちろんその事は、権力者たち自身にとって一番重要な事であるのだ。 権力者が生き延びるために不可欠な、自分自身の正統性に、一番大きく関わってくるという意味で たとえば、日本の戦後復興期の当時を考えてみよう。 あの時は、日本はすべてを破壊され、おまけに米国に占領されるという非常事態であった。 だから、その時の時代の要請は、とにかく経済復興を一日も早く実現して、国民が食べていけるようにする事であり、それ が支配者の使命であったし、米国から主権を回復して国際社会に復帰する事が国民の悲願であった。 その課程で、もちろん、国家権力内の権力闘争や権力の腐敗はあったけれど、時代の要請に逆らってまで権力が腐敗する贅 沢は出来なかったし、国民もそれを許さなかったはずだ。 戦後の国際社会への復帰のやり方が、いわゆる全面講和か、米国をはじめとする西側諸国とだけの部分講話か、いずれが正 しかったか、という問題は、イデオロギー問題と絡んでいまでも議論はわかれる。 しかし、少なくとも当時の為政者の置かれている極めて限られた状況の下では、誰が支配者であっても、対米従属はやむを 得なかっただろうし、西側についたほうがよかったという考えが、今では国民の間に定着している。 少なくとも、全面講和がよかったと考える国民が少ない以上、当時の為政者、支配者が、国民の生活を犠牲にして国家権力 腐敗に走ったという事には決してならないだろう。 その後に続く、いわゆる「戦後は終わった」から高度成長に向かう時代もまた、その流れは、国家権力にとっては、極端に ひどい腐敗に堕する事はなかった。 時代の流れは、官民あげて豊かさを追求し、そして国民もそれを望んだ。 もちろん、それにともなう歪みが出て、今でもその後始末が残っているが、それはその後の支配者の怠慢、不作為の問題で あって、もっと素早く、もっと十分に対応していれば、その苦痛ははるかに小さく、その救済はより満足いくものになってい たに違いない。 そして高度成長期は、何よりも、パイが拡大し、皆がその取り分の恩恵にあずかる利益があった。 たとえその分配に不平等があったにせよ、今日の政治ほどひどくはない。 小野寺たちが、この国の権力者を目指そうと歩み始めた頃は、まだそのような、権力者たちにとって「しあわせな」時代の 流れが続いていた時で、なおしばらくはそのような時代の流れの潮目は変わらないと、皆が考えていた時だった。 しかし、そんな時代の流れの転換は、ひとの期待や意識とは無関係に、ある日突然にやってくる。 1986年にウクライナでチェルノブイリ原子力発電所の事故が起き、1989年には、ベルリンの壁が崩壊する。その同 じ年の1989年に、高度成長を謳歌した日本経済にとどめを刺すようなバブル崩壊が日本経済に炸裂する。 これらは、一見すれば別々の出来事のように思われがちだが、実は多くの点でつながっている歴史の大きな流れの転換期に 起きたのであり、その時代の潮目の大転換を正しく見極められないまま、それらの多くは未解決で、いまの政治の諸問題にそ のまま引き継がれてしまったのだ。 歴史が大きく変わろうしているとき、国家権力が、つまりその国の指導者達が、その流れを読めず、方向を見失った時、国 家権力は暴走し、腐敗し、そして国民が苦しめられる事になる。 国家権力は、ノブレスオブリジュを捨て去り、保身のために国民を犠牲にして生き延びようとするからである そして、支配者達が、その歴史の流れに逆らおうともがけばもがくほど、国家権力の腐敗もかつて無いほどひどくなってい く。 それが今の日本ではないのか。 少なくとも、小野寺たち五人が日本の国家権力を目指そうと決意した時の、日本がこのようになるとは誰も夢想だにしなか った。 5人が第三回目の同窓会を持ったのは、そんな誓いを交わした第ニ回目の同窓会から、更に10年ほどたって、まさしくそ んな時代の流れが大きく変わろうとしていた時だった。 その時は、五人のうち、小野寺、稲垣、平川は、文字通り政・官・財という権力の中枢に近づきつつあった。 だから、第三回目の同窓会は彼ら三人が中心となり、時代の流れをどう読むかについて、彼らの議論がその場をリードした 。 そして天野が、聞き役になった。 なぜかそこには堀村の姿はなかった。 小野寺たち三人の話は極めて類似していた。 すなわち、それぞれの分野ににおいて、彼らよりさらに高い位置にある権力者たちが、いずれも時代の流れの変化にうすう す気づきながら、それを真剣に見極めようとせず、たとえその流れをある程度まで予測していたとしても、対応策を真剣に考 えることなく、ただひたすらに日々の仕事に逃げ込む惰性に甘んじる。 ましてや、政・官・財の間で統一的な会合が持たれるわけでもなく、ただいたずらに毎日の日々が続いている、というもの であった。 だからと言って、小野寺たちにも確たる名案があるわけではない。 第三回目の同窓会は、かくしてこの国の支配者たちの弱みを見せつけながら、いつの日か、そう遠くない将来に、国家権力 を引き継ぐであろう彼ら、その尻拭いをさせられるかもしれない、しかし、だからと言って、今すぐに権力のトップにいる者 達に反旗を翻すだけの勇気も自信もない、彼らがはじめて弱気を見せた同窓会となったのである。 そして、時代は、さらに流動的になるだろうから、次回の会合は、そう時を置いて開くのではなく、必要な時はいつでも召 集するから、という小野寺の一言でお開きになった。 帰り際に小野寺は天野に言った。 「堀村は来なかったけど、あいつどうしたんだろう。お前、一番仲がよかったから、連絡を取って次回は来るように言っと いてくれよ」 小野寺に言われるまでもなく、天野もまた掘村の欠席が気になっていた。 「あいつ、最近どうしているんだろう。そういえば、もう随分会ってないなあ・・・」 天野は同窓会の間、ずっとそう思って小野寺たちの話を聞いていたのだった。 同窓回の翌日、天野は早速、かつて掘村からもらった名詞にあったAプロダクションへ電話した。 すると、すでにかなり前に、ほかの映画製作会社に移ったという。 そして、教えてくれたその会社に電話すると、確かに掘村はいるが、半年前から体調を崩して病気休暇を取っているという 。 天野はそんな掘村に久しぶりに会いたくて、見舞いを兼ねて訪れることにした。 都内の学生街の一角にある、ありふれた小さな病院の一室に、少しやせた長身をかがめて掘村は何やら読んでいた。 突然の天野の訪問に少し驚いた様子を見せた掘村は、すぐに掘村らしさを取り戻し、これまでの事情を次のように話すのだ った。 あいかわらず、余裕のある話しぶりに天野は少し安心した。 「俺も、あの後、色々あってなあ。勅使河原監督の紹介で映画を作れるところまで行かせてもらったまではよかったんだけ どね、映画づくりってものの、現実を見ちゃったんだ。 芸術作品だ、優秀作品大賞だ、などといっても、結局は、政治とカネとコネなんだ。小野寺や大川の言っている通りさ。わ かっていても、そして俺だって勅使河原監督のおかげでこうしてはやくから映画作りが出来るようになったんだけど、やはり 自分の思う通りの映画をつくりたくて、より自由のきく会社に移ったのさ。 だけどやはり問題はどこでも基本的には同じで、どんなにいい物を作ったところで、結局、人がお金を払って見に来てくれ なきゃあ、何んにもならないってことを。 しかもだよ。人が見に来るのは、最初は、その内容がいい、ということでは決してない。 少なくともそれがメディアで取り上げられて評価されるまでは。 要するに、内容よりも、宣伝、話題先行の世界だってことさ。 俺らしくないんだが、それで少し考えさせられてしまったのさ。 そうしたら今度は体調がおかしくんなっちゃって。 お前覚えているか? アメフト部に矢部って奴いたって事を。 最初からアメフトなど本気でやる気はないが、女にもてるかも知れない、などと言って入部したけど、練習が嫌ですぐに辞 めてった奴いただろう? 俺、結構、奴とウマがあってねえ。 とにかく女好きで、色々な女と遊んだけれどみんな一緒だ、割れ目が横に割れてる訳じゃ無し、ひとつ そういう女を見つけたいから俺は産婦人科医になるんだとふざけていたが、あいつけっこう真面目で優秀な神経内科の医者に なってね。ここの院長をやっているんだ。だから俺はここに来たんだ。 そうしたら、あいつ、俺を診てすぐにこう言いやがった。 掘村、このまま、あと10年で人生終えるか、それとも生き方をかえて、長生きしてやりたいことをなしとげるか、どっち か選べと。 つまりこういう事だと言うのさ。 おれの病気はストレスから来ている内蔵疾患で、ストレスが続く限りどんな薬や治療をしても、内臓疾患の悪化は止められ ず、あと10年もしたらかなりやばい状態になってるだろうと。 その逆に、ストレスから解放されれば、そのうち薬も治療もしなくても自分の体が治してくれるっていうんだ。 これにはまいったよ。やっぱりあいつはおれより偏差値が高かったわけだ。 俺はもちろん長生きしていい映画つくりたいから、もうすぐ退院することにしたんだ。 お前、いい時に見舞いにきたな。間に合って」 二人で大笑いした後、天野は病院を去った。 そして小野寺に電話して掘村の現状を伝えた。 「一時的にせよ最前線を離脱したことは残念だけど、健康第一だからなあ。しかしあいつのことだから次の同窓会には元気 で戻って来るさ。 次回はそう遠くないうちに集まろうと思っている」 あくまでも五人はノブレスオブリージュという一本の太い棒で結束しているんだといわんばかりの小野寺の言葉だった。 しかし、この時、天野もまた、掘村にも、もちろん小野寺たちのにも、知るよしもない葛藤と戦っていたのだった。 天野が掘村を見舞いに行った日からおよそ半年がたったある日、各紙が報じた一つの小さな人事記事が、関係者の間でちょ っとした話題になった。 一般の読者には関心のないその人事記事は、朝陽新聞の天野政治部長が報道部長に横滑りし、営業部長が次期社長含みで主 筆に昇格するらしい、という憶測記事であった。 政府関係者や同業者の間では、天野のジャーナリストとしての評価は定まっていて、主筆をへて、いずれ時がくれば朝陽新 聞を背負って立つと衆目が一致していた。 だから、この人事の記事は驚きをもって受け止められたわけだ。 そしてその憶測が出てまもなく、天野は朝陽を退社して噂が本当であった事を世に知らしめることになる。 それは朝陽新聞の編集方針に関する権力闘争などという格好のいいものとはほど遠く、メディアの堕落を象徴するようなお 粗末なものだった。 すなわち、活字離れが言われて久しい中で、朝陽新聞もまたご他聞にもれず、購読者を減らして存立の危機にあった。 本当は、報道や記事の内容が劣化して読者から愛想を尽かされているのに、それがわからず、いまの社長はおよそジャーナ リズムとはほど遠い金儲けで収益をあげようとしてきた。 そして、その路線をよく引き継ぐであろう子飼いの営業畑の部長を社長の後継者に決めたのだ。 あわてて小野寺が電話をかけてきた。 「掘村に次いでお前までもが戦線離脱とは、いったい何があったんだ、稲垣も大川も心配して、俺に連絡するように言って きたんだ」 さすがの小野寺も驚きを隠せない様子が、電話の向こうから伝わってきた。 しかし天野は冷静に次のように答えるのだった。 「掘村はぜんぜん離脱なんかしていないから安心すればいい。そして、確かに俺は朝陽に見切りをつけたことは確かだ。 その経緯はここで電話で説明するよりも、今度、皆と 会うときに話すが、決して俺はあの時の五人の誓いから離脱してい ないぜ。 それどころか、我々全員であの時誓った。「国家権力はその権力を正しく使わなければならない」、という我々の目指して 来たことに忠実であるからこそ決断した行動なのさ。 結果的にお前等三人を救うことにさえなるかもしれないと思っているぐらいだ。 もっとも、自分自身でも、はっきりした目途があるわけではないけれどね。 ただ一つだけ言える事は、お前等がこの前の同窓会で真剣に議論していた、例の、時代の流れを正しく読んで、それに権力 者は正しく、迅速に対応しないと、国民はおろか、支配者たちこそが歴史に断罪されるということかもしれないと思い始めた までだ。 お前たちの仕事は、この国の権力の中枢にあって、この事を誰よりも先にきづくことなのだ。 そして、より中枢を目指し、この国の舵取りを正しく行うことだ。 我々の結束は、いささかの乱れもない、と皆に言っといてくれよ」 それから更に半年後、天野でさえ想像もできなかった出来事が世界を激震させるのだった。 しかもその激震が米国発で起きるのである。 あの冷戦の終結から数年ほど経って作成された米国の世界支配の一大戦略のすべてが書かれた超極秘文書が、ひとりの米国 人密告者によって世界に暴露されたのだ。 それは、米国の歴代の大統領を含め、あらゆる要人の実名入りの発言をも含めた、詳細かつ周到に練られ、作り上げられた ものであった。 そしてその内容は、目もくらむような軍需産業と金融工学によって作られた米国金融資本主義の結託による、飴(巨大なペ ーパーマネー)と鞭(核の独占による圧倒的な軍事力)による、世界の分断・統治政策であった。 そして、それを担保するための犯罪的、いや、犯罪そのものの、盗聴、情報工作であった。 これまでにも、そのような米国の権力腐敗は、断片的に明るみにされ、また、一部有識者から指摘された事はあった。 しかし、米国の支配者たちが必死になって無い物にしようと結束した為に、あるいは人知れず抹殺され、あるいは陰謀論者 の戯れ言という言葉で一蹴されて終わるのであった。 しかし、今度明るみになったその極秘文書は、本物でかつ包括的だった。 その計画に名を連ねているものたちは、まぎれもなく現実の大統領経験者でありその側近であった。 署名入りの文書があり、肉声が伝わってくるものだ。 もはや誰も否定することが出きない。 その戦略は一言で言えばこうだ。 すなわち、冷戦に勝利した米国は、その指導者、すなわち国家権力は、やろうと思えば何でも出来た。 なぜなら、戦後の世界の時代の流れを厳然と規定してきたのは、自由(資本主義)を優先するか、平等を優先するか(共産 主義)のイデオロギーをかけた一大対立の中にあり、共産主義の主張が、そのイデオロギーの実現のためには暴力(軍事力) を伴った世界革命を標榜する以上、核戦争を最終戦争と見なした終わり無き米ソの戦いに、自由主義のチャンピオンである米 国が勝つことがすべてに優先された。 ところが、そのソ連がチェルノブイルの原発事故で自滅し、経済力でこれ以上戦う事が出来なくなって冷戦にみごとに破れ た。 その瞬間、米国は何でも出来る世界の支配者になったのだ。 言い換えれば米国の国家権力は世界を思うままに支配できる国になったのだ。 もし、その時、米国の支配者たちがノブリスオブリージュであれば、おそらく今頃は世界は全く違ったものになっていたか もしれない。 そして、当時、瞬間的に語られた「平和の配当」を真剣に唱える者も、米国政府内部にいたことが、この極秘文書でも明ら かにされている。 すなわち、もはやこれ以上米国がおそれる国はなく、米国が率先して平和国家をめざし、世界をそれに従わせていれば、誰 もそれに反対出来なかったし、むしろすべての国が、そしてなによりもすべての世界の国民が、米国の国家権力に敬意を払い 、感謝しただろう。それを米国は目指すべきだ、今こそ米国は、平和の配当を世界に分配すべきだと。 そうしていれば、米国はいまごろ世界にどのように受け止められていただろう。 その事は、いまの米国の国家権力が世界の国民からどのように見られているか、その大きな違いを考えれば一目瞭然であろ う。 この機密文書の暴露が、世界に、そして何よりも米国の歴代の指導者達に与えた衝撃は、計り知れなかった。 以外と思われるかも知れないが、米国国民は驚くべきほどに情報疎外に置かれていて、一部の意識の高い国民は別として、 大方の米国人は、よくも、悪くも、無知で、ナイーブなのである。 それだけに、いったん本当のことを知らされると、怒り出す。 そして、国民が怒りだしたとき、米国の権力者は、あっさり、国民に従順に謝罪し、罰を受ける。 ここが米国の民主主義の原点であるのかも知れない。 米国は、ピルグリムファーザー達が東海岸にたどり着いた原点に立ち返って、国家権力と大衆との力関係を見直すという作 業に、直ちに取りかかることになったのである。 本来の米国の孤立主義にもどり、そして今回の孤立主義はこれまでの身勝手なものではなく、米国が世界に許しを乞い、生 まれ変わってもう一度、国際社会に受け入れてもらえる為の自己改革のための孤立主義であるから、世界はそれを歓迎し、米 国不在の国際社会は、かえって、平和になった。 米国が自己改革をして不在の時に、不埒なことをする指導者現れるなら、たちまち世界から制裁を受け、袋叩きにあうから である。 米国が真の平和的世界の警察になって再登場するまでのモラトリアムである。 それまで世界の秩序は皆の手で保たれることになったのである。 いわば、米国が正しい国に生まれ変わって欲しいと願って、それまでのモラトリアムと言うわけだ。 ここまで期待された以上米国は期待に応えざるを得なくなった。 いや、その前に米国はみずからそう決断していた。 米国がこうした自己改革の国家的一大事業に踏み出した以上、日本の権力者達に影響を及ぼさざるを得なかったのは言うま でも無い。 しかし、実はこの米国の極秘文書が一番打撃を与えたのは日本の戦後を一貫して支配してきたこの国の権力者たちだったの だ。 なかでも、冷戦後に権力を握った現在に近ければ近い権力者たちであった。 なぜならば、彼らこそ、時代の流れの変化を見落とし、見誤り、日本進路を間違った方向においやり、そのつけを国民に押 しつけて生き延びようとした者達であったからだ。 そしてその事は現在進行中で行われていたからだ。 世界の指導者、権力者達の中で、群を抜いて日本の権力者達が絶対的に米国に服従的で、中には彼らの方から、頼まれもし ないのに、日本国民を裏切って、米国に取り入る様が、実名で、しかも、官僚や財界人まで網羅的に明らかにされていた。 それは単に日本が世界中から嘲笑されただけにとどまらなかった。 米国民の中に、日本の権力者の腐敗と、卑屈な従属ぶりが、本来の正しい米国の国家権力をここまで腐敗させたのだ、米国 の司法において、極秘文書に名指しされている日本の権力者達を処罰して米国内で収監しろという社説まで現れ始めたのであ る。 この一大暴露事件が発覚した時は、すでに天野は朝陽を離れ、フリーランスになっていた。 それが結果的に幸いした。 これが天野の最初にして最後の、フリーランスの記者としての一大勝負どころとなった。 しかも、誰にも真似の出来ない最大のジャーナリズムの使命を果たす形で。 天野は、この暴露を知って、直ちに米国に飛び、米国最大のリベラル紙を訪れ、趣旨を説明して、その中の日本関連部分の 全訳と、それが日本の政治に及ぼす影響についての解説を作成し、無償でそれを提供するから、その代わり、それをすべて日 本で大々的に日本国民に向けて公開して貰いたいと持ちかけた。 当然のことながら、米国のメディアで天野の名を知らない者はいない。 たちまち取引が成立し、天野が翻訳、解説した日本と米国に関する、世界でも例をみない屈辱と反国民的な癒着の関係が、 、米国の暴露事件の大騒ぎが収まりかけた頃に、再び大きく日本で米国発のニュースとして報道された。 ほとぼりが冷めかかった時に、日本の腐敗しきった権力者の恥ずべき実態がまとまった形で発表され、しかもその一つ一つ が、国民の記憶に新しい事件に即して説明されていたので、国民は改めて、その犯罪のひどさにきづいた。 しかもそれを行った人物と発言まで克明に明らかにされていたので、関係した当事者はどのような弁解をしても責任から逃 れる事は出来なかった。 おまけにその数がおびただしい数に上った為、政府全体が組織として犯罪を犯したという判断が国民から下されることにな った。 日本の権力者達が衝撃を受け、そして投獄される事を観念したのは、もややここまで国民が知ってしまったら、逃れられな いと思ったからだった。 これまでにも米国の極秘資料の公開によって日本政府の国民に対する裏切りや配信や密約などがたびたび明るみにされた事 があった。 しかし、その場合は、原文を調査したり解読したりするのは、政府関係者であったり、政府が委託する識者だったりで、その 全貌が必ずしも明らかにされる事はなかった。 それどころか、たくみにごまかされて終わるのが常だった。 日本の国民は、いつまでたって英語の原文をみずから直接あたって自分の手で、目で検証することなく、あるいは政府が、 あるいはメディア翻訳したり、解説したりしたものを鵜呑みにする傾向が強い。 そこに大きな落とし穴が常に存在した。 日本の権力者達もその事を十分知っているから、いち早く自分たちが米国発の原文を手に入れ、独占し、自分たちの都合の 悪いとこは公表せず、どうでもいいようなところに、わざと目がいくような発表や解説を行い、メディもまたそんな政府に協 力して御用記事を流す。 そのいい例が、かつてウィキリークスが公開した在京米国大使館発、米国務省宛の日本関連部分の極秘公電の暴露であった 。 あの時、日本最大のリベラル紙であった朝日新聞は、ウィキリークスから信用されて、その全貌が入ったソフトを独占的に 入手したにもかかわらず、それを日本国民と共有しようとせず、専ら朝日のスクープのために使った。 だから、その翻訳も、発表内容も、ごく一部にとどまり、しかも発表された内容が失望的だった。 手のいい、朝日の情報隠しが行われたのではないか、という疑義だけが残った。 もしあの時、朝日が最初からその全貌を日本国民と共有し、みなで解読、検証し、その結果を広く国民に教えていたならば 、あるいは状況は一変していたかもしれないのだ。 それほどまでに、米国発の機密情報の暴露は、それがなされた事、そのものよりも、日本においては、正しくそれが日本語 に訳され、日本国民向けに、その機密情報の持つ意味が正しく解説され伝えられる事になるのか、どうかが、が重要なのであ る。 そこまでしないと日本国民は気づかないのである。 その事を誰よりも一番よく知っていた天野は、すでにその時は立派なフリーランスのジャーナリストだ。 直ちに米国に飛んで、その役割を一手に引き受けたのだ。 それができるのは、日本のジャーナリストの中では、天野しかいなかった。 もはやここに至っては、さすがの日本の権力者たちも観念せざるをえなかった。 初めて日本国民は日本の国家権力国家的犯罪に気づく。 集団訴訟が相次ぎ、その時はもはや日本の司法も権力によってゆがめれる事無く、文字見時通り「法の支配」に忠実に判決 を下さねば、国民を納得させられなかった。 次々と日本の権力者に有罪、しかも実刑判決が下され、権力者の上の方から次々と排除、投獄されて行った。 これは日本の政治史上、考えられない、あり得ないことだが、しかし、こうして冷静に考えてみれば、当たり前のことなの である。 我々はそのあたり前のことをして来なかっただけなのだ。 そしてそのことが、この国の権力者をあまやかし、これほどまでの腐敗を重ねさせたのだ。 もはや、二度とそれを許さない。 そう国民がお互いに誓ったのである。 この日本にはじめて民主革命が起きたのだ。 しかもそれは、流血やデモなど一切不用で、たった一つの情報と、それを正しく拡散するだけでよかったのである。 それを天野がやったというわけだ。 天野が言ってきたペン一つ、情報一つで権力者の犯罪を追いつめ、権力者の反国民的犯罪を追及し、、国民の手で牢屋にぶ ち込む。 それが出来る事がこの日本でも証明されたのである。 この意義は、はかりしれないほど大きかった。 嵐の様な日々が過ぎ、ようやく日本が落ち着きを取り戻そうとしていた半年後、天野は掘村を訪れた。 掘村は、あれからすぐに退院し、病院から遠くない下町に小さなスタジオを借りて映画作りを再開しているはずだ。順調に 行っているのだろうか、それを確かめるためもあったが、また掘村と話がしたいと天野は思っていた。 掘村は、まるで天野が来るのを待ち構えていたように、天野の姿を見るやいなや、話始めるのだった。 「おい、天野、よくやった。それにしてもお前が真っ先に、俺たちの目指す事を実現してくれたなあ。しかもお前がやろう としていた最も効果的なやりかたで・・・」 いきなり掘村に言い当てられた天野は、その驚きを隠すように、とぼけて言い返した。 「おい、掘村、俺はお前がその後どうしているかと、心配してきてやてんだぜ、何のこと言ってるのかわからないよ」 本当のところ、天野自身も、今回の日本の革命の引き金を引いた自分の行動を知る者は、自分以外にひとりもいない、とい う自負があったし、またそうでなければいけなかった。 「いや、ごめん。これはもちろん、俺の勝手な想像だよ。何の根拠もない。 だけど俺がお前だったらそうしただろうなあ、ということだ。 この前、お前が俺を見舞いに来てくれた時、しばらくしてお前の人事が新聞に載ったことがあっただろう。それは、いいん だが、お前すぐに朝陽を辞めたよなあ、それを知ったとき、おれは思ったんだ、何かする気だなと。そして今度の事件だ。 いいか。天野。勘違いするんじゃないぞ。今度の事件の主役はなんといっても米国の機密文書を暴露したあの男だ。 俺はかつてあいつがはじめて大量の米軍関係資料をネット上で流したとき、あいつがこう言っていたのを聞いて、あいつは 偏差値がとてつもなく高い奴だと思ったことがあった。 あいつはその時、こう言った。 すなわち、国家権力が悪を為さないようなシステムができるなら、何も自分がこんな事(暴露)する必要もないし、したく もない。 しかし現実にそれがない以上、国家権力の悪事は続くし、俺がこんなことをしても、何もかわらないだろうと」 そしてあいつは、それから二年ほどして、ついに国家権力が二度と国民に敵対することが出来ないシステムを今度の機密文 書の暴露で見事に作り上げたのだ。 しかし、 ここまでは、俺たちにとってはまったくの偶然だ。 俺だって、お前だって、あんなリークがこのタイミングで起きるなどと、夢にも思わなかった、そうだろう。 だけど、その後は、自らの判断と行動次第で、日本の政治を、100%動かす事ができる。 おれはあの機密文書が公表されたとき、詳しくは調べなかったけれど、米国と日本政府の関係、つまり日本の国家権力と米 国の関係の実態こそが一番腐敗していると直感的に思ったのさ。 なぜならば俺の理解しているところでは、日本ほど米国の言いなりになって国民を犠牲にしている国は世界ひろしといえど もないはずだ。 だからあの米国の世界支配戦略に日本のことが、どう書かれているか、それを見ることによって日本は世界中の笑い物にな るかもしれない。 そしてさすがの日本国民も、それを知れば、はじめてきづくかもしれない、そしてこんどこそ、怒り出すかもしれない。 その事をいち早く察知し、手を打とうと国家権力はするだろうから、俺だったら、その前に米国へ飛んで、事情を説明して 、日本に関係する部分はすべて請け負って、その成果を、米国のメディアから、日本政府が動く前に発信する、そうなればあ とはひとりでに日本の革命につながっていく。 そう俺は思ったけれど、俺にはしかし、それをする能力はない。 これまでの朝陽の天野だったら、能力があっても、組織の力学でそれ出来ない。 しかし、フリーランスの天野だったら、それができるのだ。 そしてそんなフリーランスの適役はこの日本でお前をおいていないはずだ。 俺がお前だったら、米国のあの男がこんなに凄いことをしてくれたのだから、それを千載一遇のチャンスととらえ、日本に 民主革命を起こそうとするね。 それこそが俺たち五人が共通に目指してきたものであり、結果的に小野寺ら三人を救うことにもなる・・・」 図星であった。 そこまで堀村に見透かされていた以上、天野もあっさりそれを認めざるをえなかった。 「まいったよ。お前の言うとおりだよ。その通りのことを考え、その通りのことを俺はやった。やっぱり、おれより偏差値 の高いお前にはかなわないなあ。 よし、これでこの話はおわりにしよう。もともと俺はお前があの後どうしてるか知りたくて来たんだから」 「そうきたか。今度は俺が問いつめられる番だな」 そういいながら、堀村は次のように今の活動状況を語るのだった。 「実はあの後も、そう簡単にストレスから解放されるってわけにはいかなくてねえ、だってそうだろう。思うような映画が つくれないってことがストレスなんだから。 そうこうしているうちに今度は資金が底をついてきてねえ。近くの中華屋やから、毎日ラーメンや野菜炒めを出前させてし のいでいたんだが、そのうち出前をしてくれる女の子となかよくなってねえ。こういわれちゃったんだよ。おじさん、ハンサ ムで格好良くて大好きなんだけど、なんだかいつも、肩に重い荷物しょってるみたい。私毎日出前して腕強いから、代わりに 持ってあげる。だから元気だしてねって。好かれちゃったんだよ、若い女の子に。そのときひらめいたんだ。俺の映画の テーマは愛だってことを。それからかたっぱしに「愛」をテーマにした映画を見まくったのさ。多くの賞をとった世界的名画 と称されるものからポルノからいま流行りのAVまで、片っ端から観たんだ。それでなんとなく感づいたんだけど、これは芸術 作品もポルノもAVも関係なく、いいものはいいってことを、そしていいものはみなが求めていれってことを。そして本当にい いもの、美しいものは、意外に少ないってことを。それで手始めに自分なりに作ってみたんだ。そうしたら評判よくてねえ。 このあたり学生が多いだろう。最近は女の子もボーイフレンドと平気で観るんだなあ。いまでは売れっ子AV監督になって一 気に収入が増えてストレスが吹っ飛んだよ。ゲンキンなものだ。やっぱり大川が正しいのかなあって思ったりもしてるんだ。 この世の中はやはり少しの金は必要だってことを。大川のいうような大金入らないけれチャップリンの言っていた少しばかり の金は必要だってことを。 そして俺の考えを根本的に変えてくれたのはあの出前の女の子だったのさ。いつかこんな会話をその娘とした事があった。 おじさん、なんだか賢そうな人だけど何をやってきた人なのって聞いてきたことがあった。説明するのが面倒だったので学生 時代の友達はみな政治家とか官僚とか財界人とか偉くなった人が多いと言ったところ、彼女なんと言ったと思う、そんな人た ちは、偉いひとかもしらないけれど私たちには関係のないどうでもいいひとよ。どうせ悪いことばかりして私たち弱い者をい じめてばっかりで最低のひとたちでしよ、おじさんは違うからいまのままでいてよ、そんなひとたちとつきあっちゃだめよっ だって。偏差値の事言ったって何それよ、と一蹴されちゃったよ。その時はじめて俺は気づいたんだ。偏差値を否定するもの こそ一番偉いんだってことを。そういう者達がこの日本をささえているんだ。彼らがその声を上げる世の中こそ、国家権力だ その腐敗を恥入り、二度と腐敗が起こらず、仮に起きようものなら、たちどころに世の中から追放される時代になるのだと。 要するにみながノブリスオブリージュになるということなのさ。あの米国人が言っていた、権力者が腐敗できないシステムが できるということだ。 いいか、天野、ここからは俺は真面目になって言うんだが、これから世界は劇的に変わるかもしれないと思う。それはこれ までの我々の考えでは想像もできないようなことかもしれないけれど、もしいま米国で起きている自己改革の動きの結果、米 国という国が、これまでの世界一悪事を働いてきた国から、世界一正しい事をする世界一善を行う国に大転換することに成功 すれば世界は、よくなると思うんだ。そのためには。先に日本がその手本をみせて実践しなければならない。そしてそれはで きるんだ。お前がそのきっかけをつくったんだ。そしてそれを実現するのが小野寺達だ。幸いにも古い権力者達は罰せられて 、強制的に排除される。そして小野寺達の世代は、まだ直接的に腐敗の中心いた訳ではなかったから、情状酌量されてもう一 度、チャンスを与えられる。これで国民の期待に応えられないはずがないだろう。日本は米国世界に先駆けていち早くノブレ スオブリージュの国になるのだ。そしてその日本が米国という国を世界最大のノブレスオブリージュの国に、させるんだ。 小悪事や中悪事を働く国は世界中にたくさんある。しかし、そんな国がたとえ善の国に変身しても、決して大善は行えない 。大悪事が出来た米国だからこそ、大善ができるのだ。そして、その大悪事の犠牲になってきた日本の国民が米国を大善の国 に導く、こんな出来過ぎた話は決して考えられなかったことだ。しかし、いままさに、その可能性を我々は手にしている・・ ・」 そこまで話した堀村は、はっと我に返って、話を切り替えた。 「いかんなあ、思わず熱くなってしまって。でもなあ、これは今度我々五人が会うときの重要なテーマなんだ。我々の最初 の誓いを成就するための。 今度は出席して、俺の方から話を始めるから、早くいい場所見つけてなるべく早く同窓会を開けと小野寺に言っといてくれ よ」 「別の場所って、いつものとこだろ、あれなんていう名前だっけ、ど忘れして思い出せないんだけど、明治以来のあの建物 のビアホール?」 「お前知らなかったのか?ハングリーボーイズはもう三年ほど前に壊されて、今は学生達が昼食によく使っている洒落たサ ラダバーになってるよ。そこで同窓会はないだろう・・・時代は確実に変わりつつある。あのガラクタ展示物はどこかの博物 館へ行ったよ。ところで、お前、これからどうする?お前は立派に俺たちの共通の使命を、お前の分は十分過ぎるほど果たし た。後は小野寺たちの番だ。あいつらにも仕事をしてもらおう。俺もまだ残りの人生で俺の分担を果たさなければならないと 思っている。俺たちはいつまでたってもボーイズであり、ボーイズは常に何かにハングリーなのさ」 実は天野もまさに堀村の言うとおりの事をあれ以来ずっと考えていた。「とにかく、お前には参ったよ。何から何まで俺の 考えていることをお見通しだよ」 そう言って天野はこれからやろうとする事をつぎのように堀村に打ち明けるのだった。「たまたまある雑誌で次のようなキ ンチャンの言葉を見つけたんだ。そう、あの有名なコメディアンの萩本欽一さんの事さ 彼こう言っていた ・・・やっぱり人生、物語なんだよね。だから自分で脚本書いて、ドラマチックに生きた方がいい。そうすればちゃんとド ラマは完結するから。僕はいつもそう思って芸能界で生きてきた・・・って。 俺、この言葉に出会って決めたんだ、残りの人生はいい物語を次々と作っていく作家になろうって。ジャーナリストから 作家、どうだ、華麗な転身だろう」 いいね、そうしたら、それを使って俺も究極の映画が作れるって訳だ。見事なコラボだ。同窓会の結束だ・・・」 「オチがついたところで俺そろそろ帰るとするわ・・・その前に、お前の、その若者に人気だというビデオ、ちょっとさわ りの部分でも見せてもらえないか?」 「みせたくなかったけど、お前が見たいというならイヤとはいえないからなあ」 そういって最新作でいま一番人気のあるものだといって見せてくれた。 「お前が出演しているのは経費節約でわかるけれど、この可愛い女の娘、どこで見つけてきたんだ。彼女なら人気でること 俺でもわかる」 堀村は、はじめて恥じるように小さな声で言った。 「あの時、出前で知り合った娘だよ。いまでは俺の人生の最高のパートナーさ」完) ──────────────────────────────── 購読・配信・課金などのお問合せやトラブルは、 メルマガ配信会社フーミー info@foomii.com までご連絡ください。 ──────────────────────────────── 編集・発行:天木直人 ウェブサイト:http://www.amakiblog.com/ 登録/配信中止はこちら:https://foomii.com/mypage/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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